第四章 「無垢な縁をつないで」
あれから私の心は軽くなった。そして、紫塔さんは私から遠ざかった。休み時間や下校で絡んでくることがなくなって、体育の組み合わせでも組まなくなった。それでも、彼女の視線が、時たまこちらに向けられるのは分かっていた。
「んー」
帰り道、学校から配られたプリントを見ながら、私は唸る。それをハの字の眉でみるシェリーが隣にいた。
“魔女の警戒情報”という物騒な見出しのプリントには、無機質な印刷の文字で「今後教会の職員が学校に出入りすることもある」という内容が綴られていた。これは……。
「完全に相手は何か掴んでいる……だよね、晴香ちゃん」
シェリーの考えは私にも浮かんでいたもの。教会の職員さんが講演を開くことはあっても、こうしてお知らせして学校に出入りするということは今までなかった。
「……」
「晴香ちゃん、こう思っているでしょ。“紫塔さんとちゃんと話し合いたい”って」
「うん」
迷わず、そう返事をする。あんな形で別れて、いつの間にか紫塔さんが私の前からいなくなってしまったら、私は後悔してしまうだろう。
「明日、紫塔さんにウザ絡みしてくる!」
「うん! それがいいよ!」
それを推すのも微妙に変な気もしたけれど、ともかく、気持ちが決まった。
翌日、早速私は紫塔さんとコンタクトを取るタイミングを計る。朝、登校してすぐに彼女の姿を探す。実は彼女が来るのは私と大体同じくらい。今日は私のほうが早かった。もう来ていた他の皆に挨拶をする。シェリーも一緒に来たけれど、彼女はやっぱり他の皆と話したがらない。
数分して、目標の相手が教室に現われた。クラスの皆から彼女へと挨拶が飛ぶと、紫塔さんは静かに「おはよう」と呟いて、席に着いた。今だ。
「紫塔さん、おはよ!」
元気よく! それでいてちょっとウザく! サービスでウィンクもしてあげる!
「おはよう」
冷たい視線。一度チラリとこっちを見たのち、それは手元の本に戻った。今回はタイムトラベルの科学の本だ。……どこでそんな本買ってるの!? 見たことないけど……。
「ねえ紫塔さん、今日の体育、私と組んでくれない? 紫塔さんの刺激的なストレッチ、またやってほしいな~」
「ダメよ。先約がいるもの」
「えーっ!?」
素で声が出ちゃった。先約……? 私の他に、誰か友達が出来ちゃった……!?
「どうしたの。そんな驚いた顔して」
「あ……うそ……もう私は、用済みって……」
「変な言い方しないで!」
感情的な返答は教室全体に響いて、皆の視線が彼女に向いた。彼女は少し顔を赤らめて、席に座る。でも、これ別に皆の注目を集めて恥ずかしいからではない気がする。
「そういう意味じゃないわよ……」
「知ってる」
「っ……!」
鋭く睨む彼女の目。ああ、やっぱり、紫塔さん私を嫌っている訳じゃないみたいだ。こんな顔、親しくない人に向けないもの。
「じゃ、またあとでね」
「……」
よし、とりあえず一回目のウザ絡みは成功だ。体育でも絡みに行くし、昼休みや下校時だって……。
そうたくらむ私を、他のクラスメイトはちょっと不思議そうな顔で見ていた。
昼休みに差し掛かる。体育でも彼女に絡むことは成功したし、順調。端から見るとかなりウザいかもしれないけれど、私はやる。彼女が折れてくれるまでやるよ。
自分の机でお弁当を広げる。隣にシェリーの弁当もある。可愛らしい弁当箱と中身。シェリーはお料理もとても上手だ。
「あ、来たよ晴香ちゃん」
シェリーが指さす先に、私の目的の相手が立っている。彼女が少し荒めの歩調で私のところに近づいてくると、がしっと両肩を掴んできた。ちょっとドキッとする、悪い緊張で。
「来なさい」
ただ一言、紫塔さんは私に向けて言い放った。私はにやりと笑ってそれを了承した。親友の目から「頑張ってね」っていうエールが届いた気がした。
理科室はやっぱり変な臭いがする。どうして彼女がこの部屋を選ぶのか……もしかして化学とか、好きなのかな? いつもそんな本を読んでいるし。
「多知さん。どうして今日鬱陶しく私に構うの?」
「んー……なんでだろうね」
ギラっと紫塔さんの目は光る。結構フラストレーションは溜まっているはずだ。
「言ったでしょう。もうあなたと私は他人だって」
「そう? じゃあただのクラスメイトだ」
「そうよ。それ以外ないわ」
「果たしてそんな他人が、人の好きな本を知ってるかなぁ?」
「どういうこと?」
にしし、と意地悪な形を自覚しながら、私は笑う。
「化学、好きなんでしょ?」
「……気のせいよ」
「どうしてそうやって、誰かと距離を取ろうとするのか――この名探偵、
してもいない眼鏡をくいっと上げて、呆れている紫塔さんを見つめる。
「まず――あなたは誰にも知られたくない
「……」
「それゆえに、君は誰かと親しくなろうとしない。でもね――」
「……」
「その不幸が私にとって悪いものかどうかは、君が決めることじゃない」
「……」
「私思ったんだ。紫塔さんがいなくなっちゃったら、寂しいって」
「……」
紫塔さんの顔色は変化がない。未だに険しい顔だ。
「紫塔さんはそうは思わない? 紫塔さん、誰かと仲良くしたいって、思ったことない?」
「……嫌なのよ」
紫塔さんがぽつり、と一言呟く。
「親しくなった人を失うのが嫌なのよ! 私と楽しく話して、明日も会おうって約束した誰かが、次の日死んでいるのよ!!」
涙目の紫塔さんの目を見て、さすがに私もお道化るメンタルが凍り付く。……これは、結構深い溝があるような……。
「だから私はもう、誰とも仲良くならないって決めている。あなたも例外じゃないわ!」
「それじゃあ、紫塔さんはずっと独りだ」
「そうよ! 私はもうそうやって生きる覚悟を決めたの! これが誰も不幸にしない私の生き方! お願いだから邪魔をしないで!」
「……」
ふと息を吐いて、私は言い返す。
「嫌だ!」
「なんでよ!」
「私は紫塔さんがずっと独りぼっちなのが嫌だ!」
「理由は言ったわよ!!」
「紫塔さんが死ぬまで独りぼっちなんて嫌だ! 認めないっ!」
「意味わからないわよ!!」
「私が不幸になっちゃう!」
意味が分からない、理解できない……と紫塔さんの顔に書いてある。彼女は頭を抑えて、返答に困っている。
「どうしてそんなことを言うの……?」
「私が仲良くしたいから! 不幸になりたくないから!」
「……絶対に後悔するわよ、私と仲良くなんかなったら」
そんなのあるわけない。――君と仲良くなって、後悔なんて、するはずがない。
「不幸な目に遭っても……私、知らないわよ」
例え君の
「上等!」
「……」
私が拳を突き出す。……返事は来ない。
「なに、それ……?」
「グータッチだよ、グータッチ。ほら、紫塔さんもグー出して」
私の拳に、紫塔さんは慣れない手つきでグーを押し付けてきた。彼女らしくない、弱々しい力。
「じゃあ、私たちはもう、友達! これからよろしくね!」
「……ふぅ」
しかめっ面をほどいて、紫塔さんの目がこっちを見る。そこに映っていたのは呆れと強情の燃えかす。私をどう思っているのかは、まだちょっと分からなかった。
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