第31話 下層70階をゆるっと攻略していく!
「マジかよフェニ……メドゥーサをアシスタントで連れてくるとか、誰が予想出来るんだよ……!」
画面の前で驚いたまま固まっていた保坂ユウキは、自分一人しかいない部屋の中に感嘆の声を響かせる。
「一体どうやったんだ?普通に元気そうに見えるけど首斬られてなかったっけ……」
目を凝らし、配信に映るその仮面の少女を睨む。
緑色のジャージの襟の内側から、チラリと見えた肌は白かった。傷など何処にも見当たらなかったのだ。
『二つ目のコーナー!人気ダンジョン配信者、『らいちくん』とかいうキショい野郎のキショい企画をに!勝手にお邪魔させていただきますッ!!』
「……え」
視聴者達がある程度メドゥーサを受け入れたところで、フェニックスは高らかに宣言した。
「らいちくん、って……確か────」
その名前に聞き覚えのあったユウキはLabytubeのタブを複製し、検索ボックスに「らいちくん」と打ち込む。
「そうだ、やっぱり……」
表示されたのは「らいちくん」のチャンネルと、現在配信中の彼の枠と、過去の配信の切り抜き。
それら全てが────────ユウキに本能的な『気色悪さ』を感じさせていた。
「こいつは……らいちくんは……」
ー - - - - - -
「ふわぁ~……いや、最近ガチ眠くてぇ……最近眠くない?俺だけ?」
ウルフカットの襟足をつまみながら、70階のボス部屋の扉に寄りかかる。
「大学生の時とかさぁ、全然夜更かし出来たのに。友達とカラオケオールしたり?FPSとか夜通しやってさ……あ、分かる?最近眠いよね……」
スマホでチャット欄を確認し、行き場の無いもう片方の手で髪をいじり、魔導ドローンに向かって話す事────およそ20分。
男性配信者、『らいちくん』は視聴者と雑談をしながらその場所に留まっていた。
「んでぇそうそう……あ、初見さんいらっしゃ~い」
《初見です。もう70階突破した感じですか?》というコメント一つに対し、彼は満面の笑みをカメラに送った。
「70階はまだなんだよねぇ。今ほら、扉の前で喋ってるw……俺の配信っていつもこんな感じでさ、ゆる~っとだら~っとダンジョン攻略してってるから、ゆっくり見てってね」
この配信の同時接続数は3400人。加えて彼自体が、他人の不幸を笑ったり探索者達を妨害したりオークロードの●●●を他の配信者の配信に映したりなどの悪行をしていないため、チャット欄は荒らされず、流れは穏やかだ。
「てか70階のボスってなんてモンスターだっけ?…………あぁ、『ヴェルグバード』か!そうだったそうだった」
そのため一つ一つのコメントが読まれやすく、らいちくんも視聴者との対話を意識している。
「お、珠音さんメンバー九ヵ月ありがとう。え~……『こんらいち!いつもダンジョン攻略楽しみに見てます』、こんらいち~。やっぱダンジョン配信って需要あるっぽいよねぇ……」
魔導ドローンから目を離し、視線をゆっくりと背後の扉に移す。
────冷めた眼差しは、揺れる事なく。
「……ま、俺はあんまり楽しさとか分かんないけど。こうやって雑談とかしてる方が楽し……あぁいや、今日は70階攻略配信だからちゃんとやるけどね?あははは……」
ダンジョン攻略自体を軽視するような発言は少し危ないものだったかと、心配になった彼はスマホでチャット欄を確認する。
「……ん?」
目に入ったのは、明らかな『異物』だった。
《鎖鎌最強!鎖鎌最強!鎖鎌最強!鎖鎌最強!鎖鎌最強!鎖鎌最強!鎖鎌最強!鎖鎌最強!鎖鎌最強!鎖鎌最強!鎖鎌最強!鎖鎌最強!鎖鎌最強!鎖鎌最強!》と、何故か鎖鎌という微妙過ぎる武器を称えるコメント。
《こ、こんらいち……w》と、何故かこのチャンネルの挨拶を小馬鹿にするようなコメント。
《薪》や《燃料》、《石炭》などと、何故か燃やされる事の多い物や炎の元となる物を書き込むコメント。
(はぁ……たまにいるんだよな、こういう馬鹿にしてくる奴ら。配信なんてそれぞれにその配信者特有の空気感があるんだから、突っかかってきても無意味なのにな。どうせ書き込んでるのもニートばっかだろ。そんな暇があんなら俺みたいにダンジョン配信で稼げば良いのに……)
視界に入れる事すら拒みたくなるような、嫌悪を通り越して諦めの感情にまで到達してしまうような、軽蔑の対象。
その文字列から一早く目を離したかった彼は────気付くことが出来なかったのだ。
徐々に増えていく、同時接続数に。
「皆分かってると思うけど、反応しないようにねぇ」
チャンネル登録者数、約27万人。現在は下層70階攻略中であり────69階までを一人で突破した数少ない探索者。
「じゃまぁ……いつも通りサクッとクリアしちゃおうかな」
────いわゆる、イケボ配信者。
吐息混じりの声をマイクにぶつけ、おとなしめではあるけど陰キャの中では活発な方の女子中学生、意外とまぁまぁゲームとかやったりするタイプの女子高生などがメインターゲットの、何故か見た目も中々に良い20代男性。
(どうせ今回も楽勝だろうしな……)
そこに『探索者としての才能』を加えたのが、『らいちくん』である。
「よいしょ……」
けだるげに巨大な扉を押すのも、もう何度目だったか。
区切りとなるボス部屋に挑もうとしている瞬間だと言うのに、彼の心臓は依然として穏やかだ。
らいちくんにとってはモンスターなど脅威ではなく、もし本当に勝てなそうな敵が来た時にはそこで諦めてしまおうという軽い心意気しか持っていない。
そう────結局、彼にとってモンスターなどその程度の認識だった。
────────だが。
彼が初めて『逃げなければならない』と感じる事になった相手は────────モンスターではなかった。
「……?」
金属音だった。
何か……鎖のようなモノが音を立てるのが背後から聞こえた。
ジャラ、ジャラリと……ゆっくりと、近付いて来るのが分かる音だった。
(探索者か。でも70階まで来れる奴なんて……そういないはずだけど────ッ!?)
直後、鼻をくすぐる……血の匂い。
聴覚、嗅覚、そして────視覚を通して伝わっていく、その感情の名は恐怖だ。
「…………どこ」
「へっ」
「フェ、ニ…………まだ……?」
「……」
彼は、深呼吸をした。
漂う血の匂いを吸い込まなければならないとしても、深く息を吸い、吐く必要があると判断したのだ。
「あ……どう、しよう……速く来すぎちゃった、これじゃ、これじゃあ……!!」
「えーっと、その……」
「フェニの企画の邪魔、しちゃうッ!速く戻らなきゃッ…………あぁでも、あのモンスターは殺さなきゃいけなくて……あぁ、あ、あっ、ああああああああ…………」
「……皆、ちょっと聞きたい事があるんだけど」
血塗れのペストマスク、ボロボロのローブ、不気味に音を響かせる鎖…………それに繋がれた、引きずられている分銅。
妖しく輝く、鋭利な鎌。
「こ、このモンスターは、なんてモンスター……?」
『言葉をしゃべっているし、最近話題の人型モンスターか』────などと、彼女の事を知らなかったらいちくんは考えていたが。
実際の所、目の前に立つ彼女────鎖鎌公式チャンネルは、人間らしく『愛』と『呪い』に囚われた……れっきとした人間なのだ。
「へ?モンスターじゃない?いやwこんなんどう見てもモンスターでしょ…………えっと、あの、鎖鎌最強って荒らすのやめてもらっていいすか。教えてくれてるコメントが流れちゃってよく読めな────────」
……配信者、『らいちくん』の受難はまだまだ続く。
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