第二章 「私の親友を紹介します」
翌日、天気がいい中、私は学校へ向かう。昨日あったことはなんだかモヤモヤするけれど、あんまり気にしていない。まだただの
どうやら紫塔さんは
魔女の力を使って、私の死んだ日を改変してしまった。
でも、魔女の命を狙う集団がいて、紫塔さんも狙われている。その抗争に巻き込まれて、私は命を落とす。
昨日の紫塔さんの話をまとめるとこんな感じだ。
「やっぱり信じられないよねぇ」
学校へ急ぐ道には、いつもあの子が待っている。
「お……おはよ」
「あっ! シェリー、おはよう!」
ブロンドの髪がキラキラ光る、私の大親友。すこし大げさな
「元気だね、
「うん、朝ごはんいっぱい食べたし」
「えへへ……」
足早だった私の足は、自信なさげな彼女の歩調に合わせる。
「昨日はごめんね、あんなタイミングで忘れ物しちゃって」
「ううん、全然。でも、今度は忘れないでね」
「大丈夫大丈夫」
シェリーに紫塔さんとの出来事を話す必要は、ないか。
教室について、もう来ているクラスメイト達に
「お、おはよ……」
シェリーは小声で挨拶をする。温かく迎える声がちらほら上がる。シェリーはこういう子なんだ。
昨日の今日で私は紫塔さんの席へと目が向いた。……いる。でも紫塔さんが私の登校する時間にいるのはいつもの事だった。
目が合った。凛とした視線が私を貫いて、心臓がドキッと跳ねる。
「お、おはよう」
目が合ったのだから、一応挨拶の言葉をかける。
「おはよう、多知さん」
彼女の発した一言に、クラスが一斉に静まり返る。
「……え!? 今紫塔さんが挨拶したの!?」
クラスの女子が一人声を上げると、またクラスは騒ぎ出した。
「……」
紫塔さんは手元にあった難しそうな本に視線を戻す。彼女の元にクラスメイトが数人押し寄せていく。でも紫塔さんがそれに応えることはなかった。と、なると……。
「ねえねえ! どうやって紫塔さんと仲良くなったの!?」
ターゲットになるのは私だ。どうにかこうにか、その場を収める頃に先生が来て、一度
紫塔さんは成績もいい。授業の小テストや、定期テストも満点だった。先生たちからは優等生と思われているのだろう。私たちクラスメイトも優等生と思っている。
成績がいいのは頭だけじゃない。体育の授業もすごく、なんというか……目を引かれる。彼女の身のこなしはとにかく、カッコいいんだ。
一体なにをどう過ごして来たら、あんな完璧人間になれるんだ……?
「晴香ちゃん、一緒に組もう」
今は体育の授業中。準備のストレッチはいつもシェリーと組んでやっている。だけれど、今日は違った。
「多知さん、私と組みましょう」
そういうと、横から現われた紫塔さんは私の手を取って、てくてくと歩き出していく。ちょ、ちょっと! 声を上げたけれど、紫塔さんがそれに反応する様子はなかった。周囲の視線が痛い。
いつも紫塔さんはランダムに、誰かに声をかけられて体育の相手は組んでいる。やっぱり、彼女から声をかけてくるというシーンが皆珍しいんだ。……置いてきぼりのシェリーの悲しげな目が妙に辛かった。
それから私は落ち着かないまま紫塔さんとペアになって体育の授業を過ごした。彼女とやるストレッチは……痛かった。前屈で思い切り押してくるし、腕の筋を伸ばすストレッチもかなり強かった。
「痛いよ」
「あぁ、ごめんなさい」
謝ってくれはしたけれど、その後改善する様子はなかった。……あんまり慣れてないのかも。
彼女と交わしたキャッチボールの勢いも強くて手が痛くなっちゃった。でも、コントロールは最高だった。野球得意なのかも。
授業が終わって、昼休み。痛む身体をいたわって昼ご飯を食べる。美味しいお弁当が待っている。
「大変だった? 晴香ちゃん」
「そりゃあもう……」
たじたじだ、と私の顔には書いてあったと思う。大好きな唐揚げを口に運ぼうとした瞬間、教室のドアが開いた。そこに。
「多知さん」
「げっ」
私の本音はその一言に詰まっていた。でもそれに嫌な顔を紫塔さんはしない。
「あー……」
「晴香ちゃん……行っちゃうの?」
「当然よ」
紫塔さんはそう言うと体育のときみたく、私の手をつかんで教室を出ていく。私は持ったお弁当が落ちないかだけ気がかりだった。シェリー、ごめんよ……。
理科室。昼休みは誰も使っていない。独特の薬品の様なにおい。ご飯時にはいささか、相性が悪い気がする。
紫塔さんは特に気にすることもなく私と向かい合うように座り、自分の弁当を広げた。手作りっぽい。
「……ここで食べるんだ? 紫塔さん」
「ええ。ここなら誰も来ないと思って」
「……空気悪くない?」
「別に」
全く気にせず、紫塔さんは弁当を開ける。……綺麗なお弁当。何が綺麗かと言われれば、彩りがとても綺麗。そして配置。……これはお店で売っている物じゃないよね?
「手作り?」
「ええ」
そしておかずを一口、紫塔さんは口にする。でも、紫塔さんの食べてる姿、なんか……すごく、美味しそうに見えなかった。作業的にご飯を食べてる感じがする。
「一口いい?」
私は思わず、紫塔さんの弁当の味が気になって、つまんでしまう。彼女は固まったけれど、言い返しては来なかった。
「……うーん」
なんだろう、何かが足りない味がした。
お昼ご飯を食べた後、彼女と雑談を……しなかった。一向に彼女が話しかけてくることはないし、私だって、昨日初めてちゃんと話したような仲の人とどう話せばいいのか分からない。微妙な緊張感の中、私は彼女の様子をちらちら見る。相も変わらず難しそうな本へ視線を落としている。
「それ、何の本?」
「重力の化学本」
へぇ……と返す私に会話のカードは切れなかった。な、なんなんだその本! おおよそ女子高生が読む本じゃないよ!
「難しそうだね」
「そんなことはないわ」
あぁ、どおりでこの人は成績がぶっちぎりでいいのかも。
さて本題の話を聞いてみたいと思う。どうして私とこう、結構強引な付き合いをしてくれているんだろう。
「今日、紫塔さん随分私を振り回すね?」
「言ったでしょ、昨日。あなたを守ると」
「それにしてもさぁ」
やっぱり強引すぎる。あんまり口にできないけれど、不器用な付き合い方だ。
「紫塔さん……守るって、どうするの? 私の周りに不審者でもいる?」
「今はいないわね」
紫塔さんは紙パックの紅茶を一口含んだ。おいしそう。
「うーん、分かんないんだけれど、……そもそも、私、どうやって死ぬの?」
「私を追ってきた人間の銃弾が当たってしまって、即死」
うわ……ちょっと、あんまり聞きたくなかったな。午後の授業、テンション持つかなぁ?
「……私には死んだ記憶とかないんだけれど、どういう原理なの?」
「それは言えない」
うむ、はぐらかされてしまった。
こう問いただしているけれど、私自身は紫塔さんの言葉をそこまで疑っているわけじゃない。ただ突拍子も無さ過ぎて、飲み込めていないだけなんだ。あの言葉が嘘であるのなら、彼女がこうやって、私と一対一で付き合うような、大変そうなことをするかなぁ?
「もしかして、今後ずっと、こうやって付き合っていく感じ?」
「その予定だけれど。嫌?」
嫌ではなかった。友達が増えるのはいいことだし。紫塔さんがわるい人には、私には思えない。
「そっか! じゃあ、もっと楽しく過ごそうよ!」
「……」
紫塔さんの表情は揺るがない。……あれ?
「そういうことしてると、また危ないわ」
すると紫塔さんは立ち上がる。
「どこいくの?」
「もうお昼は終わりよ」
あ、と私は時計を見て、私も理科室を出ることにした。外にはまた、私と紫塔さんのやり取りが気になる謎の生徒たちが数人群がっていた。私が挨拶をすると、彼らは少し慌てたように教室へと戻り始めた。
放課後。帰り支度をしていると、いつもの親友が声をかけてくる。
「一緒に帰ろう? 晴香ちゃん」
「うん」
そこに、また。彼女の足音が近づいてくる。
「多知さん」
「……む~!」
唸ったのは私じゃなくて、私の親友だ。いつもしないような表情だ。
「どうしてぇ!?」
「え……」
いつもクールに振る舞う紫塔さんが初めて、戸惑うような様子をみせた。この人もこんな表情するんだ。
「もう! どうして晴香ちゃんを独り占めするの!?」
怒ってる怒ってる。ぽかぽか紫塔さんの胸を叩いてる。シェリーがこんなに感情をあらわにするのは珍しい。
「え、え、その……多知さん?」
紫塔さんの目が助けを求めている。私はちょっとだけ面白がりつつも、ぷんすこ怒るシェリーを制して、その場を取り持った。
「もう……晴香ちゃんのばか!」
「ごめんて」
三人で帰り道を行くことになった。シェリーも紫塔さんも譲らなかったからだ。
「……で、なんで晴香ちゃんと一日中付きまとってたの、紫塔さん?」
「……」
いつものように“多知さんを守るため”と即答するのかな、と思っていたけれど、以外にも紫塔さんはワンテンポ置いた。なにかあるのかな?
「――意気投合したので」
耳を疑うような言葉が聞こえて、私は固まった。
「え?」
そう返事したのは私と、親友と。
「帰り道も一緒だし」
「え?」
「多知さんは明るいから」
「え?」
ひたすら、シェリーは牽制していく。頼むシェリー、抑えて。
「多知さんも私の事、嫌いじゃない……でしょ?」
「え、ああ? ……えーと」
この瞬間に肌に感じた殺気。今までに感じたことのないくらい痛く刺さる。汗が出てきて、私は返事を言いよどむ。
「その……そう、えっと……」
眼鏡から覗く視線が、私に穴を開けるくらいに鋭い。
「……いいわよ。あなたと多知さんで帰りなさい」
紫塔さんはシェリーにそう告げると、今まで来た道を戻っていく。
「あれ? 帰り道一緒じゃないの?」
「嘘も方便」
嘘だったんだ……。通りを曲がって、紫塔さんの姿が見えなくなって、感じていた殺気が薄らいでいくのが分かった。
「帰ろっか」
明るく親友は私に言い掛ける。複雑な気持ちのまま、私は帰路に就いた。
寝落ち通話。
私はたまにしている。相手はもちろん……。
「ふわぁ……ぁ……」
スピーカーから聞こえてくる親友のあくびが、私にも移ってしまう。
「それでね~晴香ちゃん」
でも相手は全くやめてくれそうな気配がない。時計の短針は降りることを始めている。ちょっと眠い……。
「ねぇシェリー、もしかして、紫塔さんのこと、嫌い?」
「んー……」
唸るような声が聞こえる。ビデオ通話じゃないから表情は分からなくても、もう付き合いの長い親友の声音はどんな気持ちか、私には分かった。
「あの子、もしかしてこれからも晴香ちゃんと仲良くするのかな……?」
「そうかもね。でも、私はそんなに嫌じゃないよ」
「えー」
不満そうな声。シェリーはそう思うかもしれない。でも友達を増やす権利は私のもの。どうにかシェリーと紫塔さんがうまく馴染めればいいけれど。
「明日休みだしどっか遊びにいく?」
「そうだねぇ」
夜更けのなかで、親友の声は止まない。あんまり褒められた生活リズムじゃないね。結局翌朝起きるのは学校へ向かうよりときも大分後の時間だった。
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