第22話 【フェニックス】遭遇したユニークモンスターまとめ②【切り抜き】
「そうね、私が、仲が良かったのは、ヒュドラって子、かな。勢いで、色々なところに、迷惑をかけちゃうけど、良い子なの」
「へぇ〜……名前を聞く限り、ちょっと相手したくないね〜ソイツ」
マミレちゃんの話を聞きながら、協会が出した声明に改めて目を通す。
人型モンスターの存在。ユニークモンスター【
「それにしても『魔人』かぁ……モンスターと化した人間を、そう呼ぶ事にしたんだね」
「ぴったり、でしょう?」
ぶかぶかのTシャツを身にまとい、クッションの上に座るマミレちゃんは言った。
「うん……ぴったりで安直だね。面白味が全く無い、つまらないネーミングセンスだ」
「ひど。バエルに、聞かせてあげたい、言葉ね」
「名乗ったのは親玉のバエルか。嫌だねぇ、面白くない偉い奴って」
「貴方なら、なんて名乗るの?」
「ははは、ズバリ『怪人』かな」
「……?」
あまりピンと来ていなそうな顔で、マミレちゃんは首を傾げた。良い感じのボケが出来たと思ったんだけど、滑ったか……。
「かいじん……『じん』が、『人』なのは分かるけど、『かい』は……?」
「え……」
「ごめんなさい、難しい言葉は、習ってなくて」
「いや!その……謝る必要は無いよ」
────迂闊だった。
この子がダンジョンに捨てられたのは、数年前とかそんな最近じゃない。法規制が入る前だという事は分かっていた……だから俺は、『十分な教育を受ける前に捨てられた』可能性を考慮すべきだった。
ダンジョンの中で────基本的に特撮にしか出てこないような『怪人』という言葉を、知る機会なんてありはしないだろう。
「怪しい人と書いて怪人。『あやしい』は……そうだね、『蛇怪女』の『怪』の方って言って分かるかな」
「あっ、聞いた事、あったかも。私も日曜日に……テレビで、見てた。『クルキュア』しか、見てなかったけど……『仮面ファイター』?が好きな魔人の子が、たまに話してた……」
「おっ!そうそう仮面ファイター!俺昔見ててさ、怪人ばっか応援するようなガキだったんだよ」
「その頃から、悪の片鱗は、見えてたんだ」
この子の言う通り────今の俺がこんな活動をしているのは、間違いなく幼少期の人間形成に問題があったからだ。
真っ当な人間になりたかったと思う事はあるけど、今は配信が楽しすぎるから更生するのはいつかで良い。
「ごめん、話が逸れたね。特撮の話は置いといて、聞きたい事がまだ『二つ』残ってる」
「えー……」
クルキュアが話題に出た影響か、少し口角を上げながら俺を見つめていた少女の顔が曇る。
「そんなにあるの、面倒」
「二つだけだって。まずは────そう、『どうやって人間からモンスターになったのか』が知りたい」
「────────はぇ?」
俺の言葉に、マミレちゃんは先ほどよりも露骨に困惑したような表情をし、顎に手を当てる。
「ん、知らないの?」
「い、いや、知ってるけど……」
「?」
「でも、貴方だって────────」
少し言い淀んだ後、観念したかのようにマミレちゃんは口を開いた。
「……例えば、私はメドゥーサだけど、【
「そうだね。マミレちゃんが何歳かは分からないけど、メドゥーサ自体は多分俺達が生まれる前からいたはず」
「私は、15歳」
「おぉ。思ったより……」
にしては主張が抑え気味な身長を見ながら言うと、それを無視してマミレちゃんが続ける。
「だったら何故、私がメドゥーサなのか。それは、元のメドゥーサが、『人間に適応するために人間の身体を乗っ取ろうとした』からだ、ってバエルは言ってた」
「へぇ……」
「ここで、重要なのが、『
「なるほど?その言い方と君の存在から考えると、『
「そう、です!」
教師役を気取れて嬉しいのか、マミレちゃんの解説のスピードが若干速まった。
「まず、初めに、【
「ふむふむ」
「そこで、人間の意識が、勝利したのです」
「なんでぇ!?意識の戦いとは言え、何が起きてモンスターに勝てたんだ……?」
「何故か、勝ったらしいのです」
「あぁ、何故か……」
それを言われたら元も子も無い。
でも────ユニークモンスターっていうのは基本的にどれも大物。長い時を生きてきた化け物の中の化け物。そんな奴の意識に打ち勝ったというと……油断は出来なさそうだな、バエルは。『一つの考え方』的には相性が悪いし……。
「そこで人間は、バエルとなり、ユニークモンスターの『ジョブ』を手に入れたのです。そして、同じように人間を乗っ取ろうとする、ユニークモンスター達を捕らえて、弱らせた状態で私達の身体に宿らせて……魔人の群れを、作ったのです」
「……なるほど」
確かに────バエルの力を手に入れた人間は、上手い。
どのようにしてユニークモンスターを捕まえられるのかは分からないけど、保護した迷宮孤児に宿らせるというのは……まさに悪魔的な発想だ。
……親代わりとなって、自分に従順な化け物を量産する。最悪の群れの誕生ってワケ。
それに……俺の予測でしか無いけど、孤児って『大人』を怖がる性質があるんじゃないかって思う。なのに『群れ』を作れたって事は────────かなりコミュニケーションに長けた、人の心理を掌握できるタイプかもしれない。
「ふぅ。これで、十分?」
「良く分かったよ、ありがとう。じゃあ次の質問なんだけど」
「……そういえば、二つあるんだった」
「そんな難しいやつじゃないよ────『何故俺を狙っていたのか』を教えてほしいだけ」
「分かりません」
「えぇ……」
「しょうがないのです。説明は、してくれなかったし」
ため息をつき、マミレちゃんはクッションの上から液体のようにぬるりと体勢を崩し、カーペットに寝っ転がる。こいつ……完全に回答を諦めてやがる。
「ただ……一言だけ言って、私とフェンリルに、捕まえてこいって命令した」
「なんて?」
「『すぐに芽を摘まなければ、無視出来ない害虫となる』────って」
「害虫なのに、トリって呼ぶの、変なの……」と呟きながら少女はカーペットの上をゴロゴロと転がる。昔流れていたヤケに印象に残っているCMかのように。
「……ふーん」
それを見ながら俺は────マミレちゃんの回答を脳内で噛み締める。
「俺を『害虫』呼ばわりか」
魔人を名乗ったにしては、良い表現……そう感じた。
現時点での情報について言えるのはこんなしょうもない感想と、あともうひとつだけ。
「……」
「何、見てるの。貴方も、転がりたい?」
「遠慮しとくよ」
そこまで広くない俺の部屋の床を転がる事が出来るほどの背丈の小ささが、少し羨ましいだなんて思いながら……脳内に浮かび上がる三文字に意識を傾ける。
(……【
その言葉に違和感を抱いたのは、マミレちゃんが風呂に入ってすぐの事だった。
─────どうして俺は、ユニークモンスターとして登録されていないはずのメドゥーサの『漢字表記』を知っているのか。
ユニークモンスターの漢字表記は、日本の探索者協会が情報伝達の利便性を向上させるために作ったモノ。『漢字三文字』でユニークモンスターを表現しているのは協会なんだ。そこまでメリットを感じないけど、どうやら協会の現会長の趣味らしい。
まぁつまり、おかしい。ユニークモンスターに登録されていないメドゥーサの漢字表記を、俺が知っているはずがないんだ。
『……例えば、私はメドゥーサだけど、【
ユニークモンスター側であるマミレちゃんがこう言っている以上、この言葉は事実だろう。
『怪しい人と書いて怪人。『あやしい』は……そうだね、『蛇怪女』の『怪』の方って言って分かるかな』
俺がこう言って伝わった以上、マミレちゃんもメドゥーサの漢字表記を知っているという事になる。
「マミレちゃん」
「何」
「メドゥーサの漢字表記は」
「……?『蛇』に、さっき言った、怪人の『怪』に、女の子の、『女』……でしょう?」
「それは誰から聞いたの?」
「バエルが、探索者協会からは、こう呼ばれてるんだ、って……」
「……」
────何か。
あと一歩で何かが掴めそうなのに、俺の鳥頭じゃ届かない。
俺の勘違い?
協会の企み?
マミレちゃんの記憶違い?
バエルの嘘?
この気持ちの悪い『歪み』は……誰のせいなんだ?
誰が……何のために?
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