第9話 アーカイブ:【謝罪】日本モンスター愛護協会さんが所有していた武器を窃盗してしまった件について

 薪野シツキがフェニックスの事を知ろうと一歩を踏み出した中で────他の勢力もまた、彼についての議論を絶やさなかった。


「招集に応じてくれた事、感謝するよ」


『暁月の宝珠』リーダー、日神ひがみカゲトラは集まったメンバーに優しく微笑む。まだ好青年と言われてもおかしくないレベルの若々しさを持つ彼だが、温和な表情の奥の迫力のようなモノを集まった幹部達は感じている。


「二人しか来てくれなかったのは流石に想定外だけどね」


 光の無い瞳の彼だが、その心に怒りは無く困ったように笑うだけだった。


「過半数は集まったのならまだ良い方では?……しかし、私なんてせっかく学校を早退してきたのに……」


「悪いね、キリカちゃん。いつもちゃんと来てくれて本当にありがたいよ」


 九条キリカはため息を吐きつつも────彼女にここに来ないという選択肢は無かった。


 それは今日の会議の『議題』が影響している。


「……話すなら早くして。時間がもったいない」


「ごめんごめん、せっかちなリリの事を考えてなかったよ」


「────早く、しろ」


「は、話すよ……怒るのは勘弁、ね」


 リーダー補佐、美堂みどうリリは呆れたように眼鏡の位置を調整した。


「こほん。改めまして……今日の議題はどうしても直接、緊急で話したいものでね。察していると思うけど、例の彼についてだ」


「……フェニックスチャンネル、ですね」


「リリが全員に送ってくれたんだっけ?動画」


「はい、拝見させていただきました……リーダーが言及したいのは、やはりあの再生能力の事ですね?」


 フェニックスチャンネルのフェニックス────彼が薪野シツキの配信で見せてしまった、黄金の光。


「結論から言うと、俺達『暁月の宝珠』は────なんとかして彼を勧誘したい!」


「なっ……し、正気ですか!?」


 キリカは思わず机を叩いて立ち上がり、すぐに冷静さを取り戻し咳払いした。


「……ん"っん。すみません」


「大丈夫だよ」


「……悪手だと思います。詳しくは知りませんが、彼の配信上での言動は無視出来ません。ギルド全体の評判に関わります」


「同様に彼のユニークスキルも無視出来ない。そうでしょ?」


「それは……そうですが」


「現状、あそこまで深く抉られた傷を一瞬で元通りに出来る回復魔法は無い。アレは確実にユニークスキルだ」


「ですが、人間性は……」


「人間性?彼は人助けをした事でユニークスキルが世間にバレてしまったんだろう?それも今まで自分の力を隠していたのに。配信が切られていなかったのは想定外っぽい反応だったけど、あの配信者の女の子には見られる覚悟だったんだろうね。少なくとも、話せば分かるタイプだって俺は信じてるよ」


「……リーダーは簡単に判断をしすぎ。言っとくけど、私も反対だから」


「えぇっ、リリも!?」


「……当たり前でしょ。そもそもあの再生能力、自分にしか適用出来ないんじゃないの?攻撃もテイムしたモンスター任せだったし、ただの肉壁にしかならないわ」


「うーん……」


「……リーダーはもちろん、私や九条、あと二人……私達幹部と同等の強さがあるようには見えない。わざわざリスクを伴ってまで勧誘する必要があるとは思えない」


「すみませんリーダー。私もそう思います」


 リリの言葉に強く頷くキリカを見て、カゲトラは顎に手を当て……数秒の沈黙の後に口を開いた。


「確かに、君達の言う通りだ。だけど俺は俺自身の勘を信じたくてね。間を取って、フェニックスチャンネルについて『調査』するっていうのはどうかな?」


「調査……ですか」


「うん。出来るだけ急いで。もたもたしているうちに『千水団』に取られたりしたら最悪だ!」


 光の無い視線は何処も見ていない。


 ただ、脳裏に焼き付いた記憶を幾度となく再生していた。


(あの黄金の炎……あれもユニークスキルだとしたら────────)












 ー ー ー ー ー ー ー












 ギルド『千水団』本部にて。


「オイ、シント!!」


「……何です?」


「スゲェヤベェ動画見つけたぞ!?」


 鼻息と声を荒げながら、傍にいる男の背中を強く叩いたのは……長身、長髪の女性。体格も平均的な女性の身体より一回りガッシリしており、彼女の豪快さも相まって分かりやすい迫力に満ちている。


「あぁ、例のフェニ────」


「犬が立ちションしてる動画だ!!スゲェって、初めて見たぞこんなん!」


「…………はぁ」


「あ?こんな面白れぇ動画なのに、なんだその顔はァ!!!!……おいシント、まさか体調でも崩したか?」


「すぅ…………ふぅ────落ち着け、落ち着こう、落ち着いて……アンガーマネジメントだぞ、僕……」


 細い目が特徴的な男────『千水団』副団長の才木さいきシントがふつふつと湧き上がる怒りを必死に抑え込み、ため息として消化してから返答する。


「あのですね、団長。僕はいつも貴女の代わりに団長がこなすべき雑務やら手続きやら人付き合いやらを担当していますよね?」


「おう!いつも助かってるぞ!」


「それは僕の善意ではなく、団長である貴女が……鬼々園ききぞのアイカがどうしようもないほどバカでアホでマヌケなバカだから、仕方なくやっているのをご存じですよね?」


「あたしが……バカ……?」


「…………もう良いです。さっき、団長が動画を見せようとした時、僕はてっきり今話題になっているとある配信者についての動画だと思いましてね」


「なんだそりゃ」


 持っていた資料を脇に挟み、シントはアイカの眼前にスマートフォンを突き出す。


「……え、これリーパー!?ちょっ、じゃあこいつ絶対死ぬじゃん!オイあたしグロいのムリだって何回も言って…………ん、アレ?────か、回復して……!?」


「ククク、どうです?こっちの方が『スゲェ』動画でしょう」


「す、スゴすぎるぞシント!これ!一体誰なんだこいつ!こんなユニークスキル持ち────」


「────『千水団』に欲しくなる、ですか?」


「おう!!」


 スマホ画面に噛り付くアイカは、ショッピングモールの玩具コーナーを前にした少年のように目を輝かせる。


「たった一人でリーパーを追い払えて、しかも受けた傷をすぐに回復できるとか強すぎるだろ!絶対死なねェじゃん!?暁月の奴らに取られる前に────────」


「駄目です」


「へ?」


「フェニックスチャンネルのフェニックス……彼は我々千水団に引き入れてはいけない存在です」


「え……えぇ!?」


 まるで玩具を取り上げられた少年のように絶望と驚愕に染まった瞳で、アイカはシントの両肩を掴む。


「な、なんでだよ!?こんな強ぇ奴、放っておく理由が────」


「理由はありますよ、ちゃんと。ですが貴女に説明してもどうせ分からないと思いますので、いつか機会があればお話しします」


「…………ふーん」


 さっきまでの執着はなんだったのかというほど、すんなりと彼女はシントの肩から手を離した。


「シントが言うなら、そっちの方が正しいんだろ?なら勧誘はしねぇ!……理由はちょっと気になるケド」


「ククク、そうですね……まぁ、強いて言うのなら────」


 不気味に口角を上げ、彼は心からの笑みを見せた。


「────その方が『面白い』から……ですかね」












 ー ー ー ー ー ー ー











 一方その頃、当の本人……フェニックスチャンネルのフェニックスこと古鴉キョウマは何をしていたのかと言うと。


「────────ってな感じで、フェニは隷従の杖を『モン愛』から受け取ったってわけ」


「な、なるほどぉ……波乱万丈だったね、モンスター愛護協会編……!」


「……」


 何をしていたのかと言うと……自分のファンでもある友人が自分の過去の配信をスマホで流しながら

、何故か自分の事を知ろうとする美少女に、自分の歴史を熱心に語っているところを、コンビニで買った菓子パンを頬張りながら眺める────が、正解だ。


「……あー、一応補足するとな?隷従の杖の所有権自体は『理事長』にあって、フェニは力の一部を借りてるだけ、みたいのを理事長が言ってた……気がする」


「流石古鴉、細かい所まで覚えてるな」


「へー……そんな事も出来ちゃうんだ。ダンジョン探索も結構慣れて来たなって思ってたけど、知らない事がまだまだいっぱいあるなぁ……!」


 知識を得る度に、薪野シツキは満面の笑みを浮かべる────それが語っている側からすれば心地が良く、一方的に苦手なイメージを抱いていたはずのユウキも嬉々としてフェニックスについてを話し込んでしまっていた。普段は気にするはずのクラスの視線も無視してしまうほどに。


「え、えっとさ!薪野さんはなんでそこまでフェニックスについて知ろうとするん?しかも俺達を介して……」


「あれ、ごめん!理由説明してなかったっけ……古鴉君達を頼ろうとしたのは、フェニックスさんの配信が下品な内容ばっかりで、それはあんまり見たくないなぁって思ったから!」


「それは本当にそうだわ……」


「それと、フェニックスさんの事を知りたいのはね────────」


 申し訳なさを抱きつつも、キョウマはシツキの言葉を待ち、そして……。


「────────あの人と一緒にダンジョン攻略配信!つまり……コラボしたいからっ!」


「」


 ……元気よくサムズアップするシツキの、その文言に絶句した。

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