第26話 豪華三本立て復帰配信。超重大発表、人気配信者との激突、そして……?

「────さて」


 黄金に輝く扉の前で、ジャージと覆面を身に着けた俺とマミレちゃんは互いの恰好を確認する。


「意外と似合ってるじゃん?」


「ジャージ、ダサい。仮面、安っぽい」


「オペラとか?西洋の劇みたいな?良いじゃん、かっこよくて」


 ベネチアンマスク、だっけ?何か仮面舞踏会とかマスカレードなんちゃら的なアレの、顔を全体を覆うタイプのやつ。


 顔はマスクで隠し、俺と統一感を出すためにジャージも着せた。活動初期でまだ方向性が定まっていなかった時に買っていた緑色のジャージだ。それでも少しブカブカだけど、やはり以上はキャラクター性が無いとね。


「最終確認。今日は視聴者達が待ちに待った、騒動後初の配信だ……長丁場になる」


「うん」


「トイレ行った?お腹空いてない?」


「大丈夫」


「よし、じゃあ行こうか────アシスタント君!」


「……うん」


 そして、俺達は扉を開き────────暗く深い迷宮に飛び込んだ。














 ー - - - - - -











 キリカの馬鹿が俺の家に入りやがった日から数日────俺はあの夜、配信の告知をした。


 やるなら今。丁度『オモチャ』の配信も今日だし、怖がらず恐れずにとりあえず突き進むのが一番面白いと思い、決断を急いだ。


 が、その時マミレちゃんはこう言った。


『ダンジョンに、入った瞬間、貴方の居場所は、バエルに伝わる』


『理屈は、分からないけど……バエルは、配信も見ずに、貴方の場所を、当てていた』


『だから──────あの扉を開けて、72階に来た瞬間……きっとバエルは、動き出す』


 シツキちゃんと配信した時、マミレちゃんとフェンリルが来るまで時間があった。バエルがどこまで本気なのかは分からないが、72階に瞬間移動してくるみたいな芸当は無いと仮定したい。


『バエルは、貴方の捕獲は絶対必要だと、考えていた』


『彼は、『群れ』の誰かが欠けると、すぐに本気を出す……だから、気を付けて』


 そしてバエルが確実に俺を襲ってくるという保証もある。マミレちゃんの言い分もそうだが────俺には、バエルが俺をどうにかしたいワケが推測できている。


 つまり、今日の目的は─────── 『配信を成功させつつ、その後に現れる人型モンスター達を排除する』事だ。





「こんフェニ~~」


 時刻は昼過ぎ。


 72階の端っこで、俺は配信を開始する。


 《そもそも薪野シツキを助けたんだから結局フェニは人の味方でしょ、殺したのも人型とは言えモンスターなんだし正しい選択》

 《こん》

 《鎖鎌最強!鎖鎌最強!鎖鎌最強!鎖鎌最強!鎖鎌最強!鎖鎌最強!鎖鎌最強!》

 《うわ出た》

 《きたああああああああああああああ》

 《戻ってきた!!》

 《人の姿をして人間の言葉を話す存在を容赦無く殺せる時点で善悪どっちかなんて議論の余地は無いと思うが。人間社会にいてはいけない存在》

 《鎖鎌最強!鎖鎌最強!鎖鎌最強!鎖鎌最強!鎖鎌最強!鎖鎌最強!鎖鎌最強!》

 《来た!!!!!》

 《お前を待ってたんだ》

 《だったらどうすんの?人型とは言えモンスターに襲われてるんだぞ?人間同士でも正当防衛っていうのがあるんだからフェニの判断は間違ってない》

 《さみしかったよ~~》

 《来た》

 《うおおおおおおお》

 《こんフェニ》

 《鎖鎌最強!鎖鎌最強!鎖鎌最強!鎖鎌最強!鎖鎌最強!鎖鎌最強!鎖鎌最強!》


「お前ら……待たせたな……!」


 荒れに荒れたチャット欄。爆速で流れていく身勝手なコメントが、何よりも俺に生を実感させる。


 感極まりながらスマホを握り、満面の笑みを映す。


「いやー、燃えたね。まぁ皆も分かってるとは思うけど、どんな形であれ俺の事を知ってくれる人が増えるのは嬉しいですねぇ」


 告知から配信までの時間が短かったせいか、同接は約7万人と意外に落ち着いている。だが……火なんて、いくらでも点けてやれば良い。


「という訳で今日の配信は三つのコーナーに分かれていますよ。まずは────ほら、おいで」


 俺は振り返り、72階の────俺を襲おうとしたモンスター達が全て石化しているという、異常な光景を映し出す。


 ……そこに一人立っている仮面の少女を中心に捉えながら。


「紹介するよ。フェニックスチャンネルのアシスタントの────ヒヨッコスちゃんでーす!」


「……ヒヨッコス、です」


 ダンジョンに存在する魔力を受け、頭髪が蛇と化したマミレちゃんはそう言った。


 《は?》

 《なんで???》

 《え、こいつって……》

 《??????》

 《いやいやいやいや》

 《草》

 《どう見てもメドゥーサやん》

 《殺してなかったのか?》

 《なんで生きてるんだ》

 《ヤバいだろ普通に》


「ん?え、め、メドゥーサ……?すみません、何の事か良く分かってないんですけど……ヒヨッコスちゃん、分かる?」


「分からない」


「だよねぇ……」


 爆速で駆け抜けるチャット欄は俺の言葉を受けて更に白熱する。


 《名前ダサすぎだろ》

 《名前ダサすぎで草》

 《メドゥーサってバレたくなかったとしてもこの名前だけは無い》

 《これフェニが付けた名前だろ?》

 《名前ださ》

 《こんな名前つけられてメドゥーサちゃん可哀そう》

 《なんだよその名前》

 《ヒヨッコス……w》


「お前ら名前の事しか言わないのなんなん?」


 別にそこまで言う必要は無い、普通にキャラクター性のある名前だと思ってるんだけど……当のマミレちゃんはため息を吐きながら俺を見つめていた。


「流石に、恥ずかしい……」


「……」


「センス、無い……」


「────と、と言う訳でね!」


 マミレちゃんと肩を組み、一緒に映るように画角を調節する。


「まず一つ目のコーナーは、新メンバー発表でした!そして続いては────」


 そして俺は、その名を叫んだ。


 つい先日見つけた────────『悪人ではないが嫌われている』、絶妙な立ち位置の配信者を……!













 ー - - - - - -











 ……とある、都内のカフェにて。


『紹介するよ。フェニックスチャンネルのアシスタントの────ヒヨッコスちゃんでーす!』


 両耳のイヤホンから、その声が耳に響く。やがてその振動、情報は脳に伝わり……『彼女』は同時に、配信画面に映った少女を視認した。


「お姉さん、ちょっと隣良いですか?」


 肩にかかる程度の長さの青い髪の、その女性に声をかける男がいた。二人に面識があるわけではなく、男は────いわゆる『ナンパ』をするために女に近付いたのだ。


(いるんだよな、こういう……よく分からない実況者とか配信者のストラップ付けてる女。意外とこういう女が一番釣りやすい────)


 男の視線は女のカバンの、チャックにぶらさげられた複数個のストラップに向けられていた。


 ────彼の目線が女の『手』に移動したのは、次の瞬間だった。


 ……ドン!!という、爆ぜるような轟音。


 女が、テーブルを叩いた音だった。


「……え」


「は?は?は?は!?なんで……ねぇ、なんで……ッ」


「ひっ」


「なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで……なんで…………」


「…………あ、失礼しまーっす……」


 苦笑いの表情のまま、そそくさと男は去り────自分をナンパしようとしてきた男の存在に気付く事すら無かった女は、フラフラと立ち上がる。


「……行かなきゃ」


『二つ目のコーナー!人気ダンジョン配信者、『らいちくん』とかいうキショい野郎のキショい企画をに!勝手にお邪魔させていただきますッ!!』


「ダンジョンに……フェニの隣にいるのはアタシじゃなきゃ。ファンだから弁えるべきだって思って我慢してたのに、アタシが……アタシがアタシがアタシが、ずっと近くにいたんだからッ、一緒に戦ってきたんだから……フェニに、認められてるんだから……ッ!」


 彼女は怪しい足取りで、しかし確実に向かっていく。


 ────今日のように、彼が配信をしている時の彼女はいつも、東京ダンジョンの内部かその近くで待機しているのだ。


「行かなきゃ……モンスターから、フェニを助けるために……」


 彼女の執着対象である、一匹の鳥をいつでも『助けられる』ように。

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