第七章 第三節 「ギャルとシスター服」
紗矢ちゃんは聞く姿勢を見せてきた。横顔美人さん、夕日にきらめいてすっごい綺麗。
「えっと……今度の魔女裁判で裁かれるの、紫塔さんなんだ」
そう言うと、紗矢ちゃんは持っていた紙パックのいちごオレを落とした。固まっている。
「……は?」
完全にフリーズしている。紗矢ちゃんこれは知らなかったパターンだ。
「まってまってまって、おかしくない?」
「……」
「みおっち、……え、みおっちが、魔女、ってこと……?」
すごくショックを受けているように見えた。唇が震えてて、動揺しているのが分かった。
「まって意味わかんない……」
さっきまでの元気で陽気なギャルの目は、残酷に身近に迫りくる現実に怯えているように見えた。
「ま、ママは知ってるのかな……」
焦るように携帯を取り出した紗矢ちゃんの手はすごく震えている。その手を私は取って、やめるように促す。
「たぶん、紗矢ちゃんから言ってもやめないと思う。それに目をつけられちゃうかも」
「え、えっ」
力なく、彼女の手から携帯が滑り落ちた。彼女の顔はもうクラス一陽気なギャルの物じゃなくなっていた。
「まじょ、さいばん……思い出しちゃった……うっ!?」
突然、紗矢ちゃんは大きくかがんだ。……苦しそうな声と、地面にぶちまけられる液体の音。ちょっとでも楽にさせようと私は彼女の背中をさする。
咳き込んで、荒い呼吸を整えて、紗矢ちゃんはやっと身を起こした。
「そんな……ママが、みおっちを、……」
私よりショックを受けているんじゃないだろうか、と思うくらいのうろたえっぷり。かけられる言葉はない。
「どうしよ……このままじゃみおっちも、ママも……」
「落ち着いて、深呼吸して」
このまま話を続けてもたぶん、冷静な進め方は出来ない。薄暗くなってきた公園には子どもたちの姿がほぼいなくなっていた。
「お水飲む?」
渡したペットボトルを、紗矢ちゃんは取って飲んだ。
「……」
「落ち着いた?」
紗矢ちゃんは頷いた。
「私たちは、紫塔さんを助けに行こうと思っている」
「なるほど、どおりで……」
「だから紗矢ちゃんに教会の情報が欲しいって言ったんだ」
青い顔。
「みおっちがその……ひどい目に遭うの、アタシ嫌だな……すごく嫌」
彼女の心情からして、ここで本格的に協力してもらえる……と思ったけれどその時によぎったのは、『魔女の運命に巻き込んでしまう』という事だった。紗矢ちゃんを反抗させれば、確かに紫塔さんを救出出来る可能性は広がるかもしれない。でも彼女の立場をよく見れば、その報いを一番受けやすい所にいる。紗矢ちゃんの力を借りるのはこれで最後にしよう。
「ねえ、アタシにできることない!?」
「……」
私は頷けない。紗矢ちゃんの真っすぐ、熱意の
「ごめんね。これ以上関わると、紗矢ちゃんの身が危なくなっちゃうから」
「それでもいい! アタシ、目の前でみおっちが死んじゃうのやだよ!! どうにかしたい!!」
紗矢ちゃんは折れない。本当は力を借りたい、でもそれはダメだ。きっと紗矢ちゃんが不幸になってしまう。
「大丈夫、私たちで何とかするから」
「アタシがダメなの! お願い、みおっちを助ける作戦、手伝わせて……!」
ここまで強く押されると思っていなかった。振り切ろうとしていた私の気持ちが揺らいでしまった。また見てしまった、親友の顔。彼女のことを見たって、答えが書いているわけじゃない。
ちょっと悩んでしまう。これで紗矢ちゃんも辛い運命に晒されることになったら、私はどうすればいいんだろう。
「アタシ、わかってるよ? アタシがはるっちの計画に参加して、自分がどんな目に遭うか。メチャクチャにされるかもしれないけれど。それでも、目の前で何もできないなんて、アタシ嫌だ!」
「……わかった。紗矢ちゃん、一緒に行こう。紫塔さんを助けよう」
「うん! アタシ、頑張るから! 何だってする」
力強く頷いた紗矢ちゃんは手を差し出した。私も、その手を握って力を合わせることを誓った。
「じゃ、シェリーちゃんも。よろしく!」
「……。よろしく」
親友のテンションは低い。それでも紗矢ちゃんは彼女の手をきっちり握った。
そしてシェリーの家に“三人”が到着した。なぜ三人かって? それはもう紗矢ちゃんのパッションに押されてだ。シェリーはすごくがっかりしている。紗矢ちゃんへの警戒心がまだ強い。
「晴香ちゃん、ちょっと。あ、和泉さんはここで待っててね」
リビングに紗矢ちゃんを招いた後、私はシェリーと彼女の部屋に入った。
「いやだぁ……もう、あんまり人招きたくない……」
「シェリー……」
彼女の気持ちは分かる。彼女の性格的に、本当に親密になった人間以外は家に入れないんだろう。入れていいと思っているそれが私一人、というのが現実なんだけれども。
「なぐさめてぇ……」
「よしよし、シェリーは頑張ってるよ」
……これ狙いか! シェリーめ、策士だ。それでも、彼女が最大限頑張っているのは伝わるから、ここは甘やかすことにしよう。
リビングに戻ると、紗矢ちゃんは携帯とにらめっこしていた。どうやら少し、一人にし過ぎたみたい。
「遅かったね。らぶらぶタイム?」
「ちょっ!?」
そう驚いたのは私ではなく親友だ。わかりやすいなぁ、シェリー。
「いいなー、そういうマジの親友、羨ましい」
「あれ、そういう友達いないんだ紗矢ちゃん?」
「えっへへ、ちょっと、そういう深い付き合いっていうの、あんまりしてこなかったからねぇ」
ちょっと恥ずかしそうに、にこっと紗矢ちゃんは笑った。
「で、ここで決めることっていうのはもちろんアレだよね?」
「うんアレだよ」
「アレかぁ」
息を合わせて、私たちは一斉に声にした。
「晩御飯!」
美味しいお鍋を囲んで、私たちは笑顔でおなかを満たす。この家で三人でご飯を食べるのはあんまりない。というか二回目だ。
「おいしいねぇシェリーちゃあん、料理上手だったなんてねぇ」
「う、うぅ……」
紗矢ちゃんに褒められて満更でもないって親友の顔に書いてある。これをきっかけに仲良くなってくれると嬉しいな。
「でもいいの? こんな美味しいご飯、お代いくら?」
「いや、お金はいいから」
よくシェリーの家でごちそうになることはあるけれど、……気にしたことなかったな!? 確かに食費かかるよね。
「今度また遊ぼうぜ、シェリーちゃん!」
「えぇ……」
今度は嫌そうな顔。まだちょっと距離あるかぁ……。
鍋が空になって、三人満足げな表情だ。それにしても、ここで私とシェリー以外でこうやって美味しくご飯を食べるのちょっと違和感がある。紫塔さんの時はなんでか気にならなかったけれど。
「あー……まんぞく……で、今日何しに来たんだっけ……」
紗矢ちゃん、今日の目的忘れてる……。
「作戦会議だよ!」
「あ、だっただった。幸せ過ぎて忘れちゃったわ~」
すると紗矢ちゃんは何やらメモ帳を取り出した。
「大事なことは書き込もうかなっ」
「いや、それで誰かにバレたらマズいと思う」
低く冷たいトーンで告げたのは、なんと私の親友。私も聞いたことがない、怖さを感じる声音。ちょっとビックリした。
「それもそうだ」
でも紗矢ちゃんは怯むことなくメモ帳をしまう。ギャルって聞くと正直頭がいいってイメージは世間的にあまりないとは思うけれど、紗矢ちゃんは数学の成績はクラストップだ。これから打合せする内容全て頭に入れちゃうだろう。
「じゃあ、はるっち隊長、決めてこ」
隊長と言われて「あ、確かに」と自分の立場を弁えた。言い出しっぺは私だ。
「よし、じゃあ決めよう」
そして打ち合わせは夜遅くまで続いた。
決まったことと言えば、
『魔女裁判当日、教会にシスターの服を着て忍び込むこと』
だった。なぜって? そうすれば教会に忍び込んで、内側から紫塔さんを救い出すことが出来ると考えたからだ。魔女裁判の段取りは紗矢ちゃんが詳細に調べてくれるとのこと。それがうまくいけば的確に当日も動くことができるだろう。
シスター服は紗矢ちゃんが持っていた。親がシスターである以上、持っていても不思議じゃなかった。問題は……。
「合うかな? 私たちに」
紗矢ちゃんと私たちの体形がちょっと違うことだ。紗矢ちゃんは結構スタイル良好で、背も私とシェリーよりちょっと大きい。
「大丈夫。調整は簡単だから」
彼女が言うならそうなんだろう。お任せするしかない。
「で、紫塔さんを余裕をもって助け出して……その後どうしよう?」
助け出した後、きっと教会の人たちは紫塔さんの捜索を始めるだろう。だから早々と逃げる算段を立てたい。
「どうしよう……」
「私、どうにかしてみるよ」
手を挙げたシェリー。その手にはブラックに輝くカードが見えた。それは……! 無限の財力を解き放てるスーパーカードだ!!
「な、なるほど……無理しないでね、シェリー」
「みんなで一緒に抜け出すんだから!」
とりあえず、こんな感じで計画は決められた。あとは紫塔さんの状態を確認してそれに応じてどう救い出すか。そこが肝になる。
就寝時間、シェリーのベッドにはシェリーと私、そして紗矢ちゃんが入った。
「せまい!」
「まあまあ」
「ふーん、丁度いい暑さ」
「ぐぬぬぬ……」
私の両隣に親友とギャルが入っている。流石にちょっと余裕のない狭さ。だけど……ちょっといい気分だ、わははっ。
「お風呂もお食事も頂いちゃうなんて、ここは高級ホテルかなぁ? リピーターになっちゃお」
「お断りです!!」
ぷんすこ怒りながら、シェリーは壁のほうを向いた。横を向くと、紗矢ちゃんの顔が思ったよりも近い。
「頑張ろうね、はるっち」
「うん」
そう言うと、紗矢ちゃんは目をつむった。私も目をつむる。思わぬ味方が増えて喜んでいいのか、悪いのか。紗矢ちゃんがいるのは心強いけれど、もしも――これで紗矢ちゃんが不幸な目に逢うことになるとしたら……。
その問いは曖昧になっていく思考に紛れて、答えは出なかった。
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