第51話 不死鳥流『コオロギのサンドイッチ』

「では、これで質問は十分だろうか?」


 そう言ったバエルの声色はどこか楽しそうに聞こえて、俺は形容しがたい寒気に襲われた。


 今からバエル様の質問タイムが始まるぜとでも言いたいだろうか。


「んじゃあ、最後に一つだけ。なんで俺の事知りたいの?」


「……ふむ」


 ほんの少しの逡巡の後、バエルは呟く。


「馬鹿な事を、と思うだろうが」


「おん」


「もしも、貴様が『不死鳥の力の放棄』を願い、その上で私の要求を満たせるのなら」


「……」


「────『協力』という形があるのかもしれない」


 自嘲気味な笑みを浮かべるバエル。


 ……俺とコイツが協力できる可能性が0ではないと言いたいのだろう。


「……そうかよ」


 ────ハッキリ言ってあり得ない話だ。馬鹿ばかしい提案だ。


 マミレちゃんみたいな無垢で馬鹿な弱いだけのガキなら関わっていても良い。俺の事を知っていても殺す必要が無い。彼女に俺を陥れるだけの知能も、俺を陥れる事で得られる利益も無いからだ。


 バエルは違う。


 俺はコイツが恐ろしい。だから殺したい。


 こんな奴を生かしておいたら、俺も人間界も危険なまま。


「うん。俺のターンは終わりで良いよ。質問どうぞ」


 これ以上質問しても無駄だと判断し、俺はバエルに番を渡した。


「……では、最初の質問は何にしようか」


 そこからバエルは数秒間、思案の時間に入った。


 その間に俺は『嘘を吐いたり答えなかった時の契約違反によるデメリット』とかについて考えていた。何らかのスキルが働いていて『契約』とやらが本当に存在していても、バエルの詠唱キャンセルによって俺は気付けない。


 ここは正直に答えるが吉。


「……うむ」


「決まったかー?」


「あぁ」


 小さく頷いてから、バエルは言った。


「貴様は今までに何体のユニークモンスターを捕食した?」


「ん、あー……」


「……」


「…………え?」


 反応が、遅れた。


 あまりにも自然に言うものだから、その質問の異常さに、真意に気付くのが遅れた。


「なんで、知って」


「今は私の番だ。もう一度聞くぞ……?」


 心臓が冷たくなる。


 駆け足になった鼓動が俺の身体を震え上がらせる。


 誰にも見られていないはずなのに。誰も知らないはずなのに。知っている者は全員死んだはずなのに。


 どういうわけか────バエルの全てを見透かすような眼は、俺の誰にも知られたくなかった秘密でさえ暴いていた。


「どうした?答えないのならば────」


「────3体」


 ……と答えると同時に、俺は机の上に置いていた朱雀刃の片方を投擲していた。


 勿論、嫌味ったらしく微笑むバエルに向かって。


「おお、危ない危ない」


 首を傾けたバエルは朱雀刃を紙一重で回避し、赤い刃は奴の座る玉座に突き刺さった。


「…………そうか」


「む?」


「あの時────【迦楼羅天炎】を動かした時……」


「ほう?自ら気付けるとは。想定よりも悪くない脳を持っているようだ」


 この心層に転移する前。


 迦楼羅天炎でバエルの気味の悪い檻の魔法を避けている時、俺の脚から迦楼羅天炎を切り離そうと風の刃が飛んできた。


 その時、俺はバエルの意表を突くために敢えて風の刃を受け────────


『さぁ、


 ────切断された足ごと、迦楼羅天炎側を操作してまたくっつけたんだ。


 ユニークウェポンはあくまでただの『武器』。意志を持つことは有り得ない。遠隔操作可能なユニークウェポンなど存在しない。


 それを失念していた。


「……クソ」


 後悔の念を小さく吐き捨てた後、俺は投擲した朱雀刃を────俺の手へと引き寄せる。


 刺さっていた刃の部分が抜けると、赤の短剣は勢い良く先ほどの投擲を逆行するかのように……この右手に、パシッと収まった。


「ユニークモンスターを殺害、その直後に捕食……残った死体が通常のユニークウェポンとなったタイミングで、捕食した箇所もユニークウェポンとなる。つまりは……その武器と同化したのも同然という訳か」


「……」


「同じ鳥系ユニークモンスターだから出来た芸当なのだろうな。興味深い。ユニークモンスター、ユニークウェポンと融合した貴様にはもはや、新たな種族名が必要かもしれない」


「……」


「それにしても────」


 金色の衣を纏った男が俺を指さして言う。


「酷い顔だ」


「……ついでにもう1個、気付いた事があるんだよ」


「ふむ。では2つ目の質問はそれを聞こうか」


「OK。教えてやるよ、今世紀最大の天才的アイデアを」


 気付けば俺は、朱雀刃を両手に握った状態で立ち上がっていた。


「お前をさっさと殺しちまえば、契約なんてチャラになるよな」


「────ククク」


 足に装着したままの迦楼羅天炎に魔力を流し込む。


 爆発した炎は両足をぐちゃぐちゃに粉砕しながら推進力となり、俺の身体は前方へ押し出され────円卓を飛び越える。


「死ねッ、バエル!!」


「応えよう、その殺意に」


 振り下ろした朱雀刃は魔法による盾で弾かれ────転移する前の戦いの再演となった。


 勢いで跳躍し一定の距離を取ってから、再び構え直す。


「こちらとしても好都合だ。貴様が同族喰いだというのなら、やはり私は戦わなければならない」


「黙れ、死ね」


「ふむ……質問と言う形でないと会話が成立しなそうだ。では3つ目の質問といこう────」


 そう言われて「はいそうですか」と質問を待つわけがない。


 俺は即座にアイテムボックスを開き、朱雀刃と迦楼羅天炎に続く3つ目のユニークウェポンを取り出そうと手を伸ばした。


 ……そしてその手は、バエルの一言でピタリと止まる。


「────互いの全力を出す気は無いか?」


「……はぁ?」


「出し惜しみはもう止そうと言っているのだ。そろそろ小手調べは終わっただろう?」


 ここで無視して攻撃せず、「一理あるかも」とか考え始めてしまうのが俺のダメなところなのかもしれない。


 相手に手の内を知られないように、実力を悟られないように戦ってきたが……この問答のせいで俺の戦力なんてバエルが聞けば一発で分かってしまう。その逆も同じで、俺達はもう情報と言う面では戦う必要がなくなってしまったのだ。


 何より……バエルの提案は俺にとって有利でしかない。無限に魔力を生み出せる俺はどれだけ戦いが長引いてもスタミナ切れには絶対にならない。切り札を出し合い、全力でぶつかり合った時……それに俺が耐えられたのなら、もはやその時点で勝ちだ。


「それはまた『契約』する感じなのか?」


「いや、不要だろう。これはそろそろかたを付けたいという私の願いであり、貴様がどうしようとも私が奥の手を切る事は変わらない」


「なるほどね……乗ってやってもいい」


「感謝する」


「どうすんだ?せーので『』して3・2・1・ファイトってか?」


「それが良いだろう」


「……」


 満足げに頷くバエル。


 何も突っ込まれないって事は、俺とコイツが考えてる『切り札』は同じモノで確定だろうな。


「じゃあ」


「あぁ」


「……やるか」


 ぎこちない会話のキャッチボールはすぐに終わってしまった。


 何故だか、これから全力の殺し合いをするというのに実感が無い。


 殺したいし殺さなきゃいけないのに、こんなにも心が穏やかなのは……多分、バエルが俺に殺意だとか悪意だとかを一切ぶつけてこないからだ。


 ────何か思惑があるのかもしれないけども。


 こういう時でも結局のところ、俺に出来るのは『殺す』事だけ。


 ……考える必要なんて、無い。















 ー - - - - - -

















 遠い記憶の中で、最も鮮明。長い命の歩みの中で、最も鮮烈。


 全てが歪んだその日────彼は二体のユニークモンスターを探していた。


『何か……はい。嫌な予感がします』


『言葉では表現出来ません。この世界の言語にまだ適応しきれていないという訳ではなく……えぇ。予感でしかないのです。こんな説明でも動いてくれるのは貴方くらいしかいない、と思ったので』


『頼まれてくれますか。行方をくらましたベルゼブブとフェニックスの捜索を』


『私は……また。もう一度だけルシファーを探してみます』


 まだ人間体を手にする前の、地球にやってきて間もない頃。


『魔王』たるルシファー不在の影響でモンスター達の指揮を執っていたマモンから指示を受け、バエルはダンジョンを巡っていた。


『滅導聖典』の一体、暴食を司る蝿の王、ベルゼブブ。


 魔王の権限を手に入れ、しかしその力でルシファーに成り代わろうとはしなかったフェニックス。


 忽然と姿を消した二体はどちらもダンジョンの中心を担う存在であり───普段とは性質が異なる世界に来てしまった今の状況下では、彼らの不在は何かの前兆を感じさせるものがあった。


 そして────天雷王という名を押し付けられる前の彼は、目に見えない危機を察知したマモンの様子から……使命感のようなモノに突き動かされていたのだ。


 そして発見した。


 探していた両名を、一度に。


【見つかっちったー。バエルくんは働き者だね】


 嘴を汚した、赤や金、紫の羽が熱を帯びる巨鳥。


 無残な姿で身体を貪られる、蝿の悪魔────だったモノ。


【何をしてるんだって言われてもねー。見て分かる通り、食事シーンさ】


 結局のところ─────ルシファーも、マモンも、ベルゼブブも、バエルも、この地球という世界と不死鳥というモンスターを侮っていたのだ。


【いやー、不味いねコイツ。所詮『暴食』……喰えれば何でも良いし、いくら喰っても満たされない。だからお肉の質が悪い!もっと良いもん食べさせて育ててから頂くべきだったかもー】


【…………】


【────君も、喰うかい?】


 本人の中では朧気な記憶だが、彼はそこで……叫んだ。


 まだ身体に浸透していない言語で、思いつく限りの罵倒を吐き散らかした────彼が生きてきた中で最も品性に欠けていた瞬間だっただろう。


【気持ちは分かるよー。『バエル』と『ベルゼブブ』の繋がりは俺も知ってる。ごめんね、どうしてもコイツの力が欲しかったんだ】


【でも────だからこそ、君もベルゼブブを……】


【そんな怒るなってー。悪い提案じゃないはずだよ……ほいっと】


 悪鳥はその嘴で丁寧に蝿の身体を切り分け────半分の量になった残骸を咥え、バエルの方へと放り投げる。


【このランチタイムが終わった瞬間、俺は君達に『攻撃』を仕掛ける】


【君もそろそろ、新しい名前とか欲しくなってきたんじゃない?wあぁいや、詳しい内容はお楽しみって事でw】


【…………で、どーするよ?】


 宣戦布告だった。


 目の前には最上の絶望。あのベルゼブブですら敗北したのだから、ここで抵抗しても無意味だと……バエルの理性が鳴いていた。


 故に────彼は誇りを投げ捨てた、最悪の最適解を選び取ってしまう。


【……良い喰いっぷりだね】


 バエルの身体の構造上、半分に裂かれたとは言え巨大な蝿の丸呑みは不可能だった。


 ────仲間であるはずの、自分に近しい存在を咀嚼する感覚は、どれだけ経っても彼の心にこびりついている。


【うん、君は面白い】


【俺はここを燃やし尽くしたら地上に出るけど……】


【またいつか、会えたらいいね】


 苦悶、悔恨、憎悪────────それでも彼は、知性を捨てなかった。


 敗北の後、いずれ訪れる最大の好機へと向けた一矢。どれだけ待たなければならないのかは分からないが、いつか必ず矢は届くだろう。


 遠い未来に────大敵に一泡吹かせるためだけに。彼は屈辱を噛み潰し、飲み込んだ。

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燃えよダンジョン、バズれ俺~炎上系配信者の迷宮無双録~ イ憂 @tokinoken

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