第37話 ︎︎【15万人記念】NG無しガチ質問コーナー。

 ────────家族は死んだ。


 ────────大切な人はその手で殺した。


 ────────さぁ、どうする。





 ◇







 神話において、不死鳥は『死なない』訳ではないというのは、あまり知られていない事実かもしれない。


 伝説上の生き物である、不死鳥の元となったその霊鳥……ベンヌは『不死』ではあったが、その本質は『死ぬ』事にある。


 不死鳥は死に至らない存在ではなく、死後に蘇る生物なのだ。劫火に身を投じ、灰となった身体の中からまた不死鳥は生まれる。


 その灰は万病を癒す薬を作り、その血は死者でさえ治してしまうとされた。


 ────その上で、浮かび上がる一つの疑問がある。


 完全な不死でないのなら、何故不死鳥は『不死鳥』と呼ばれたのか?


 神話や伝説上の生物、怪物達にとって『不死』という肩書は特別なものではない。神によってその力を奪われたりなどはあるが、即座に傷を再生したり等、一度死を経由する必要のない『不死』を持つ存在は少なくない。


 そして『フェニックス』という言葉自体は『赤』、または『紫』を意味していた事もあり、それが語源だろうとされている。


 元の意味は色だというのに、その名で呼ばれても定着しているイメージは『不死』と『炎』だ。


 ────答えを一つ、出すのならば。


『不死でもある』存在より、『疑似的だとしても不死である事が唯一の特徴』の存在の方が────────『不死』という概念に近いと言えるのではないだろうか。突出した一つの特徴は、その特徴を他の特徴と共に併せ持つ存在よりも『強い特徴』だと人々は考えるのではないだろうか。『不死でしかなかった』鳥を、不死鳥と呼ぶ他無かったのではないか。



 ……また、不死鳥の原点を辿った場合────人々が信仰せざるを得ない、平伏せざるを得ない、とある巨大な存在に行きつく。







『太陽』だ。









 ー - - - - - -












 ────────君は弱い。


 ────────探索者の才能が絶望的に無い。


 ────────なら、どうする。









 ◇









「おっと……流石にここから先は見せられませんか」


 暗くなった配信画面を閉じ、日本モンスター愛護協会理事長の肩書を持つ男が立ち上がる。


「行くのですか?」


「えぇ。フェニックスチャンネルともあろう者が、カメラに写せないと判断したのですよ?大事中の大事でしょうよ。それに、配信は見るなと言われていた事ですし」


「さっきまで普通に見ていましたよね」


「気のせいですね。それにあの言葉はきっと照れ隠しですよ。直接会いに来てほしいだなんてワタシには言えなかったのでしょう、フフフ」


 冗談と分かっていても、秘書は顔をしかめてしまった。


「すぐ帰ります。直接介入はしませんので」


「……お気を付けて」


 軽快な足取りで部屋から立ち去った男。


 秘書の目に入ったのは、つい数秒前まで彼がいたデスク……そこに立ててある、一枚の写真。


「……」


 満面の笑みの理事長が覆面の男と肩を組み、鎖鎌を握った手が見切れている……ダンジョンの中で撮ったであろう写真。


「私にはただの、炎上商法常習犯の目立ちたがり屋にしか見えないのですが……」


 写真に写った彼は、覆面を被っていても透けて見えるほどの嫌そうな表情をしている。


「しかし、私などでは分からない何かがあるのでしょう」


 協会の者のほとんどが、理事長に対して一種の崇拝的な思想を持っている。秘書である彼女は理事長の表には出ない一面も見ているせいか、他の者よりも信仰的な感情は少なかったが……それでも、覆面の男に対して嫉妬のようなものをわずかに感じていた。


「それにしても────────モンスターしか愛さないはずの理事長が、これほどまでに入れ込むだなんて…………」














 ー - - - - - -
















 ────────君は持っている。


 ────────資格、素質、運命を持っている。


 ────────『死』を、受け入れろ。











 ◇














「久しいな」


「…………へ?」


 横にいたマミレちゃんが、頭部の蛇からではなく自分の喉から声を漏らす。


「……会った事、あるの?バエルと……」


「いや?無い」


「────あぁ、の……」


 俺達と同じ目線のところまで降りてきた魔人達は着地した途端にバエルに駆け寄っていき、マミレちゃんの言葉と同じような事をバエルに向けて言っていた。


「王よ、『トリ』とは面識が……?」


「いや、無い」


「ん……え?」


「あァ?何言ってんだボス。こんな時になぞなぞでもするつもりか?」


「それはこっちのセリフですわ、おバカ二人。久しぶりに会うけど面識は無い……これがどういう事なのかくらい、簡単に分かるでしょう」


 見てみれば、いつぞやの負け犬フェンリル君もいるじゃないか……ん、なんか女ばっかじゃね?これって天雷王さんの趣味ですか?他にも女の子と女の子と女の子と……女の子?と────────


「……は?」


「あっ、フェニックスさーん!」


 魔人達全員の顔を確認したところで、どうしようもなくシツキちゃんと似ている顔の女の子がフェンリルに拘束されていたのを視認。一瞬見て見ぬふりをしようとしたが、気のせいでは済ませられないくらい顔がシツキちゃん過ぎた。


 そして彼女の元気そうなお手振りが、本人であると確信させてくれた。


「本当にごめんなさいっ!私、負けちゃって……」


「別に怒ってないけど、どういう状況なのさ」


「おまけにフェニックスさんの居場所まで教えちゃって……」


「偶然出くわしたらボコられて、拷問とかされた感じ?怪我してんなら治すフェニよ」


「いえ、自分から……」


「あーね?」


 さらっと聞き流したけど、『自分から』ってどういう意味だよ。俺の居場所を?バエルに?どういう意図があっての行動?何言ってんのこの子。やっぱり頭のネジ数本外れてるでしょ。


「……で、バエルさんよ。その子をわざわざ持ってきたって事は、人質交換でもするつもり?」


「いや、無条件で返そう。この人間を傍に置く事は我々にとって悪影響でしかない」


「あぁ、そう……」


 酷い言われっぷりだ。大人気美少女配信者と言えども、モンスターまでは獲得できなかったらしい。


「本当に良いのかァ?」


「あぁ。もう必要無い」


「へいへい。おらよっ、と!」


 フェンリルによって投げられた、シツキちゃんの身体。小学六年生男子が投げるドッヂボールくらいの勢いはある投擲だったが、どうせキャッチしなくても怪我一つも無いだろうからその場を動かなかった。


「うごべっ」


 どてっ、とシツキちゃんが落下し、俺は近くに寄ってゆっくりと上を向いた彼女の顔を覗き込む。


「いてて……」


「おかえりしつきんさん、災難だったね」


「確かに色々ありはしましたが、それは前座です。さぁフェニックスさん!あなたの戦いを私に見せ────」


「【スタンフィスト】!」


「おごっ」


 これから先のバエルとの会話を聞かれるわけにはいかない、という事で眠っていただきました。


【拳】系スキルの中級スキル、命中させれば敵を気絶させられる【スタンフィスト】。


 モンスターに使うというよりは、探索者相手にモロに入れば結構長い時間ダウンしてくれるから修得して良かったと思っているスキルの一つだ。


「まぁ……この子はそこらへんに放っておいてもしぶとく生きてるでしょ。アシスタント君も同意見でございますな?」


「……あ、えっと、うん」


 仮面は慌てて俺の方を向いたが、彼女の頭部の蛇たちは変わらず────魔人達を見ていた。


「……一応仮面は付けたままにしなきゃだめだよ」


「わ、分かってる……」


 もじもじとしながら魔人達を見つめるマミレちゃん。


 ────そりゃ知らせたいか。自分が無事に生きてるって事を。


「…………待って、え?」


「あっ、ヒュドラちゃ……」


「うそ────うそっ!!」


 髪が蛇になってんだから当たり前と言えばそうかもしれないけど、仮面を付けたままだというのに気付いてくれた子が一人。


 青い髪をしたその少女は全速力でこちらへ駆け寄り、優しく迎え入れるように手を広げたマミレちゃんに飛び込んだ。


「生きて……っ、生きてたんだね……!」


「……うん」


「すごくダサい変な仮面付けてるけど……大丈夫?何かされてない?」


「だ、大丈夫」


「良かった…………死んだなんて……やっぱりフェンリルの嘘だったんだ」


「言われてんぞ~オオカミ少年」


「年中嘘つきのラタトスクさんにだけは言われたくねェけどな」


 女の子二人が再開を噛み締めているので俺は何となくマミレちゃん達から距離を取りつつ、魔人の面々を観察する。


 まず、ヒュドラ。結果的に不死を殺した毒で有名だが、まぁ攻撃に当たらなきゃ良いだろ。


 そんでフェンリルが言ってた、ラタトスク……え、誰?知らんのだけど。そんな名前のやつ神話にいたっけ?『ベース』がいないタイプのユニークモンスターか?


「……なんだ、貴様ら。『トリ』を前にしたと言うのに、思ったより余裕そうじゃないか」


 はしゃぎ始めた魔人達に呆れてため息を吐いたバエルは、まさに『親』や『先生』に近い何かを感じた。


 ……こいつら、意外と良い関係性築いてたりすんのか?


「えぇ、それはまぁ……」


「まぁ、『トリ』のヤバさは実際に戦ってみねぇと分かんねぇよ」


「なんつ~か、アンタ程の覇気は感じないし?ってか、速くグレモリーの傷を────」


「あそこに立っている男は────『完全体』だぞ」


「「「!!!」」」


 バエルの一言に、ほとんどの魔人が目を見開き……一斉に俺を見た。


「なんだいなんだい、急に静かになっちゃって」


 気持ち良いほどの警戒心と敵意。あらゆる方向から俺に向けられるそれは、魔人達の恐怖を滲み出させてしまっていた。


「……本当に、何もされてないんだよね?」


 ヒュドラと呼ばれた少女はマミレちゃんを後ろに、俺から遠ざけるようにして足を震わせながら立っている。


「…………そう来たか。だとしたらあん時のオレは……どれだけ手加減されてたんだ?ハハ、情けねェ!」


 言葉の割には嬉しそうな顔のフェンリルが、好戦的な眼差しを向けてくる。


「まぁ、そうよね」


 ぼそっと聞こえたのはマミレちゃんの納得の声。


 ────暖かな雰囲気が、一瞬にして凍てついた。


「違うとは言わせないぞ」


「……」


 ゆっくりと、その男がこちらへと歩み寄る。


「そうだろう─────【不死鳥フェニックス】よ」


「……ククク。はははははは」


 思わず笑みが零れてしまう。


「笑っちまうだろ。ここにいる全員、あたかも『自分は人間です』みたいな面しといて実際は─────誰一人としていないんだからな」


 いつから俺はこんなにも、秘密を抱え込むようになったのか。ガキの頃の俺は何も考えてなくて、ただ笑いながら日々を過ごすだけで良かったのに。


 今では……キリカ、ユウキやシツキちゃんだけでなく、古鴉キョウマとフェニックスチャンネルを知るほとんどの人間に嘘を吐いている。


 レベルは『人間の限界』である99から倍近く差をつけた200。天啓同調は当然修得済み。まだまだですか?そりゃ手厳しい。


 襲ってきた探索者を本能のままに焼き殺した事もあれば、死と再生を繰り返しながら同種族と泥沼の殺し合いをした事もあれば、泣き叫ぶ少女を無惨に食い殺した事もある。


 何度死のうと蘇る不死鳥。ソロモン72柱、第37位の悪魔という側面を併せ持つ太陽の化身。最低最悪のユニークモンスターの一体─────【不死鳥フェニックス】。


 それが俺だと知る者が……敵として目の前にいる。


 生かしてはおけない。


 ちっぽけで傲慢な、俺の平穏を守るために。

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