第35話 アーカイブ:ゆっくりお昼食べながらダンジョン探索
深夜32時ギリ間に合いました、毎日投稿継続です
◇
彼は昔から、容姿を褒められる事があった。それも少ない数ではなく……しかしとびっきりの美貌を持っているとまで言われた事は無い。
声を褒められる事もあった。しかし本気で声優への道を勧めてくれる者は誰一人としていなかった。
そんな彼が初めて。『飛びぬけている』と称されたのが、探索者としての才能だった。
(そう、だから俺は────適当に配信して、適当にモンスター倒して、普通に働くよりも少し上くらいの人生を歩むつもりだった……)
そんな彼が初めて。
ダンジョンにおいて恐怖を抱いた存在が────────
「あぁッ、バレた……アタシが来ちゃったの、フェニにバレたぁ……あぁ、あああああああああああ」
血塗れの人型の存在。錆び付いた鎖鎌を手から離し、顔とスマホの画面を限界まで近づけながら呻く、怪物。
(冷静に考えてみたけど、こいつ人間じゃね?いくら人型だからってモンスターがスマホ使うか?使わないよな?)
配信者、『らいちくん』の全身は凍ってしまうかというほどの冷や汗で包まれた。
(────え、だとしたら尚更やばくね?まだモンスターだって方が納得出来るぞ?見た目的にも人外すぎるし何より頭おかしすぎるだろ。か、関わりたくない……)
常日頃から気にかけているはずのチャット欄は、もう彼の視界の中には存在しない。らいちくんは本能的に『逃げなくては』と考え、周囲を見渡し────気付く。
(ん?今、こいつと二人っきり?)
眩暈。
寝不足の日の昼に起きる立ち眩みの数倍は強い。しかし彼を正気に戻すのは『恐怖』。
(ビビってる場合じゃない。逃げるんだ、逃げる。逃げなきゃ……だから、逃げるためには……!)
逃げるためには、階段を上るか下るか。
ここは70階、ボス階層。下るには番人たるモンスターを倒さなければいけない。戦っている最中に『怪物』に襲われでもしたらたまったものではない。
故に彼は上り階段へと一歩を歩めようとしたが────────
「バラしたのはあのクソ女……バレたのはあのクソモンスターのせい……どいつもこいつも終わってる。フェニの人気にあやかる事しかできない無名wすり寄りが一番しょうもないwアシスタントとか言ってるけどどうせフェニの優しさに付け込んで役職貰ってるだけだしw」
そこでらいちくんは、何やらぶつぶつと呪文のような文言を小声の早口で唱えている『怪物』が上り階段からやってきた事をようやく思い出した。
(……)
思考は停止した。
下ろうとしてもダメ。上ろうとしたらもっとダメ。
八方塞がり。前門の虎、後門の狼。詰み。チェックメイト────この状況を表す言葉は存在するが、らいちくんの脳はそれらを出力するほどの余力を残してはいない。
(え?じゃあ終わりじゃん)
『じゃあ終わりじゃん』。今の彼の辞書には、『もうどうしようもない状況の事』という説明を添えてそう書かれている。
(じゃあ、終わりじゃん……)
空を飛ぶ鳥の視点から、ちっぽけな自分を見下ろしたかのような気分に陥る。
────が、彼にはたった一つだけ、これまたちっぽけな革新があった。
(いや、待て────もしかしたら、勝てるんじゃないか?)
らいちくん本人からすればちっぽけで役に立たない取柄だが、自信としては巨大だ。
(俺には探索者としての才能がある……それを使うのは、今だろ……!)
もはや目の前の存在が人間かもしれないという考えすら忘れ、らいちくんはひっこめた足を再び前へと進ませ……。
「……消えてー」
その、掠れた声を耳にした。
「結局、アタシは……フェニに何もしてあげられてない。それどころか邪魔ばっかりして……そりゃ、そうなるわな。アタシなんかよりも、会ったばかりのモンスターをアシスタントにした方がまだマシ…………」
彼女の言葉を全て聞き取れたわけではない。
しかし────彼女の感情は伝わった。
(何やってんだ、俺は。相手は人で……今にも泣きそうなくらい苦しんでる。そんな奴を倒しちまおうって?それこそ終わってるだろ、人として……!)
らいちくんは、『悪い奴』ではなかった。
むしろ『悪い奴』に標的にされているだけの、そこそこ『良い奴』だったのだ。
「……あの!」
踏み出した一歩はそのままに。
武器を取り出すのではなく、少し震えた声を響かせた。
「どうか……しましたか?」
「……?」
『怪物』────鎖鎌公式チャンネルの顔が上がり、らいちくんを見上げる。
「俺で良ければ、話聞こうか?」
心からの声を、伝える。
今、口にした言葉が確かに届いているのだと……根拠のない自信を強く抱きながら、彼は彼女の返答を待ち────────
────ありったけの『殺気』という形で、返事をもらった。
「は?」
その瞬間に、こう思った。
『何がどうかしましたか、だ。どうかしていたのはさっきまでの自分だ』────と。
「あいえなんでもありまふぇんじゃぼくはこれでしつれいしまふ」
人生で一番速く、頭を回転させた瞬間だろう。
人生で一番速く、両足で地を駆けた瞬間だろう。
(逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ)
逃げる。逃げたい。逃げなければいけない。たった一つの目的、意思のためにあらゆる思考がまとまり、彼を一瞬にして行動させる。
(ボス部屋ッ!入って一瞬で殺すッ!!そんで下に行くッ!!!とにかく逃げるんだ……殺されるッ)
カメラの角度など気にしている場合ではない。スマホを持った手はぶんぶんと遠慮なく振られている為、配信画面は悲惨な放送事故を起こしているだろう。
────どうでもいい。
今はただ、逃げるために。
「ッ!!」
巨大な扉を体当たりする勢いで強引に開け、追従してきた魔導ドローンが部屋に入った瞬間に閉める。
「確か、『ブラッドデーモン』だったか?余裕だろ、そんなモンスターなんか……!」
70階のボスの名を口にしたらいちくんは、後ろの扉が閉まったままな事を確認しながら前方へ走る。
────そして、その直後に停止する。
「そう、70階のボスはブラッドデーモン!巨大な図体と高い攻撃力がシンプルに厄介ですね。71階以降のモンスターはこれくらい単純なパワーで殴って来るぞと言う警告ともとれる、強敵ですよねぇ~」
「……」
まず、手に持ったスマホを確認。
開かれているのは配信のチャット欄。ここから声が聞こえてきたわけではない。
なら、今の声は何だ?
「で、す、が!今回に限り!70階のボスは~~?」
前方。
槍を持った赤黒い巨大な鬼。その横に佇む────二人の人影。
覆面の男と、覆面の少女だ。
「ブラッドデーモン&……フェニックスッ!&ヒヨッコスッ!この三名でお送りいたしますぅ」
「…………はぇあ?」
状況を整理する前に、脳が理解を拒む。
そんな彼を待つわけが無く、フェニックスは自慢げに言う。
「来ると思ってたぜ、ここに。ガマ子と対面して逃げたくならないくらい肝が据わってる奴なんてそういない。ボス倒す方がマシだって、そう思うよなぁ!ハッハッハ、トラブルはあったが何とか予定通りに行けたなぁヒヨッコスちゃん!」
「楽しそう、すぎでしょ……本当に好きなのね、他人の、不幸が」
「……」
「っつー訳で特別企画!なんかキモいし調子乗ってる吐息厨配信者にダンジョンの厳しさ教えてみたwithブラッドデーモンさん!!スタートだッ!」
『悪い奴』は『良い奴』を指差し、悪魔のような笑い声を響かせた。
「…………そっか」
目まぐるしい現実についていけなくなった彼は、小さく呟き────まず一つ……心に負った傷と向き合う事から始めた。
「俺、なんかキモかったんだ……」
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