拝啓、魔女の紫塔さん ~君の地獄へ連れてって~

黒上タクト

第一章 「不可解なほころび」

 「魔女」という言葉は聞いたことあるかな?

 一般的なイメージとして、とんがった帽子を被って、ホウキに乗ってイヒヒと意地悪そうな笑い方をする女の人というのが私のイメージだった。

 ……私の前に現われた魔女というのは、そういう人じゃなかった。イヒヒと笑わないし、ホウキにも乗らない。ごく普通の少女に私には見えていた。

 そんな彼女の抱えていたものは思っていたよりどす黒くて、重くて……だからこそ、そこに手を差し伸べたかったのかもしれない。


 一生に一度、人生全てを狂わせるような出会い。私はそれに遭ってしまった。





「あなたは昨日死んだのよ」


 私の前にいる長髪の美人さんは、この教室に一人しかいない相手に向かって言ってきた。


「……え?」


 当然の返事が私の口から漏れた。この人は一体、何を言っているんだろう?


「……」


 でも、私の前の美人さんはそれ以上詳しい話をしてこない。どうしよう、何を聞けばいいんだろう?


「……本当?」


 フリーズした脳みそが編んだ言葉はそれだけだった。すると彼女はうんと頷いた。……どうにも嘘をついているようには、私には見えなかった。

 こんなちぐはぐな状況に、私はどうすればいいかわからない。

 あはは。困ったな。


「冗談だ! それは……紫塔しとうさんの、冗談だ!」


 もう自分でも何を言っているのかわからない、そう思いつつお道化どけて空回る言葉。


「いいえ、冗談じゃないわ」


 顔が引きつったのが分かる。もう、私にはどうすればいいか、何を言われているのか、なにも、さっぱり分からない。


「……」

「……」


 相も変わらず、紫塔さんは自分から詳しい話をしてはくれない。とりあえず、こわばった肩の力を抜くことにした。


「……何を、言ってるの? 紫塔さん。あんまり揶揄からかわないでほしいんだけど……」


 やっと、自分の本音が話せた。


「揶揄ってはいないわ」


 頑なに、紫塔さんは自分を譲らない。


「……詳しく話してほしいな? 私、もう全然頭が追いつかないよ」

「……そうね」


 やっと、紫塔さんの口から事情を聞くことができるんだ。


「あなたは昨日死んだ。でも、私が生き返らせた」


 でもその事情とやらは、更に私を混乱させた。

 もうこの人との会話で理解できる個所はどこにもない。聞けば聞くほど頭がこんがらがってくる。となると、私がとる行動は一つ。


「……帰っていいかな?」

「!」


 私がきびすを返そうとすると、紫塔さんは私の腕を取ってきたのだ。しかもそこそこ強い力で。……なんだろう。新手のいじめ? もしかして紫塔さん誰かのドッキリの仕掛け人?


「あなた、このままだとまた死にかねないわ」


 少しだけ、私の中で苛立ちの様な感覚が湧いたのが分かって、彼女の手を振りほどく力が少し大げさになった。


「……あんまり人を揶揄うのよくないよ? 誰から頼まれたの?」

「え、いや」

「私、忘れ物取りに来ただけなんだ。じゃあね」


 そうして、私は半ば強引に教室を出た。廊下に出て少しすると、後ろからも足音が聞こえたような気がして、私は歩調を早める。



 校舎の出口に来る頃にはもうその足音は聞こえなかった。





 紫塔さん。私のクラスメイト。この学校に入学してから二ヶ月くらい経って、大まかに絡むメンバーも各々おのおの決まってきたころだけれど、紫塔さんが特定の誰かと仲良くしているシーンは、私は見たことがない。


 彼女は私が今まで出会った誰よりも美人さんだ。わずかに茶色を帯びた黒い長髪は何よりも映えるし、目元もキリっとしててかっこいい。背丈だって少し高めなのがモデルさんみたいだ。

 以前彼女の落としたノートを拾ったことがある。そこに書かれていた文字がまるで印刷でもしたのかな、と思うくらいには綺麗だったのを覚えている。


 でも、いやだからなのか、彼女と仲良くしているクラスメイトはいないんだ。近寄りがたいのか、それとも中学からのつながりがないのか。残念だけれど私だってあまり話したことがない。紫塔さんだって自分から話しかけてくるタイプじゃなかった。休み時間、彼女が教室を出てどこかへ消えるのは何度か見たことはあるけれど、それを追うような趣味は私にはない。


 そんな彼女が突然、二人きりの教室で私に話しかけてくるのだからビックリしたんだ。あんな美人さんから話しかけられて、ちょっとドキドキした。思った以上に嬉しかったのかもしれない。でも……あのちゃらんぽらんな内容だとは、思ってなかった。



 学校を出て、家へと帰る道は、オレンジ色が少しずつ影を帯びてきている。いつもは一緒に帰る友人が私にはいるけれど、先に帰ったみたいだ。

 途中で通りがかる公園。ふとそこのブランコが揺れているので視線が移った。そこに彼女は座っていたのだ。


「……あのね、多知たちさん」


 びっくりした。絶対、私の方が学校を出るのは先だったはずなのに。


「紫塔さん……足速いんだね?!」

「違うのよ、多知さん。私の言っていることは、事実なの」


 公園の街灯が、暗くなっていたブランコを照らし始めた。


「……んー」


 らちが明かない、そう思った私は作戦を変える。一旦彼女の言っていることを全て“聞き流す”ことにする。

 隣のブランコに私も座ると、彼女は目線を合わせてきた。シュッとした目の形……やっぱりうらやましい。


「どうしたの? 私の顔に何か?」

「いや、全然」


 そう言うと、一度目を伏せて、再び紫塔さんは私の目をまっすぐのぞく。これから流れる話は、きっと私が真に受けちゃいけない話だろう。そう身構えて、相槌あいづちの準備も始める。


「さっきも言ったのだけれど、あなたは昨日死んだわ」

「へー」


 もう彼女の話は右から左へと流れて行っている。


「信じられないのかもしれないけれど。これはね」


 そういって、急に紫塔さんは私に耳打ちしてきた。


「私の力なの」

「っ!?」


 ささやかれた言葉の意味を理解するより、された事のほうにドキッとしてしまった。思わずブランコから転げ落ちた。


「あっ……大丈夫?」


 少し痛んだ足をかばいつつ、私はブランコに乗り直した。


「いきなり耳打ちはびっくりするよ!」

「あ……ごめんなさい」


 いつもはしないようなシュンとした表情。紫塔さんはそれを浮かべて謝ってきた。


「でも、これは聞いてほしい事なの。信じられないことばかり言うかもしれないけれど」

「……」


 何を言っているのかは分からない。でも、彼女の目は真剣そのものだ。私は彼女の話に、少しだけ耳を傾けることにした。




「うーん」


 彼女の話が終わったころには辺りはすっかり暗くなって、会社帰りの車たちも道路に増えてきた。


「にわかには信じがたい――」


 唸る私を、ただじっと紫塔さんは見てくる。じりじりとその視線の圧は高まってくる。


「だから、その」

「うん」

「……私が、責任を持って、あなたを守るわ」


 ……?


「ん?」

「これから」


 ん? いやいや、待ってほしい。私の中で、何一つ合点がてんは行っていない。


「なんで?」


 思わず口にしていた質問。それに紫塔さんはかなり不意を突かれたような顔をしていた。


「……だって、私のせいで、あなたが死ぬから」


 理解のひとつも出来ないまま、私は彼女にボディガードをしてもらうことになったみたいだ。それを実感するのは、次の日の事だった。

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