第21話 ︎︎【フェニックス】醜悪。フェニックスとダンジョン人工説信者との激闘まとめ【切り抜き】

 暗く、深い迷宮の中。


「よっと!」


 白髪の男が次元の隙間から飛び出し、着地する。


 そこはモンスターと探索者が争うダンジョンの通常の様子とは異なり────静寂に包まれ、大きな一つの部屋のようになっていた。


「皆、ただいまァ!」


 そして────モンスターと探索者の代わりに存在するのは、人の形をした怪物達。フェンリルはその全員の顔を見回して挨拶をするが、返事は帰ってこない。


 人ではなく、人でもある彼らが囲むのは円形の巨大な卓。その周りに設置された中で、最も巨大で最も絢爛な椅子に座る男に向かって……フェンリルは近付く。


「帰ったぜ、ボス」


 赤のマントに、全身に煌めく金の装飾。


『王』────彼を知らない者でも、見た目からそのイメージを連想出来る風格。


「……おかえり」


 ────その金髪の男は表情を全く動かさず、機械的にその言葉を呟く。


「ではフェンリル。結果を報告しろ」


失敗まけ!」


「……」


「完ッ全に負けたぜ、ボス!」


 大きくため息を吐き、呆れた顔で男────バエルは言った。


「貴様の顔を見た時点で何となく察してはいた。だがフェンリル────それで許されるとでも思っているのか?」


 ……空気が、凍り付く。


 無言を貫いていた周囲の者達が口を開こうとするが、その全員が最終的には傍観の立ち位置に留まった。


「何度も言っているだろう────」


 見る者を怯えさせるその視線は、まさしく王の威光。両の眼がフェンリルが貫くと同時に、男は口を開いた。


「────報告をする時はどういう経緯でどういう理由でどういう結果になったかを詳しく説明しろと!いつも言っているだろう!」


「あ、悪ィ、忘れてた……」


「忘れてたで済ませるな!何回、何回貴様に言ったと思っている、この同じ内容の指摘を!」


「さぁ……?」


「円滑なコミュニケーションこそが組織で生きていく中で最も重要なスキルなのだぞ!『一匹狼』という言葉を体現するつもりか!?」


「わ、分かったって……」


「分かっていないから何度も繰り返すのだろう!!」


「また始まった」と言わんばかりに周囲は呆れた顔で、何人かは席を立ってその場を離れていく。


 彼らの咎めるような視線を受け、バエルは咳払いをして話題を切り替えた。


「……コホン。まぁ良い、この件に関してはまた後で言うとして────メドゥーサはどうした?」


「ん?あいつ?」


「共に『トリ』の捕獲に向かっただろう。奴は……」


「あぁ、それなら────」


 フェンリルはすっかり忘れてしまっていたその重大すぎる事実を……そこで、はきはきと躊躇無く言葉にした。


「死んだぞ!」


 ────────この瞬間の、時間が止まったかのような冷たさに比べれば……さっきまでの空気など生ぬるいにも程があった。


「……死んだ、だと?」


 実際には古鴉キョウマによって治療され、一命をとりとめたどころか古傷まで無くなるほどの大回復をし、すっかり元気になっていたのだが……フェンリルは彼女がフェニックスという圧倒的存在に蹂躙され、容赦なく首を斬られたところまでしか見ていないのだ。


「おうッ!言っただろ、完敗だったって。『トリ』の野郎、不死身な上にとてつもない強さで────────」


 ……直後。


「ッ!」


 フェンリルは背後からの殺気を察知し────回避行動を行う。


「カス狼がぁッ!!」


 ドゴン、と勢いよく床を破砕する音が響き、土煙が上がる。


「……っぶねぇ!回避よけんじゃなくて防御まもってたら……死んでたかもなァ」


 フェンリルの視線の先は────────土煙の中。


 水色の長髪の、彼を強く睨みつける少女。


「なぁ【九頭竜ヒュドラ】ッ!お前の毒だけは絶対に食らいたくねぇからよ!」


「メドゥーサを……死なせてッ、よく一人で帰ってこれたなァ!!」


 ヒュドラと呼ばれた少女は髪を逆立たせながら、荒い呼吸で捲し立てる。


「メドゥーサはっ、戦いが嫌いで……殺さないとレベルは上がらないのに、モンスターになったのに、戦おうとしない優しい人だった……なのに、なんで喧嘩馬鹿のお前が生きててッ……メドゥーサが死んでるんだ……!!」


「つってもなァ。落ち着けよヒュドラ。お前、肩入れしすぎじゃね?」


「……は?」


「オレ達はモンスターなんだからよ、馴れ合いなんかいらねぇって!ほら、確か……神話で言うと、ヒュドラってメドゥーサの子孫なんだろ?その影響が出てんじゃねえか?」


「は……は?」


「あーでも、良かったかもな!ユニークモンスターに近い精神になってきてるって事は、その力が身体に馴染んできてるって事じゃねえか!でも飲み込まれるなよ、俺達はモンスターであり人間で────────」


「……やっぱり、お前は」


 ────空気が、震える。


「許せない」


 眼光が光り輝き、目の前の憎むべき『敵』を補足する。


 逆立った髪は八つの束に分かれ、獲物を前にした蛇のようにゆっくりと、ゆらゆらと蠢く。


「【天啓同────────」


「────落ち着け」


 低く、腹の底に響く声。


 それがバエルのものだと理解できた時には、既にヒュドラの髪は重力に逆らうのを止めていた。


「落ち着け、ヒュドラ」


「……はい」


「我らの知性は我らだけのものだ。揺さぶられるな」


「……」


「だが……そうだな。今回の件は我にも責任がある。好戦的なフェンリルと二人だけの仕事を任せる事によって、メドゥーサの『甘さ』を……変えたかったのだ」


 王たる男は────頭部に蛇を飼う少女がかつて座っていた席を眺める。


「甘さを捨てなければ、我らは勝てない────────だが、『トリ』の実力を見誤ったのが大きかったか」


「王よ……私に、やらせてください」


 頬を伝う涙を誤魔化し、水色の髪は再び揺らめき始める。


「私一人で十分です。『トリ』に対しては『石化』もそうですが────『毒』も有効かと」


「……確かに、【九頭竜】の毒は不死の存在に対して強い効果を持つだろう」


「はい。死よりも上の苦しみを、必ずや────────」


「だが、却下だ」


「え、えぇっ……」


 髪を項垂れさせ、しゅんとした顔で俯くヒュドラに────男は杖を床に叩いて鳴らす。


「────全員で行く」


「え……」


「手加減はしない。油断も、出し惜しみもしない。我々の存在が知られてしまうというリスクはあるが……『トリ』の捕縛はそれよりも優先すべきだ」


 立ち上がり、バエルは高らかに宣言する。


 王として。彼らを束ねる者として、杖を掲げた。


「我ら『魔人』!人類を圧倒し、モンスターを超越する知性を見せつけるのだ……!」

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