第33話 アーカイブ:視聴者参加型!最速でダンジョンを駆け抜けるのは誰だ?大迷惑マラソン大会!
投稿まで時間が空いたのであらすじを軽く説明しておくと、美少女配信者VS口が悪くて犬みたいな耳が生えている変質者です。
◇
多くの人間には『プライド』が存在する。
誇り、尊厳、などと言い方を変えても、あるのは一つ。同じものだ。
自身の欠点について言及された。
家族を侮辱された。
絶対にしたくない事をさせられた。
圧倒的弱者に敗北した。
それらの行為で容易に傷付き、しかし目に見えない厄介なモノを抱えながら人は生きている。
そう────────そのようにして、生きている。
では動物はどうだろうか?『人間社会の面倒なしがらみを捨てて野性に帰りたい』────などと思う事があるかもしれないが、彼らにプライドが存在しないとは言い切れない。
強者が弱者に力関係を示すために行う『マウンティング』は、『自尊心』によるものではないのか?
生命である以上、人も動物も……とても太刀打ちできないような
意図して蟻を潰そうとした時────あなたは蟻の反撃を想定するだろうか?
ー - - - - - -
「【巨神狼の切爪】」
白髪の男が淡々とスキルを発動した瞬間、『魔人』たる彼らは瞬時にこう思った。
『あぁ、なら自分のやる事はないな』……と。
「『トリ』に
男の両腕は白い体毛に包まれた。五本の指の先端にはナイフのような鋭さを持つ爪。
目の前の敵を『切り分ける』ための、ただそれだけを目的としたスキルだ。
「全く、フェンリルったら……ただの人間相手にスキルを使うなんて。フェアプレイの精神が感じられませんわ」
「カス犬に何を言っても無駄。しかも────完全に仕留めに行く構えだ」
魔人の面々の視線の先は、薪野シツキを前にして四肢を床につくフェンリル。
後ろ脚は跳躍の準備を整え────、後は脳に『殺せ』と命令を下すのみ。
「オラァッ!!」
稲妻のように、鋭利な爪が動く。
躍動したフェンリルを前に、薪野シツキは────────
「よっ!」
「……!」
────回避を選択した。
そして、危うげ無く後方へとステップをし……攻撃を避ける事に成功したのだ。
「だがァ!!残念だったなァッ!!」
前方に腕を振り、着地をしたフェンリルはその瞬間に……脚をバネのようにして再度跳躍する。
高速の二撃目。もはや二回の攻撃が初めからワンセットだったかのような素早さで繰り出された追撃が薪野シツキを襲う────────
「ぅおっと!危ない危ない……!」
……が、またも彼女は回避を選択し、それを成功させた。
「あら、この人間……」
「思ったよりも頑張るな~、逃げてるだけだけど」
「ほら、だから言ったろ!やっぱりコイツはなんかおかしい────」
何かがおかしい。
それは観戦しているバエル以外の魔人も、今まさに戦闘中のフェンリルも気付いている事だった。
分からないのは────その『何か』だ。
「は……ハハハハハハ!!オラッ、オラッ、オラァ!
フェニックスの反応と再生速度を今度こそ上回るために鍛錬した、高速の攻撃。
最初の二発を回避されたフェンリルは興奮しながら、更に速度を高めた連続攻撃を繰り出すが、結果は同じだった。
どうやっても、薪野シツキに攻撃が命中しない。
「……何が起きていますの?この人間は、フェンリルの速度をさらに上回って……全てを見切っているとでも言いますの?」
「────というよりは……」
バエルの瞳に映る、白髪の男と槍を持った少女。
爪による連撃と、花弁のように舞う回避行動。
「────速いのは『判断』、か」
「は、判断、ですか?」
「彼女の瞳から感じられる『焦燥』……フェンリルの動きが止まって見えているだとか、そこまでの力は持ち合わせていないようだ。……それより、もっと悪質な……」
バエルの表情がほんの少しだけ嫌悪に歪み、しかし次の瞬間には興味を無くしたかのように目をそらしてしまった。
「────『賭け』だ」
「賭けと言いますと……?」
「理屈は分からないが、彼女が感じている『焦燥』と共にあるのは『歓喜』。その二つをただ単に同時に感じているという訳ではない、その二つの感情が合わさっているのだ」
それ以上、バエルが語る事は無かった。
周囲の魔人もその雰囲気を察し、視線をフェンリルとシツキに戻す。
そして思考する────『彼女は何の力を使っているのか』と。
……だが、その答えに辿り着く事はほぼ不可能と言えるだろう。
(あぁ……あぁああっ!楽しい!これだからダンジョンはやめられないっ!!)
喜びを噛み締め、迫りくる焦りを受け入れ、シツキはまた一回、もう一回と爪を回避する。
────どう回避するかを、『選択』する。
(あぁ、また躱せた────あぁっ!もう一回!)
薪野シツキが持つユニークスキル、【
強いて言うのならば『常時発動型』の『強化系』スキル。ダンジョンにいる間は、シツキは常に【一握りの勇気】の効果を受け続けている。
その効果はいたってシンプル。
────『何らかの選択を迫られた時、瞬時に判断が出来る』……というモノだ。
(来る)
例えば、たった今。シツキはフェンリルと対峙しており、防戦一方ではあるが一度も攻撃を受けていない。
何故なら────シツキがフェンリルの攻撃を『見た瞬間に』どう回避するかを選択し、その全てにおいて成功の選択肢を選び続けているからだ。
「よっ、と!」
「チッ!ここまで避けられるたァ、そろそろムカついてきたなァッ!!」
そう叫びつつも、自分の攻撃が届きそうなのに全く当たらないという今までに戦った事の無いタイプの相手に対して高揚感を覚えるフェンリル。
「……ハッ!」
────狼が、仕掛ける。
脚部をバネのようにし、前方向に跳躍。両手を構えた一点突破の攻撃。
「おわわっ!」
その直進は間一髪にして回避されるが────────
「ッとォ!!ここで曲がるのがオレの成長の証ってヤツだァ!!」
その突進は、『追撃』を目的としたブラフ。
不遜、不敵、不死の男が視聴者達……そしてすぐそばにいたフェンリルに見せた、メドゥーサの子を一瞬にして討った時の技法。
フェンリルの印象に強く残る、殺意の籠った高速の直進────その方向をパワーとスピードで強引に曲げ、相手の隙を突く攻撃。
「うぇっ!?」
ただ爪を二回振るだけとは違う。
横か上にしか逃げ場のない直進の攻撃の後に、逃げた先にもう一度突進。シツキは横に跳ぶことで回避をしたが、一度目の突進の勢いをそのまま維持しているフェンリルとの距離はごくわずか。
────────この状況をどう生き抜くかを、【一握りの勇気】はシツキに判断させる。
(回避は困難。【斬魂死】に追いかけられた時は何度判断してもどんどん死が近付く感覚がするだけで、まともに考える事も出来なかったから今はまだマシ……と言っても厳しい状況なのは変わりないか。あの時と違うのは、一回でも攻撃を受けたら終わりって訳じゃないって事。ここは少しのダメージを許容して────いや、違うかも)
思考は凝縮される。
シツキ自身も、スローモーションの世界で思考をしているわけではない。加速する脳に、どうして自分の思考が追い付いていけるのだろうかと不思議に思いながらも生き残るために脳を働かせるのだ。
(仕掛けるなら────カードを切るなら、今。うん、今だ)
その瞬間、【一握りの勇気】の効果は終了し────シツキは、すぐさま『後退』を選択した。
(殺った、かァ)
一度のステップで距離を取ろうと、速度ではフェンリルが勝っている。
続けて足を動かし走ろうと、間に合わないのだ。シツキの生存時間はほんのわずかしか伸びていない。この一瞬で繰り出せる、フェンリルの爪よりも素早いスキルなどあるだろうか。あるのなら、どうして今まで避けるだけで使ってこなかったのか。
だからこそフェンリルは勝利を確信し────────
「フェニックスさんは70階にいます」
────その声を、その言葉を耳にした。
「……は?」
シツキが距離を取ろうとした瞬間に、彼女が何かを言おうとしている事には気付いていた。叫びか、スキルの名称か、命乞いかは分からないが……そのどれかだろうと、彼は無意識に決めつけていた。
『フェニックス』────その言葉が聞こえた瞬間、全身の筋肉が硬直したような感覚に襲われる。
『どうして今その名前が出てくる?』と、脳が勝手に思考する。止められないのだ────フェンリルの記憶には、あの男が自分の仲間を圧倒し首を切り裂く10秒間が焼き付いている。その名前が引き金となり……根源的な恐怖、生命としての畏怖が思い出される。
ビクン、と身体が震えた。ほんの一瞬だったが……シツキに時間を与えてしまった。
そして、言葉を言い切らせてしまった。
(ってか、は?70階にいるって……なんでこの女はそれを知ってんだ?『トリ』の仲間なのか?でも、仲間なら今の発言は裏切りって事になる。そもそも、オレ達が『トリ』を追ってるって事を知ってんのも変だ────)
衝撃的、そして場にそぐわない、更に自分達が求めていた情報を唐突に告げられ、彼の脳は戦闘ではなくシツキの発言についての思考に支配される。
────フェンリルに、隙が生まれたのだ。
「【魔穿ち】」
シツキは即座に『判断』し、スキルを発動。
手に持った槍は黒いオーラを纏い、怨念を具現化したかのような雰囲気に変化する。
『槍』カテゴリーの武器を使い続ける事で修得出来る、モンスターを殺すためだけのスキルだ。
「ッ……!」
フェンリルはその姿を前にして……迷った。迷ってしまった。『トリ』はともかくまさか人間相手に、反撃を許す事になってしまう……この状況自体が一切想定出来なかったのだから。
喰らえば致命傷になるだろう攻撃。避けるか?
しかし先に攻撃出来れば中断させられる。立ち向かうか?
(あ?なんだ、立ち向かうって……違うだろ、どうしてオレが人間相手にそんな────────)
通常ならば、人は迷う。そのような生き物なのだ。
このフェンリルと呼ばれているモンスターも、かつては人だった。故に迷う……攻撃するべきか、避けるべきか、そもそも自分はこの人間に対して何か違和感を抱いているような気がする……とか、雑念すら混ざる始末だ。
(あぁ、そうか────おかしいんだ。だって、こんなに一瞬で、迷い無く、まるで機械みてェに爆速で『判断』するってのに────────)
「…………あはっ!」
薪野シツキの笑顔はとても、楽しそうに見えた。
「くぅッ!!」
それまでの突進の勢いも全部殺して、最終的に『本能』に従ったフェンリルは後ろへ跳躍。
(本当にこれが正解だったのかは分からねェ、けど…………!)
決して目を離さず、いつ攻撃が来ても避けられるように足に力を込めて────────
「………………へ?」
フェンリルは、
「どうせやるなら、一番デカいのでしょ!」
放たれた槍。シツキの手を離れ投擲された【魔穿ち】の一撃は、フェンリルではなく彼らの戦いを傍観していたうちの一人────────彼ら『魔人』の王である、【
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