第19話 アーカイブ:フェニックスとダンジョンナンパ お前らに伝説を見せてやるぜ、女ってのはこう落とすんですわァ!

「……やっちまったなぁ」


 通路の壁に寄りかかりながら歩き、俺は深いため息を五回ぐらいついた。


「同い年なのに、あんな偉そうに説教まがいの事言っちゃって……絶対切り抜かれるし……」


 結局のところ、どんな道を選択するかはその人次第。シツキちゃんの事だ────俺が何を言おうとあの子は止まらないだろうに。そして、俺がダンジョンで何を経験したかをあの子は知らないのに……いきなり『ダンジョンを舐めるな』とか言われても、『なんだこいつ』ってなるだけだよな。


「……いや、切り替えてこう。くよくよし続けても意味無い!」


 不死鳥を名乗るのなら、落ち込んだとしても必ず立ち上がらなければいけない。常に明るく、見る人に笑顔を、あらゆる方面に迷惑を。


 マスクの上から頬をパシッと叩き、壁から身体を離して炎の壁へと近づく。


「さて、メドゥーサちゃーん?帰ろうぜ」


「え?」


 炎を解除すると、中でお利口に待っていたメドゥーサがポカンと口を開けているのが見えた。


「ま、まさか、貴方……私に、ついて来いって、言ってるの?」


「そうだけど」


「貴方の、家に……行くって、事?」


「行くっつーか、住む?だってそれしか選択肢ないでしょうが」


 通常の従魔みたいにダンジョンに放置したら、フェンリル野郎達が始末しに来るかもしれない。貴重な情報源であるこの子には、安全である地上の俺の家の中にいてもらうしかない。


「貴方の、親は?急に知らない、女の子なんか住まわせたら、怒るんじゃ……」


「俺一人暮らしだから」


「っ……じ、じゃあ、貴方と私の、二人で暮らすって、事……?」


「まぁそうなるけど。……あぁ、安心してよ。手ぇ出したりしないって」


「そういう事じゃ、無いけど……随分と、思い切った判断をするし、全然動じていないな、って」


「ペットを拾っただけだしな。さ、向かおう」


 そう言って俺が上への階段ではなく、下への階段の方向に歩みだした時、またもやメドゥーサはきょとんとした表情をした。


「ねぇ、61階から、地上に行くんじゃないの?そっちは────」


「楽しみにしてなよ。ちょっと面白いものが見れるからさ」


「……?」












 ー ー ー ー ー ー ー









「ようこそ、古鴉家へ」


「…………???」


 魔方陣で転移した先の、黄金の祭壇。きょろきょろと周囲を見回しながら混乱しているメドゥーサの前で、俺は覆面を脱いだ。


「ふぅ、疲れたー」


「え!?」


「え?」


 俺の素顔を見て、メドゥーサはぎょっとした表情で目を見開いていた。


「あ、その……」


「あぁ、『声』が変わったからかな?スキルで調整してるんだよね」


 覆面を被っている時は『フェニックス』で、脱いでいる時は『古鴉キョウマ』という……俺の中での区切りみたいな心構えが明確に存在してるから、覆面の付け外しで自然とスキルのオンオフもやっちゃうんだよな。


「ちなみにこのスキルは【不死鳥の─────」


「あ、いや、そうじゃなくて。声も、驚いたけど……」


「あれ?声じゃなかったか」


「その……」


 ものすっごく言いづらそうだけど、どうしても言いたいという感情が伝わってくる、唇を噛み締めたメドゥーサの苦い顔。俺が穴の空いたジャージを脱ぎながら、「言っていいよ」と促すと……「どうでもいい、事だけど」という枕言葉をムスッとした顔で言った。


「……なんで、そんな性格なのに、爽やか系イケメン、なの」


「ははは、遺伝だよ」


 確かにどうでもいい。でも着眼点としては鋭いかもしれない。


 俺は地上では普通の男子高校生として過ごしている。そうすべきだし、そうしたいから。顔は生まれ持ったモノだけど、普通の男子高校生ならモテたいと思うだろうし、だったらこの容姿を活かさない手は無い。


 それに身だしなみをしっかりするっていうのは、『人間』として当然の事だからな。


「しかも急に、モンスターの目玉を、集め始めたと思ったら、訳わからない場所に、転移してたし」


「それに関しては……はは、サプライズだよ」


「ここが、貴方の家なの?」


「……一応、この空間はまだダンジョンだね。あの扉を開けた先からは俺の家だけど」


 東京ダンジョンから離れた、しかし微量な魔力は存在している空間。


 あの日──────この場所が俺の家に繋がって、もう何年経つんだっけか。


「よいしょ。ただいまー」


「……おじゃま、します」


 黄金の扉を開き、見慣れた俺の部屋にメドゥーサと一緒に足を踏み入れる。


「ちょっとそこで待ってて。ダンジョン内で裸足で歩き回ってたから汚れてるでしょ?タオル持ってくるよ」


「……あ、うん」


 扉の先は簡易的な玄関になっている。レジャーシートと靴だけ置いた雑すぎる玄関だけど。


 俺はそこで靴を脱いで─────ぼうっとした表情のメドゥーサに声をかける。


「おーい、生きてる?」


「え、あ……ちょっと、びっくり、しちゃって」


「久しぶりに魔力の無い空間に出たからかな?」


「多分、そう。身体のあちこちが、変な感じ」


「うん。だろうね」


「……何、その言い方」


「いやだって──────その髪」


「え?」


 俺が指を差した先の、メドゥーサの頭部。彼女は自分の頭を触り、その触覚と視覚で『変化』に気付いた。


「─────髪が、る」


 どんなに強い探索者でも、ダンジョンから出れば……魔力の無い空間に入れば、ダンジョンで得た力は失われる。ジョブもスキルも魔力が無ければ効果を成さないものだからだ。


 それはやっぱりこの子も同じようで─────黒く、長い髪をまじまじと見つめるメドゥーサは、もうモンスターとしての力を失っているように見える。


「…………また、自分の髪を、見れる日が、来るなんて」


「はは。もう隠す気ないね─────やっぱ君さ、モンスターになった元人間って感じでしょ」


「…………」


「そこら辺の事情も聞かせてよ。……でもまずはその前に─────」


 この関係がどこまで、いつまで続くかは分からない。


 ただそれでも、相手がこちら側なのなら。


 憎むべき、排斥すべき、消えるべきモンスターではないのなら。


 この『人間』と話がしたい。


「俺、古鴉キョウマは君の─────人としての名前を知りたい!」










 ー ー ー ー ー ー ー









 覆面を外した男は言った。


『やっぱ入りたいんじゃない?風呂。ダンジョンには無かったしさ。うちので良ければ今さっぱりしてきなよ』


「……」


 シャワーを浴びる事自体が、久々の感覚。


「……」


 幼い頃「綺麗」と褒められた長い髪。洗うのが面倒だったと思い出すまで何年が経っただろうか。


「……」


 全身を湯で洗い流し、人間の形をした自分の姿を鏡で見るのも、久しかった。


「……無い」


 あられもないその肉体を見て呟く。


「いつまでも、モンスターになっても、消えなかったはずなのに」


 首。胸。肩。腕。腹。腰。脚。


 綺麗で、白い肌だった。


 ─────彼女にとってはそれが有り得ない状況なのである。


が、無い」


 原因は既に思い浮かんでいた。


 ─────覆面の男、フェニックスの血液。鉄の味などせず、甘く蕩けるその赤を浴びた時……恐らく、切り裂かれた首はもちろん、過去のによる傷も含めた全ての傷が治癒されたのだろう、と。


「ふふ……酷い鳥も、いたものね」


 既に消え去った傷のあった場所を────首元をさすり……身体が思い出すかのように、微かな声が脳に響く。


『────から……●●●は黙っ───さいよッ!!』


 愛した母の声を、鮮明に思い出す事は出来ない。


 しかし──────


『……●●●ちゃん、ね。良い名前じゃん!』


 さっき聞いた彼の声は今も耳に響いている。


「全部、上書き、されちゃったよ。お母さん」


 最後に彼女を傷付けたのも。


 最後に彼女の名を呼んだのも。


 今は何処ぞの、鳥の骨だ。

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