第32話 ︎︎アーカイブ:【雑談】このチャンネルの視聴者の男女比について話し合おうぜ
『声を変えるスキル……マミレちゃんにはまず、これを覚えてほしい』
黄金の扉の先、光り輝く祭壇のある部屋の中で男は言った。
『何故かって言うと、君にアシスタントとして俺の配信に登場してほしいから。理由は単純……バエルへの宣戦布告。群れの一員であるマミレちゃんを人質に取っているって脅すため!『バエル』なんて名を持ってる奴だ……多分、俺については調べてあるだろう』
『配信を見たバエルは戦慄するワケ。君が生きていた上に、変な恰好をして俺の部下になっている。バエルはともかく────ハハハ、他の群れのメンバーは動揺するはずだろ!……全員フェンリルみたいなカス野郎だったら通じないけど』
男は、普通にカスだった。少女は自分を救ってくれたことに対しては恩を感じてはいるが、どうせ救われるのならもう少しマシな人格を持つ者が良かったと痛感した。
『らいちくんを標的にした理由?あぁ、それは……丁度良いからね』
『ダンジョン探索が得意なイケボ系配信者。楽々と下層を攻略していくアイツの姿は、まぁ……他の探索者からすれば、憧れの象徴なのかもしれない』
『でも、そうはならなかった。人間の心理ってさ────らいちくんみたいな奴を『キモい』って思うようになってるんだよ』
『何も悪い事はしてないのに、ただキモいってだけで嫌われてる!俺の燃料としては最適の存在なんだよ!』
やはり男はカスだった。どうしてこんな下らない悪事のために新しくスキルを覚えなければならないのかと少女は小さな絶望を抱いたが、救ってもらったという恩がある以上は拒否する選択肢は無かった。
『え?バエルは俺の配信を見ないと思う?なんで……?』
『ネットを嫌ってる……?はぁ……?』
男の目論見は外れたようだったが、それでも少女自身が『声を変えるスキル』を覚えるべきだと判断した。
何故なら彼女は────────『暁月の宝珠』の精鋭の一人である九条キリカに声を聞かれてしまっているから。
有力ギルドのトップと密接な関係を持つ彼女が『気付いて』しまえば、少女……二瓶マミレの再始動した人生は再び終わりを迎えてしまう。
『俺の場合は【不死鳥の咆哮】を使ってる。出力弱めにして、声が変わる程度に調整するんだ────』
ー - - - - - -
「んぅーって事でぇへ、今回配信にお邪魔させていただくふぅ、らいちくんさんについてぇへぇ……軽く説明していくとほぉ……」
俺は『らいちくん』の吐息混じりで気持ちの悪い喋り方を真似しながらダンジョンの中を進む。71階くらいなら、立ちはだかるモンスターは軽く焼く程度で死んでくれるから楽だ。
階層によってはガラッと印象が変わったりする事のあるダンジョンだけど、71階はそれに当てはまらない。ちょっとした特色はあったりしても、精々強めのモンスターがいたり一部のモンスターが大量発生したりとか……それくらいだ。安心してゆっくりと、らいちくんのいる70階に向かうことが出来る。
「こほぉんな感じの喋り方をしてるぅ、配信者の方でへぇ……見た事あるって人も多いと思うんですけどほぉ…………」
そう────らいちくんには、その登録者数に見合わない数のアンチが存在する。
理由は恐らく、『縦型動画』の影響だ。
数年前にLabytubeに搭載された新機能……と言っても、他のSNSをパクっただけのやつ。スマホの画面をフルで活かせる縦長サイズ、短くまとまった一分の尺。特に面白くないのにダラダラとスクロールし続けて時間を浪費してしまう人は多い。
そんな性質のおかげで、視聴回数は通常より伸びやすい。つまり……多くの人の目に晒されている。
「あー、この喋り方疲れたな。まぁこんな感じでキモい喋り……特徴的な喋り方をする人なのでね、お会いしたいなぁと思い!今回の配信をさせてもらっていますー」
イケメンで、吐息厨で、労せずダンジョンを攻略していく『らいちくん』はコンテンツとして別の側面を手に入れた。
嫌われ、叩かれ、燃やされる。その行為を『する側』であるカス共を束ねる俺にとって絶好の餌だ。
「ヒヨッコスちゃん、今の同接は?」
「えっと……4万って、書いてある」
「なるほど……ま、内容も人を選ぶし、始めたばっかだし……多い方か」
ついさっき確認したところ、フェニックスチャンネルの登録者数はなんと94万人にまで到達していた。まぁそりゃあ、人型モンスターとかいう協会が公表すらしてなかったトンデモ情報を数万人の前で、しかもコラボ配信の中で映したんだ。話題の広まるスピードは俺の視聴者とシツキちゃんの視聴者の分が合わさり二倍以上。そんで、見た事も無いような戦い方とスキル、ユニークウェポンでモンスターを圧倒。
『登録者数を稼ぐ』なら最適なムーブと言える。でも、確かに登録者を増やすのは大事だけど────配信者たるもの、自分のスタンスを忘れてはいけない。
「ひゃはは、これ登録者一万人くらいは減りそうだなぁ!モンスターじゃなくて、人間で、しかもなんも悪くないヤツを────」
「……フェニックス」
「あ、ん?」
背後から、少し高いひょうきんな声が聞こえる。
マミレちゃんの────────頭部の蛇の声だ。
「ちょっと、見てほしい、コメントが」
「俺が声を変えろって指示したとはいえ……口からじゃなくて頭から声が聞こえてくるの違和感ヤバいな」
「良いから、見て」
せっかくアシスタントがいるんだからと思って、撮影はマミレちゃんに任せていた。だからカメラを俺に向けながら、チャット欄に気になるコメントを見つけたんだろうけど、何を見たんだろう?
彼女が指で示すその一文。液晶に顔を近づけてよく見てみると────────
《今62階にいるのですが、恐らく鎖鎌公式チャンネルさんがそちらに向かっていると思われる痕跡を発見しました。念のためですが、ご注意を……!》
文章を理解した直後に、そのアイコンとユーザー名が目に入る。
────『薪野シツキ』と、表示されていた。
「……よく見つけてくれた」
「目、良いから」
「さてと────クッソ、だるいなアイツ……!」
完全に失念していた。らいちくんに恥をかかせてやるにはどうしたら良いのか、バエル達をボッコボコにするにはどうしたら良いのかを考えすぎていて、当たり前の事を忘れてしまっていた。
────女性アシスタントなんて登場させたら、そりゃガマ子は凸ってくる。
「しつきんさんは多分、ぐちゃっと潰れたモンスターを見たんだろうな。ガマ子の超スピードで轢かれた死体を」
「で、どう、するの」
「……急ぐ。ただ急ぐしかない……!」
配信にはアクシデントがつきもの。どれだけシミュレートしようと、全てを完璧に予測する事なんて不可能だ。
「にしても不穏分子が不穏すぎるだろうが……!」
俺、らいちくん、そして人型モンスター。
そこに突如として加えられたスパイスは……とても調味料程度で収まってくれるような女じゃない。
俺の企画を破壊し、バエル達まで一人で皆殺しにしてしまいかねない────毒薬だ。
ー - - - - - -
「いない……ように感じますが」
61階。
転移魔方陣の外側……に転移してきたその一行は、周囲を警戒しつつ進む。
「はい、やはり近くにはいないかと」
「そのようだな」
戦闘を進むヒュドラが右の通路、左の通路を順に見渡し、後ろを歩く集団の中心────バエルに言った。
「だが……」
「……はい」
「一人、いる」
バエルとヒュドラが頷き合い、目線でやり取りをする。
他の『魔人』達も何かを感じ取ったため────含みのある笑みを浮かべたり、ため息を吐いたりとそれぞれ異なる反応を見せた。
「貴様……何者だ!」
長髪が逆立ち────ヒュドラは目の前に対峙する、一人の少女を睨む。
「何者……とか、そういうのは無いです」
抱えるのは槍。
片手でスマホを操作し、配信にコメントを打ち込む。
《61階にものすごい気配を感じたので、念のためご報告しておきます……!》
「普通の人と比べたら有名人な自覚はありますよ?でも……今、ここにいる私はただの探索者です」
彼女はスマホをしまい、浮遊させていた魔導ドローンを一瞥する。
そのカメラは暗く、何も映し出してはいなかった。
「私はただ────────好奇心に従うだけです!」
「ッ……」
────薪野シツキの目は、視線を向けられたヒュドラが思わず狼狽えしまうほどに妖しい光を帯びていた。
「なァにビビってんだ?相手はモンスターでもない、ただの人間一人。楽勝だろ」
「ッ、そんな事は分かってる!し、しかしだな……」
ヒュドラが薪野シツキに対して感じた、『言語化できない気持ち悪さ』は消えない。
フェンリルに対する言い訳を求めるように、彼女は後ろに立つバエルの方を振り向く。
「あぁ、ヒュドラの言う通りだ。人間相手でも決して驕ってはならない」
「へいへい、わーってますって」
「ならば、さっさと全員で倒してしまいましょう。こうしている時間が無駄でしかありませんわ」
「……ふむ」
目を輝かせる少女。その瞳に、バエルは視線をぶつける。
「【鑑定・極】────」
鋭く、貫くような視線を。
「なるほど。特異性保持者か……であれば、軽い肩慣らしくらいにはなりそうだ」
「だってさ、メス堕ちピンク。『トリ』相手にお前が活躍できるワケないし、ここらで手柄確保しといたら~?ほら、先陣切れよ」
「ぼ、僕一人で……?」
「どうでも良いッ!
押し出されるグレモリーに、指を鳴らしながらヒュドラを押しのけて前進するフェンリル。
人外の怪物達が、今まさに……自分の身体に爪を、牙を突き立てようとしている。
そんな状況で、彼女は────────
「あは、ははははは。やる気になってくれたんですね、だったら私…………」
薪野シツキは、いつものように配信で振りまく満面の笑みを浮かべた。
「────私ッ、今度こそ死んじゃうかもしれませんねッ……!」
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