第14話 ︎︎衝撃の結末。モンスター愛護団体理事長の目の前でモンスターの肉を焼いて食べてみるフェニックス【料理】

 ────少し前。


 フェニックスチャンネルの配信を見ていた日神カゲトラは、協会から送られてきたメールの内容が脳裏にちらつき、配信に集中出来ないでいた。


(仮に────仮に人型モンスターなんかが本当に存在するのだとしたら……俺達はソレを前にした時、武器を構えられるだろうか)


 人間としての迷い。そして────。


(いや、断言出来る。恐らく……俺だけは武器を取ってしまう。人間ではなく、探索者としての本能が突き動かすだろう。最悪なのは相手が人の言葉を話す場合だ。俺はまだしも、キリカちゃんの心にはかなりの負荷がかかってしまう……)


 まだ高校二年生の少女に実質的な人殺しをさせるわけにはいかない。カゲトラの理性がそう告げていた。


「……ん?」


 ふと、配信が無音になっている事に気付いた。フェニックスとそのコラボ相手の声はなく、不思議に思ったカゲトラは画面に視線を戻し────覆面の男が見せつける紙切れを凝視した。


「へぇ、ドッキリかぁ」


 始め、カゲトラは悩み事から逃げるようにフェニックスの配信に集中しようとした。馬鹿げた男と、馬鹿げた彼の視聴者達の空気感に溶け込んでしまおうと思っていた。


 が────数秒後、彼は思い出した。


 自分はフェニックスチャンネルのフェニックスを、勧誘するべく下調べするために視聴していたのだと。


「テイムしたモンスターを呼んだのか……いや、待て。この巨大なスライム……何処かで────ちょっと二人とも、これ覚えてない?」


「……何?」


「何でしょう」


 近寄ってきた美堂リリと九条キリカの視線を指先で画面へ誘導し、彼らは三人揃って一つの画面でフェニックスチャンネルの配信を見る形となってしまった。


「……これ、アレじゃない」


「アレとは……?」


「……アレよアレ。モンスター愛護協会の、理事長の」


「あー!そうだそれそれ!!ってか、一回戦った事あったよね。まだキリカちゃんが入る前の話だけど」


「……死ぬほど厄介だったわね。でも本当に厄介なのはモンスター自体じゃなくて、その飼い主のあの男ね。めちゃくちゃなぐらい強いモンスターの軍勢を従えてるくせに、あっちから私達を邪魔してきたくせに、意味分からないくらい被害者ぶってきて……思い出したらムカついてきた」


「そ、そんな事があったんですね……」


 キリカの困ったような笑顔を見てカゲトラとリリは顔を合わせ、大人しく配信画面に意識を戻した。


「お、なるほどね。このスライムを使ってヌルヌルドッキリをするのかぁ……!」


「……するのかぁじゃないわよ何を見せようとしてんのよ!女子高生に!」


「い、いえ。お気になさらず……」


「お、お、お!行ったっ、行ったぞスライムが!おぉ、悲鳴が聞こえる!これ成功したんじゃない!?」


「……何かもう、怒りを通り越して疑問よ。何がそんなに面白いのよ」


「俺もよく分かんない!」


 しかし────薪野シツキの悲鳴が聞こえても、覆面の男がその反応を映そうとする気配は無い。チャット欄が抱いている疑問を、同様にカゲトラも感じていた。


『マジごめんな、皆。……しつきんさんの醜態はぜひ、あの子のアーカイブから確認してくれ。その場面だけ消したりしないでって言っておくからさ』


「……どうしたんだろ。何かトラブルかな?」


『あ、だからって『しつきん行くわ』とか言うなよ!?チャンネルはそのままで。濡れ透け美少女が見れねぇ代わりに────────ちょっと面白いモノが見れるかもしれねぇフェニよ』


「……」


 その言葉を信じ、カゲトラは息を呑みスマホのカメラが何かを映し出すのを待った。呆れたような目線を送るリリとキリカも、言葉を発さずに画面を見守っていた。


「……は?なにこれ」


 その時だった。


「────────ッ!」


 リリの気の抜けた声と同時に、カゲトラの全身の血の気が引く。


『さーて、君達は何者フェニ~?』


「馬鹿な……まさか、こんな……こんな所で!」


「ど、どうしたんですか、急に……?」


「……知ってんの?この二人組」


 トップギルドの代表ともなれば、姿を見るだけで分かった。理性を無視して、本能と直感が警告していた。


《なんやこいつら》

《コスプレ?》

《蛇やん、きっしょw》

《新たな炎上系配信者爆誕か!?》


(……違う。これはそんなぬるい存在じゃない……!)


 確信してしまったのだ。この二人はコスプレをした探索者ではなく、人間ではなく────協会の言っていた人型モンスターであると。


「この場所は……70階だったか」


「……は?何してんのよ、リーダー」


 カゲトラはその場から立ち上がっていた。


 光無き瞳は既に戦地にいるかのような闇を帯びている。


「行くよ。リリ、残りの幹部メンバーにも連絡をしてくれ」


「……今から?70階に?……どうしちゃったのよ、どうしてそこまで─────」


「詳しい説明は後。この件は協会も関与している、所謂面倒事さ……細かい事はリーダーである俺に任せて、君達はただモンスターを狩ればいい」


 カゲトラは、フェニックスが人型モンスターを配信に映してしまった事で……ダンジョンを巡る陰謀が渦巻くのを感じた。


 何故、協会はわざわざあのようなメールを送ってきたのか。


(あの陰険……才木シントにも同じメールが届いたらしい。俺と彼、トップギルドの代表にだけ秘密裏に送られた討伐要請────馬鹿でも分かる、協会は人型モンスターの存在を隠したかったんだ)


 だが協会内での実力者でも太刀打ちが難しい……そう判断され、『物分かりが良い』日神カゲトラと才木シントを頼ったのだと、そう考えた。


 だが、隠すどころか全世界に配信されてしまったのが今の状況である。


(つくづく腐った組織だね。奴らの思惑が大コケしたのは気分が良いけど、どうなる事やら)


 隠したかった。なら、そこには必ず理由が存在する。


 一体何故?探索者協会は人型モンスターを極秘に処分し、何を防ごうとしたのか。


(……考えるだけ無駄か。俺はただモンスターを狩り続ける────)


「────────あ、あのっ、リーダー……」


 ふと視線を落とすと、九条キリカがタブレットの画面を指さし、焦ったような表情で何かを訴えようとしていた。


「どうしたんだい?」


「そ、その……今から70階まで行くのはもしかしたら、無駄足かもしれないです」


「……」


 その画面に映っていたのは────────主観視点の映像。


 そして、爆熱するチャット欄。


《うおおおおおおおおお》

《グロすぎwwwww》

《この男爪長すぎだろ、ちゃんと切れよ》

《血飛沫エグいww》

《腕無限に生えてきて草》

《これスマホ持ちながら戦ってんのバグだろ》

《鎖鎌最強!鎖鎌最強!鎖鎌最強!鎖鎌最強!鎖鎌最強!》

《え、マジで不死身なのかこれ……?》

《最強でワロタ》


 盾代わりの腕は幾度となく攻撃を受け、その数だけ完全な再生を繰り返す。


 そして変形し鳥のような形状となった脚部が、一切の躊躇いなく敵対者の腕を引き裂く。


「────圧倒、しちゃってます。このフェニックスという男が、一人で……」


「……わーお」


 フリーズした思考をまとめる前に、とりあえずカゲトラは落ち着いた姿勢で配信を見るために────再び席に着いた。

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