第8話 ︎︎アーカイブ:フェニックスチャンネルです

「……」


「お、古鴉おはよー……ってお前大丈夫か?眠そうすぎるだろその顔」


「あ、あぁ……バレた?普通に徹夜だわw」


「お前エグいってw」


 教室の入り口で友達と何気ない会話を交わし、ふらふらとした足取りでなんとか席に着く。


(……まさか、エゴサだけで夜を潰しちまうとは)


 さっさと寝て、面倒な色々は明日にガチ謝罪配信でもして何とかしよう────そう思ってベッドに入ったのは良いものの、スマホを触ってしまったのが良くなかった。結局夜通しBritterで配信の反応見てて……じゃね、今は『H』だっけか。めんどくせぇな、BritterはBritterだろうが。


「……あーその、ユウキ」


「ん……古鴉か。おはよう」


「お、おはよ……その、見た?」


「昨日のフェニの配信?」


「……そう」


「見た。薪野シツキの配信も、ガマ子の配信も」


「俺も、全部追った……で、どうだった?」


「どうだった、か。うーん……正直今回の件で────────」


「……!」


「────本格的にフェニのファンになっちゃったかも」


「……え!?」


 ユウキは恥ずかしそうに頬を掻き、ボソボソと呟き始めた。


「今まではただ面白がって、ヤバい事する奴だなーって他人行事で見てたけど、フェニがリーパーの攻撃を受けた時はマジで心配しちゃったし」


「……」


「それに、ガマ子に言ったあの言葉な。フェニなりの配信への熱い思いとか、信念とかが分かって……なんて言うか、視聴者に面白いものを提供したいって強い気持ちが伝わってさ。感銘を受けたって言うと大げさだけど、なんか、そんな感じ」


「……ありがとう、ユウキ」


「な、なんでお前が礼を言うんだよ」


 思わず零れてしまった言葉に、俺は慌てて口を塞ぐが……ユウキは呆れたように笑って言った。


「ま、古鴉はかなりのフェニ信者だしな。ファンが増えて嬉しいのは当然か」


「え、え!?俺そう見える!?」


「当たり前だろ。俺が配信の内容朧気だったみたいな事言うとすぐ教えてくれるし、アーカイブ何週も見てるんだろ?」


「…………へへ、バレちゃったかw」


「バレバレだっての」


 男同士で笑いながら見つめ合う気持ちの悪い時間が数秒続いたその瞬間だった。


 ────教室全体がざわついた。


「あ、シツキちゃん!」


「昨日の見たよ!?怪我とか無い?今日は休んだ方が良かったんじゃ……」


「えっと、その……あはは、大丈夫だよ」


 蒔野シツキ─────彼女が教室の入口をくぐろうとした瞬間、教室内に入れなくなるほどにクラスメイト達が殺到する。


 困ったように微笑む彼女への態度をどう取るべきか、教室の誰もが迷っていた。そんな表情をしてるんだ、みんなが。


『フェニックスについてどう触れるべきか』────それを考えてるんだと思う。助けてくれて良かったねと言って良いのか。余計なお世話だねと言えば良いのか。


 あの後シツキちゃんの配信を確認したけど、上層1階に転移したところですぐに配信は終わり、それまでに注目すべき発言は無かった。それどころかアーカイブでは俺が再生能力を使うところをカットしてくれていたし、BritterのDMで改まったお礼も貰った。


 さて、学校ではシツキちゃんはどういうスタンスで行くのか────。


「本当に、大丈夫だよ……助けてもらったからさ!」


……笑顔で、そう言った。無理矢理取り繕った笑顔かどうかは、この際関係無い。眩しい笑みは、少なくとも俺達には本物にしか見えなかった。人に愛される才能と言うのだろうか……ヒリついていた教室の温度が少し上がった気さえする。


 シツキちゃんの言葉を聞いた教室が落ち着きを取り戻した後、彼女は席へと向かってくる。それを見たユウキが顔を伏せたと同時に、俺は挨拶をした。


「おはよう薪野さん。配信見てたよ、散々だったね」


「……」


「……薪野さん?」


 ────何故だか。シツキちゃんは俺の目の前に立ち止まっていた。斜め後ろである彼女の席に着かず、俺を見つめながら立っていた。


「……古鴉君」


「……は、はい……?」


 ────まさか。


 いや、あり得ない……顔はずっと隠してたし、声の感じだって少し変えてるんだぞ?身長と体格はごまかしようがないけど……そんな、これだけの情報量で俺だと確信出来るはずがない。


 フェニックスは俺だと分かるはずが……ないだろ……!


「その、どうか────」


「っ……」


「────私に、フェニックスチャンネルの事を教えてほしいのっ!」


「…………へ?」


 まだ涼しい朝の教室にて。


 まるで勇気を振り絞って一歩を踏み出したような覚悟の表情で、シツキちゃんはそう言った。











 ー ー ー ー ー ー ー











 本当にただそれだけだった。


 蒔野シツキはフェニックスチャンネルについて知りたかったのだ。


──────昨日、シツキが鎖鎌公式チャンネルから逃亡した後。


「大丈夫ですか!?」


「え?」


 上層1階にたどり着いた直後──────彼女を待っていたのは彼女の視聴者ではなく、視聴者を押し退けた探索者協会の人間だった。


 ダンジョンの雰囲気にそぐわないスーツを着た複数人がシツキを取り囲み、彼女に質問をする。


「お怪我は無いですか?」


「な、無いです」


「……では、『彼』は?」


「彼、って……」


「『フェニックス』は何処へ向かいましたか?」


「──────」


 その時、蒔野シツキは気付いた。


 この協会の人間達は自分を心配していた訳ではなく、最初の質問なんかは建前に過ぎず、本当に聞きたかったのは今の質問だと言う事に。


 彼らの恐ろしいほど強い眼光が、シツキにそう感じさせたのだ。


「……分かりません。配信を見ていただければ分かると思うんですけど、あの人は私を助けるために……」


「──────そうですか。安心してください、鎖鎌公式チャンネルは彼への攻撃を止めたようです」


「……よかったです」


 本心からの言葉ではあったが……協会への疑念は捨てきれない。


 それを分かっているのなら、何故『何処へ行ったのか』と聞いたのか。


(……怪しい。めちゃくちゃな力を持ってるフェニックスさんは勿論、協会も……)


 彼の力の正体は?


 彼が力を無闇に振るわない理由は?


 協会が彼の同行を気にかける理由は?


 協会が彼の同行を追えていない理由は?


(まずいかも。ちょっと気になってきちゃった)


 蒔野シツキを動かすのは好奇心。知りたい、見たい、戦いたい、ダンジョンの奥深くに何があるのかを確かめたいという欲求。


(フェニックスさんの事……調べてみようかな)


 迷宮の果てを見るまでの過程で少し、寄り道をしてみたくなったのだ。


 その後彼女は待ち受けていた視聴者達に揉まれながらも自宅に戻り、フェニックスにDMを送り、そして────。


「……」


『えー……初配信です。自己紹介します……フェニックスです』


 パソコンの前に背筋を伸ばして座り、フェニックスチャンネルの最初の配信を見ていた。


「……なんか、初々しいかも。声もちょっと高め……?ふふ、自己紹介だけして終わるのかな?」


『今日は、中層50階のボスであるオルムスネーク、に……おしっこをかけていきたいと思いm』


「あーだめだこれ」


 即座にブラウザバックし、シツキはパソコンの前で巨大なため息をついた。


「はぁー……企画は最初からヤバいんだ」


 健全な女子高校生である彼女は……というよりそのようなブランドで売っている薪野シツキとしては、例え誰も見ていない配信外の場面でも清純さが損なわれるような行為は控えるべきだと判断した。


「他の配信は……『あの大物配信者が他の探索者の希少素材を強奪!?ならソイツから奪えば俺が全てを手に入れられる説』……『【爆熱】第一回スライム投げ大会』……『【流石に死ぬかも】あの鎖鎌公式チャンネルに「おっぱい揉ませて」って頼んでいくフェニ』……『【謝罪】鎖鎌公式チャンネルさんについて』……こんなのしか無いよぉ!」


 泣く泣く『フェニックス 切り抜き』と検索して動画を探すが、『これを見れば分かる!フェニックスチャンネルの全て』という動画は前編中編後編の三編構成となっている上、一本の尺が二時間超という大作だったため────疲労困憊のシツキには重過ぎた長さだった。


「困ったなぁ、身の回りにフェニックスさんに詳しい人でもいればいいんだけど────────」


 椅子にもたれかかった直後、シツキはガバッと飛び起きて机を叩いた。


「……古鴉、キョウマ君……」


 二年生に進級し、新たなクラスになった事で知り合った同級生の男子である。


 明るい笑顔と富んだユーモア、そして高校二年生にしては高めの身長と、整った顔と身だしなみ。クラスの中心に近いポジションに立つ、いわゆる陽キャ男子なため女子人気は高いが、本人が基本的におちゃらけた性格であるため告白に踏み出せる女子が少なく、加えて一年生の頃に誰の告白も了承しなかった事から彼女はいない。


 ……フェニックスチャンネルをよく視聴しているという点も、彼の惜しさの一つだ。


「フェニックスさんの視聴者って理由で、ちょっと嫌だなぁって思ってたけど……キョウマ君と仲良い子はみんなして『良いやつ』って言ってるし、それに……フェニックスさん自体が良い人だったし」


 そうして彼女は決心し、拳を固めて誓った。


「よぉし、明日思い切ってお願いしてみよう!保坂君も詳しいみたいだし、二人分の情報を聞けたらフェニックスさんを理解出来るかも……!」


 彼女は小さな一歩を踏み出したつもりだった。颯爽と現れ強大な力で自分を救い、にも拘らず力に頼ることはせず悪行によって名声を得ていく男の正体について、少しでも近付くために。


 ────────古鴉キョウマに接触するのは、考えられる中で何よりも大きな一歩だったという事を知らずに。

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