第24話 ︎︎アーカイブ:久々にゲームします
────九条キリカが古鴉家を訪れる、少し前。
何てことない休日の、昼食後。
「クソがあああああああああああああああああああああああああ!!!」
配信上でも滅多に見せないような、不死鳥の咆哮が轟いた。
「え?ガチで勝てないんだけど。ガチで勝てないんだけど!?」
「……きょーま、ゲーム、下手」
────家の主である古鴉キョウマは、少し前に住み着いた年下の少女……二瓶マミレに惨敗していた。
彼が二か月前に半額セールだったのをきっかけに購入した、格闘ゲームの対戦で。
「いや下手とかじゃなくて、おかしくね?なんでお前そんなに強いんだよ。ダンジョンで暮らしてた間もゲームとかしてた?違うよね?」
「ゲームは、ものすごく、久しぶり。楽しい」
「だよね?しかも格ゲーだぞ!?今作は俺らみたいな新規でも遊びやすいとは言えど、格ゲーだぞ!?俺は速攻で飽きちゃってたけどさ、何がどうなったら追い越されんだよ……」
キョウマとマミレ、並んで座る二人の前に設置されているテレビ。表示されるのは『ストリートヤンキーシックス(通称ストロク)』の勝敗表示画面。マミレが使用しているキャラクターが優雅に勝利モーションを決めている。
「うん、だからもっと、練習すれば?」
「ぐッ…………いや待て、分かったぞー?お前さては、俺が学校に行ってる間ずっとゲームしてたな!?」
「そう、だけど」
「悪いねぇ……悪い子だよねぇ。どう考えてもゲームしすぎだよねぇ……!」
「な、なにを……」
「そんな悪い子のマミレちゃんには、『ゲーム時間』を守ってもらわなきゃなぁ」
「げ、ゲーム時間……!?」
コントローラーを片手に持ったまま、勝ち誇った顔でキョウマは指を折りながら数えていく。
「何時間にしよっかなー。相場だと二時間くらいだけど、マミレちゃんは悪い子だし、ほら……『ゲームは一日一時間』って言うし?」
「い、一時間は、やだ!やる事無くなって、暇になっちゃうし……!」
「勉強をしろ勉強を!!学校に行かなかったとしても、将来に繋がるようなさぁ、色々……なんかあるんだよ!本読むとかでも良いから、ゲームだけじゃなくて……」
「きょーまみたいに、配信で稼げば、良いじゃん。将来は、配信者になる」
「クソガキが」
配信で稼いだ金で腹を満たし、服やゲームを買っているというのは事実でしかないため、キョウマは咄嗟に言い返す事が出来なかった。
「はぁ……でもさ、流石に一日中ずっとゲームってのも目悪くなっちゃうし────」
「……きょーまは、しないと思ってたのに」
「え……」
「お母さんと、同じ事はしないって、信じてたのに……」
「いやゲーム時間決めてる家庭は結構多いからな!?別に虐待とかじゃねぇって!」
「冗談」
「マジでヒヤッとするよ、そのタイプのボケ」
「とは言え一日一時間は虐待か」などと呟きながら、キョウマはふんぞり返るマミレの頬を突く。
「何」
「こんなちんちくりんが格ゲー上手いのかぁ、って」
「…………目、よ」
「え?」
「私、貴方の攻撃を、見てから反応してるの────この目を、使って」
パッチリと開けた両の瞳。キョウマには、それが少しだけ────見慣れない輝きを含んでいるように見えた。
「この家、ほんの少しだけ、魔力がある、でしょう?」
「……なるほど、【蛇怪女の邪眼】か」
「そう────あのスキルのおかげで、私の『目』は、結構な高性能に、なってるらしい」
【蛇怪女の邪眼】のみならず、目に関わるスキルは副作用として視力に影響する事が多い。マミレの場合はそれがプラスに働き、動体視力の向上などが────微量だろうと魔力が存在する環境ならば、彼女の武器となる。
「んー、でもそれ抜きにしても短期間で上達しすぎでしょ。マジで何時間やってんの……?」
「どうでもいい。私が言いたいのは、このスキルがあるから、何時間ゲームをやっても、何時間ネットで動画を見ても、視力は落ちないという事」
「何とかしてルールの穴を突こうとする姿勢、たまらなく中学生だね。分かった分かった……でも一旦ストロクはやめにしね?流石に一方的な試合ばっかりだと飽きるし」
「……そう」
怒りもせず、文句を言う事も無く────ただ、ほんの少しの悲しみに耐える表情。キョウマは少女のその顔に、曖昧な既視感を覚えた。
(あー、あるある……友達と対戦ゲームやってる時、一人だけ飛びぬけて強い奴いると微妙な空気になるんだよな)
キョウマは自分の過去の経験とマミレを重ねながら────心の中で彼女を称賛した。
(そう、この状況は誰も悪くないんだ……でも、感情を自分の中にしまい込んだのは偉い)
数日間マミレと接していく中で────『精神年齢が幼い』というのが、キョウマがまず抱いた感想だった。
今はもうしなくなったが……最初の一日目、風呂上りに何も着ずに『保護者』のもとへとりあえず向かう様子はまさに幼児と言える。
キョウマは自分の事を保護者として認識してくれている事に少しの嬉しさを感じ、それに伴ってしっかりとした教育方針のようなモノすら彼の中で決めようとしていた。
(こうやって普通の暮らしをするのが久々の事だったとしても、これから取り戻していけばいい。『人間』として成長していけば……この子ならきっと……俺と違って───────)
『『キョウマ』』
彼を呼ぶ重なった声が、脳内に響く。
「……」
だがそれは『覚えている』声ではない。
────朧げな記憶を無理矢理修復して、『こんな声だったはず』と再現した偽りの思い出だ。
(全く……俺とマミレちゃん、どっちの方がマシなんだか)
考えるだけ無駄な、結論の出ない問題。
口から飛び出てしまいそうな弱音を飲み込み、キョウマはその場から立ち上がった。
「……ゲーム、やめちゃう?」
「いや、別のゲームでもしよう。でもとりあえず俺はジュースでも買って来るよ、喉がカラカラだからさ。何が飲みたい?」
「じゃあ、私も、一緒に買いに────」
「────ダメだって何度も言ってるだろ?やっぱりどうしても……君を外に出すわけにはいかない」
不満げに頬を含ませるマミレの額を指で弾き、ため息交じりに言う。
「君の顔は配信上に映っちゃったからね……風貌が変わっていようと、万が一の事はある。地上ではただの子供なんだから、もし人型モンスターであることがバレたら何をされるか分からないだろ」
「……じゃあ、ミルクティー、が良い」
「おっけ。で、いつもの如く言っておくけど────────」
リビングのドアを開けながら、振り返り際にキョウマは言った。
「知らない人が来ても開けないんだよ」
幼少期に、自分が出かける直前の両親に言われてきた言葉を、そっくりそのまま。
「分かった」
「んじゃ、ちょっと行ってくる……」
リビングのドアから玄関までの短い距離を────頭の中に靄を抱えながら進む。
靴を履き、ドアを開け、鍵を閉め、ゆっくりと歩きだす。
「……」
自販機の方向へ数歩足を進め、押さえ込んでいた弱音を吐き出す。
「俺なんかに出来んのか、あの子を育てるのが……」
────不安、だった。
情報と共に、流れとノリで拾ってしまったのは『命』という何よりも重いモノ。自分より幼く、未熟で、希望にも絶望にも転ぶ可能性のある卵。
そんな彼女を、よりによって自分が。
「……せめて、服とか下着の問題は早めにどうにかしないとな」
男子高校生であるキョウマが少女の衣服について詳しいわけが無く、サイズを計測しようにも測り方やそもそも男である自分がやっていいのかという問題もある。男一人で下着売り場に行くのはまずい気がして、ネット注文に頼ろうにも店員のアドバイスを聞く事は出来ない上に、ネットの闇の部分を知っている彼だからこそ、明るくない分野について踏み込んで何かを購入するのは気が引けた。
「せめて、どうにかして女の人の協力が得られればなぁ────────」
知らずに呟いたその言葉。
十分もしない内に、キョウマは自分のその発言を悔いる事になるのだが……この時点での彼は、「悩んでても仕方ないか」といつものようにテンションを復活させ、まだ自分が何のジュースを飲もうかを考える余裕すらあったのだった……。
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