第25話 モンスター愛護協会の背後でバレないように肉を焼くフェニックス【切り抜き】

「ただいまァ!」


 しんみりとした雰囲気を醸し出しながらジュースを買いに行った俺だが、コーラとミルクティーを手に玄関に舞い戻った頃には、自分でも分かるくらいご機嫌になっていた。


「見つけちまったんだよなぁ……面白そうなネタを!」


 白昼堂々歩きスマホを決め、さっきまで俺は次の配信に使えそうな何かを探していたんだけど……やっぱりこの世界は面白いモノで溢れているようで、イイ感じのオモチャを発見してしまった。


「よいしょ、っと……ん?」


 鍵を閉め、サンダルを脱ごうとした時────視線が下に向いた影響で、自然と気付いた。


「あぁ、なんか靴多いと思ったら……そっか、もうここは俺一人しか住んでない寂しい家じゃなかったな」


 マミレちゃんの育成方針はともかく、俺が『情報を得る』事が出来て、俺が『人を殺さずに済む』あの選択は……マミレちゃんを拾ったのは間違いなく正解だった。


 あぁ。これは必要な選択で────


「んー待て待て待て待て……アレ?なんか……おかしくね?」


 唐突に襲ってきた、異常なまでの『違和感』。


 サンダルを脱ぎ終わった直後だった俺はさっきまでの行動を巻き戻すように再現し、そして────意外と早めに気付くことが出来た。


「……靴」


 靴は、多かった。


 俺の学校用のスニーカーと、普段用のちょっとカッコいいやつと、雨の時用の長靴と、今脱いだサンダル。


 ────────そして、見慣れないスニーカー。


「流石の鳥頭だな、俺。普通に考えて────マミレちゃんの靴なんかあるわけがない」


 だってあの子は、初めて会った時は裸足で……俺が禁じているから外出もしていないんだ。それに気付いたから靴も買ってないんだ、ただそれだけの簡単な話。


 ヤバいのは、この靴は誰のモノなのかという点。


(……魔力を集中させておくか)


 ゆっくりと、音をたてないように────『いるかもしれない不審者』にバレないように、周囲に存在するほんの少しの魔力をかき集めながら進む。


(不審者がいるのだとしたら、やるべき事は二つ)


 まずはマミレちゃんの救出。既に殺されていた場合は厳しいけど、僅かでも息があるのならすぐにダンジョンに向かって俺の血で蘇生させられる。


 そして次は────────


(……不審者の、殺害)


 まず、この家には『下層72階への扉』という絶対にバレてはいけない秘密が存在する。アレは『特権』……あの日手に入れた俺だけの特権だ。だがそれは、『家に扉がある』事と『72階の抜け道の使用方法を知っている』事を意味している。


 つまり、場所と使用方法を知られてしまった場合……俺だけ使える裏道でなくなってしまう。


(始末しなければならない)


 そして、不審者と対峙したとして、そいつはきっと刃物とかを持っているだろう。別にそれ自体が怖いわけじゃない。微量とは言え魔力がある以上、俺はこの家の中でも死なない。


 だが。不審者を追い出すために応戦したとして、刃物を持った不審者相手に上手くやれるほどこの家の魔力濃度は高くない。十中八九、俺は刺されるだろう……そして、傷はゆっくりと修復していく。


 それを見た不審者は恐れる。不死の化け物から逃げ出そうとする。傷の修復が遅い俺はそれを止められない。


 つまり俺の『秘密』がバレる。最悪、俺がフェニックスチャンネルのフェニックスでありこの家に魔力が存在する事もバレてしまうかもしれない。


(よし、殺そう)


 殺すしかないのなら、殺す。それ以外に道は無く、それが唯一の正解なのだから。


「……」


 周囲を警戒し、進んでいくが……不審者の位置はすぐに分かった。


 リビングから────声がする。


 この高さ……女か?


「すぅ……ふぅ」


 深呼吸をし、ドアノブに手をかける。


 大丈夫だ────俺なら出来る出来る!人殺しくらい……だろ。緊張してんじゃねえよ。あの時みたいに、少し啄んでやるだけさ。


「【天啓同調ユニオンスキル────」


 普段はわざわざ使う事の無いその力と共に、俺はドアを開き────────


「そういう事か……『知らない人が来たら開けるな』とキョウマに言われたから、今の状況が奴にバレると……」


「そ、そう、怒られる。絶対怒られる。ゲームが、一日一時間しか、出来なくなっちゃう」


「しかし……話していてよく聞こえなかったが、ついさっきドアが開くような音が聞こえたような……」


「え」


「ど、どうする!?今から私が出ていったとしても……」


「か、隠れて。きょーまが、リビングに入ってくる前に、速く────────」


 勢い良く振り返った少女と目が合った瞬間。


「……はぁ~~~」


 深いため息と共に、俺は使おうとしていたユニオンスキルを解除した……。















 ー - - - - - -














「なるほど……親戚の子を引き取ったのか。事情は把握した、が……」


「なんだよ、その顔」


 眉間にしわを寄せていたキリカは、ニヤニヤと俺を見つめる表情にシフトした。


「いや、意外な事をするなと思っただけだ。あのキョウマが……いや、もちろん褒めるべき行為だと思っているぞ?」


「へいへい。それよりもお前、マミレちゃんに余計な事喋ってねーだろうな?昔の事とか……」


「……大丈夫だ、少しだから」


「あのなぁ……」


 面倒だ……これでもし、俺がガキの頃の悪事とかがマミレちゃんに知られていたら、その話を出されて怒れるに怒れないみたいな事が起きてしまうかもしれない。子供はそういう事するんだよ……ソースは俺。


「ま、とりあえずありがとな、これ。料理出来ないから煮物とか結構助かるよ、栄養あって」


「気にするな、いつもの事だろう」


 俺は煮物とかお菓子の入った袋を持ちながら、玄関でキリカを見送ろうとしていた。


 見慣れないスニーカーはやはり……というか当然こいつのモノで、キリカは履き終えてから改めて俺と目を合わせた。


「本当に良いのか?」


「何がだよ」


「もっと私を頼れ、という事だ。あの子の服を買いたいという件は了承した……後日、彼女の採寸をしにまたここに来る。見様見真似だが、店員の代わりは頑張ってみる」


 マミレちゃんが外に出れない事については、『トラウマがあって』とあまり言及してほしくない雰囲気を出しながら言って誤魔化した。キリカをまた家に入れなきゃいけないというデメリットはあるが、マミレちゃんの事を考えるのなら服や下着くらいは買ってあげたい。まぁ、許容範囲だ。


「だが、高校生一人が自分以外の子供の面倒を見るというのは……荷が重い。そうは思わないか」


「……分かったよ。頼る頼る。困りごとが見つかったら、な」


 こういう事を言い出したキリカは頑固だから何を言っても通じない。実際俺も大変なのはそうだし、頼れる相手が多いのはありがたい。


 ────『暁月の宝珠』のメンバーだって点は、かなりのデメリットだけども。


「では失礼する。……頑張れよ、キョウマ」


「おう」


 そのドアが開き、そして閉まるところを見届け────俺はすぐに鍵を閉めた。


「……」


 会話の節々にある、軋み。


 配慮して、気を遣って、慎重に橋を渡るように言葉を紡いだ数分間。


「……まぁ、幼馴染なんてこんなもんか」


 キリカの事はまだ良い。アイツは意外と馬鹿だからマミレちゃんが人型モンスターだなんて気付かないだろう。俺の配信を見てたかは知らないが、もし見ていたとしてもマミレちゃんはダンジョン内での姿と地上でそれなりに風貌が変わっている。


 それに────気付いたのなら大騒ぎしてるはずだ。俺に悟られないように誰かに報告とか、頭の良い事を出来る奴じゃない。幼馴染だしな……分かるさ、これくらい。


「このまま────何も起きないでいてくれたらな」


 呟いてから、気付いた。


『何も起きない』なんて、つまらない。


『何かが起きる』展開の方が────絶対に『面白い』んだ。


「……」


 ……誰にとって面白いかは、別として。













 ー - - - - - -













「っつーわけで」


「っ……」


 冷や汗をダラダラと垂らしながら、二瓶マミレは古鴉キョウマの前に正座していた。


「言いたい事は分かるだろ」


「はい……」


「知らない人が来たら開けんなっつったじゃん」


「きょーまの、幼馴染って、いうから……知らない人じゃ、ないかなって、思っちゃった……」


「で、途中から『あ、これヤバいかも』って気付いた訳ね。まぁ何とか大丈夫だったし、次から気を付けてくれればいいよ。開けて良いのは俺だけ。分かった?」


「はい……」


「じゃあ罰として一週間ゲーム禁止ね」


「げ、げげゲーム、禁止……!?」


 目を見開いて絶望するマミレだが、キョウマは幼い頃の自分がどのようにして悪戯をし、どのような罰を受けたかを思い出し……それに則ってゲーム禁止を撤回しなかった。


「ま、それは置いといて。何か変な事言われなかった?キリカに」


「ゲーム禁止……」


「二週間にするよ」


「え、あっ、あっ、い、言われてない、よ……!」


「なら良かった────アイツ、トップギルドの精鋭だからさ。もしかしたら正体に気付いてた可能性だってあったんだよ」


「……そう」


 胸をなでおろし、安堵するキョウマだったが……そんな彼を見て、マミレは静かに二つの罪悪感を抱く。


 一つは、ドアを開けキリカを家の中にいれてしまった事。


 もう一つは────────


『え、誘拐された訳じゃない……?』


『そ、そう』


『だとしたら……親戚の子、だったりして?』


『そ、そう!そう、なの。お母さんが、いなくなっちゃって……ここに、住んでるの』


『……なるほど。まさかキョウマが一人で…………いや、ある意味『適任』か』


『?』


『よく聞いてほしい。奴は少しひねくれていて、それなのにどこか真っすぐで、人の気を引きたいがための悪戯が好きで、ハッキリ言って馬鹿なんだが……良い奴なんだ』


『良い奴とは、とても思えないような、紹介だけど』


『あぁいやその、変な奴ではあるんだが────君の気持ちを理解出来る奴だ、というのを分かってほしい』


『……?』


『一緒に暮らしているのならもう聞いているだろうが────』


 マミレは、キョウマがいない間に知ってしまったのだ


『……キョウマは、両親を亡くしているんだ』


 彼が自分から打ち明けなかった、その事実を。


『5年前に起きたでな』

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