第15話 アーカイブ:【雑談】スザクとかいうフェニックスとキャラ被りしてる行方不明者の情報をください。必ず探し出して始末します

 ギリシア神話におけるメドゥーサとは、女神によって怪物に変えられてしまったゴルゴーン三姉妹の三女である。


 特筆すべきは『頭部の蛇』と『石化能力』だろう。首の下からの身体が人間のものではなく動物のそれになった姿で描かれる事もあるが、大衆のイメージに根強く存在するのはこの二つだ。


 理由として────太古、人々は『蛇』に対して神聖を感じたという点がある。無限の命を想起させる脱皮、男根という生命の象徴を想起させる外見……世界各地で蛇は生命の象徴とされ、神話は海を越えて伝染する。


 ……人々の抱く『蛇』へのイメージが、『神』から『悪魔』になった時も、また同じように伝染するのだ。


 メドゥーサではない、同じ蛇の要素を持った神話の生物が石化能力を持つ事もあり、『蛇』と『石化』に結び付きがある。加えて、人々が物語を生み出す時に────『蛇の姿をしていて、見た者を石化させる』という力を持つ存在は都合が良い。分かりやすく恐ろしく、誰もが知る神話を利用したキャラクターは読者からすれば受け入れやすいだろう。そうして根付いた『イメージ』は大衆の意識に浸透、伝染していく。


 メドゥーサが女神アテナの怒りを買う前、美しき長髪を持っていたとしても。


 かの有名な海神ポセイドンとの間に子を身籠っていたとしても。


 そして彼女が英雄ペルセウスによって絶命した時、切断された首からポセイドンとの子が生まれていたとしても。


 少なくとも現代では────────メドゥーサというイメージは、『頭部に無数の蛇がいて、目を見ると石化させてくる力を持つ女の姿をした化け物』として消費されていくのだ。












 ー ー ー ー ー ー ー













「……なるほどな」


 記憶の片隅から引っ張り出したその名を、俺は呟く。


「ペガサス、そしてクリューサーオール……メドゥーサが残した子供か」


 俺の前に立ちはだかる二つの魔力の塊は、神話上の生物の姿をしていた。


 ペガサス。それはそれは有名な翼の生えた馬。俺の頭の中のイメージ通り、白く輝きながら嘶いている。


 クリューサーオール。ガマ子がやってるらしくて少し気になったから始めた、神話や歴史の話が出てくるソシャゲの最近の章で出てきたから覚えている。ペガサスと同時に生まれた、黄金の剣を持つ巨人。間接的に多くのバケモンを生み出す事になったけど、本人が語られる事は滅多に無い地味~なヤツ。


 どんな姿をしているのかと思ったら────────


「まさか、『ぼやけた人型の何か』とはね」


 輪郭が行方不明な魔力は、ただ金に光る剣を残し……それを曖昧な魔力の塊に持たせる形を作っている。


 巨大な、漠然とした、黄金の剣を持つ巨人。


「……まぁ、神話の事は良いとして。今はここを切り抜けるフェニな」


 嘶く天馬と、剣を振り上げる巨人。その奥には赤い眼光が俺を貫く。


 さっきのフェンリルの発言からして、【蛇怪女の邪眼】……俺を石化させたスキルは恐らくジョブスキル。つまりユニオンスキル発動中でも使用できるというワケだ。


 三対一。相手の一人は石化能力持ち。なのに俺と来たら、配信中だから『本気』は見せられないしスマホ撮影なせいで片手は塞がっちゃってる!


「少し面白くなってきたけど────そろそろシツキちゃんが心配だ」


 それに、俺の配信スタイル的に……いつも結構視聴者共と話したりするんだよな。荒れまくりのチャット欄からなんとか探し出した視聴者の言葉に返答して、対話が生まれる────その瞬間が好きなんだ。


 さっさと片付けてチャット欄を確認してやらねば。


「じゃ、一瞬で片づけるフェニよ。見てろよーお前ら」


「……余裕、そうね」


「顔が怖いぜ、笑えよ」


「…………」


 言葉は無かった。


 出血し続ける首元を抑えつつ、額に汗を浮かべながらメドゥーサが眼光を迸らせ────


「【蛇怪女の邪眼】」


 瞬間、指先から石化が始まると同時に────左からペガサス、右からクリューサーオールが接近する。


「経験から言える事は、やっぱこういう時に冷静さを保つのは大事フェニねー」


 まだ動ける。まだ時間はある。その時間で何をするかはもう決めてある。


 後はただ機械的に、目の前のを倒すだけだ。


「【アイテムボックス・大】」


 ぎこちない指を動かし、俺が掴んだのは……二刀一対の双剣。燃え盛る炎のような、空を羽ばたく鳥の翼のような形の刀身は、メドゥーサの眼光に匹敵するほどの妖しい光を放つ。


「ユニークウェポン、【朱雀刃】────この身体が固まる前に、お前の首を斬ってやる」























 ー ー ー ー ー ー ー


















 ユニークウェポン。


 一体しか存在しないユニークモンスター、彼らが絶命した時……通常のモンスター達のように、死体とは別に素材などを残していく事がある。


 その一つがユニークウェポン。ユニークモンスターの力が込められた、ただ一つしか存在しない武器である。装備するだけで専用のユニークスキルが使用可能になるという破格の性能を持つが、元となったユニークモンスターを討伐した者でなければ持つ事は許されない、言わば────────強者の証である。


「持っていたのか……そんなモノまで……!」


《は?》

《エグすぎ、なんで今まで隠してたんだよ》

《これもしかしてスザクのやつ?スザクが死んだって噂ガチだったんか》

《流石にこれは不死鳥最強連投良いすか》

《いやこれよく見たら双剣か》

《フェニの事だから漁夫ってトドメだけかっさらったんだろw》

《双剣なのにスマホ持ってるから一本しか持ててなくてバカワロタwwwwwwwww》

《この人って有名な探索者だったりしないの?》

《にわか乙。実は昔に配信には映ってない所で一瞬だけコレがアイテムボックスから見えた事あるんだよな。あ、フェニと会った事すら無いお前らは知る由もないかww今思い返すとアレ、アタシの事を信用してるからうっかりして見せちゃったとも捉えられるんだよな。だから結局、薪野シツキじゃなくて他の人とコラボした方がフェニらしさが出ると思います。これはアタシだけじゃなくて他のリスナーも感じているんじゃないかなと思うので、今後の配信について考えていただけたら幸いです。》

《フェニ最強!w》

《ガマ子も見てますと》

《ガマ子長文やめてね》


「っ、っ……!」


「……今コメント打とうとした?」


「い、いや全然」


 チャット欄と同等の心の昂ぶりを覚える日神カゲトラは、勢い余って自身もコメントを打ち込もうとしたが、使用しているアカウントが暁月の宝珠公式アカウントだった事に気付き寸前で指を止めた。


「【赤帝翼スザク】がダンジョンから姿を消して、なのにユニークウェポンの発見報告が無かったのはこういう事だったのか。あの鳥を倒したのは迅狼でも他のユニークモンスターでもなく、フェニックスチャンネルだった……はは!傑作だね」


「ユニークウェポンを使用できるのは討伐者のみ……それが何よりの証明になりますね」


「しかも見てよこれ、もう一本同じのがあるのに床に捨ててる!多分これさ、本来は双剣なんだよね。でも片手でスマホを持っている状態だから真の力は出せない!意味不明すぎるよ!スザクからしたらとんでもない冒涜だよこれは!ふっふふふ……やべ、ツボ入ったかも……ぶふっ」


「……あのさ、そんな事より────いや、コレも十分大事ではあるけど!どう考えてももっと言及すべき点があるじゃない!」


「ん?なんだい?」


「……さっき、配信で【巨神狼フェンリル】の名前が出たわ」


 美堂リリは、この話題をカゲトラが意図的に避けようとしているのに気付きながら────逃げる彼を追いかけるように質問する。


「……一体どういう事?【斬魂死リーパー】とか【呪鎧王ウォーカー】とかと同じ最強格のユニークモンスターじゃない」


「……」


「……それに少し前、協会から送られてきたわよね。ユニークモンスター【蛇怪女メドゥーサ】の発見……諸事情により公表する事は出来ないが、見かけ次第討伐にあたってくれってメール」


「……」


「……何が起きてるの?もしかしてこの二人は────」


「────駄目だよ、それ以上は」


「……っ」


 光の無い瞳がリリを真っすぐに覗き、彼女は思わず目線を逸らしてしまう。


「協会から何か動きがあれば言うよ。それまでは馬鹿なフリをしててね」


「……そうやっていつも」


「おっと、説教は勘弁。今はこっちが優先でしょ」


 満面の笑みでカゲトラは配信画面を見つめる。


 黄金の炎の中、赤く光る刀身。目の前の怪物達に臆せずいつも通りの様子を崩さない男の声。


 そこに潜む『違和感』に、彼は気付きつつも──────


(────とりあえず今は、俺も馬鹿のフリをしておこうか)

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