第5話 とっぱつ
フェニックスチャンネルのフェニックス。彼の行った救出劇と、彼の持つ『治癒能力』の情報は瞬く間に拡散された。
─────彼の事を深く知らなかった者にも。
「受けた傷をすぐに再生している……?」
ギルド『暁月の宝珠』の仲間から送られてきた動画を再生した、同ギルドの若きエース……九条キリカは軽い気持ちで見始めた緩い表情を歪める。
「回復魔法では有り得ない効力と速度……ユニークスキル持ちか?いや、だがおかしいぞ。だとしたら何故、その力をダンジョン攻略に使わない?」
【
「何か隠さなければいけない理由があるのか?しかし、これ程の力があれば探索者として大成できるだろうに」
──────何故だか、この男に妙な執着をしてしまうとキリカは自覚していた。
「それに……この声、何処かで聞いた事があるような──────」
また、彼の事を深く知っていた者────『日本炎上系ダンジョン配信者三巨頭』の一人にも。
「おかえり、テオ」
『バフッ!』
「感謝しますよ、彼の声に応じてくれた事……おっと。こらこら、ちゃんと撫でてあげますから」
黒狼の頭部を撫でる男は、『自分も撫でてくれ』と言わんばかりに群がってきたモンスター達に微笑みを投げかけた。
「フフフ……愛しの不死鳥。世界はようやく君を正当に評価し始めるんですよ──────」
そして……彼に執着する者────三人目の『日本炎上系ダンジョン配信者三巨頭』も。
「……なんで」
─────下層にて。
「なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで!?!?!?」
大量のモンスターの死骸の中心に、『鎖鎌』を持った女がスマホを片手に身体を震わせていた。
「え、嘘だよね?フェニはそんな事しないもん……アタシと一緒にこのダンジョンとかいう腐りきった空間と探索者とかいう頭のイかれた連中を燃やし尽くすって言ったよね?うん言った。絶対言った。初めてコラボした時に言った。アーカイブとか何百回も見たんだが……?てかこの女フェニと距離近すぎなんだが色目使い過ぎなんだが気持ち悪すぎなんだが!!」
配信は既に切っているため、魔導ドローンの瞳は暗闇。反射で映し出される景色もまた、闇。
「連れ戻してやる。下らない光の道から、レールの外の『こっち側』に────!」
物語は幕を開ける。フェニックスチャンネルこと、古鴉キョウマを中心に世界に、ダンジョンに激震が走r「あれ、この場所……スライムラッシュ?って事は68階…………」
……そう、激震が走るのだが。
「アタシが今いるのは72階…………」
まず一番最初に走り出したのは────紺色の長髪を靡かせる、┊︎
「待っててね、フェニ……今行くから……その死に損ないの女、殺すから……ッ!!」
ー ー ー ー ー ー ー
「あ、あの~」
「…………終わった」
膝からがっくりと崩れ落ち、俺はダンジョンの冷たい床に手を付けて身体を支える。
「今まで作り上げてきたフェニックスチャンネルのイメージが!俺というコンテンツが!エンターテイメントが!!全部台無しだ…………」
「そんなに落ち込む事です!?」
「しつきんさんには俺の気持ち分からないでしょうけどねぇ!」
顔を上げてシツキちゃんの方を睨んでしまったが、彼女に言っても仕方ない。魔導ドローンが落ちて、配信が一瞬途切れただけで『配信が切れた』と思い込んでしまった俺の落ち度だ。
《よっ、ヒーロー》
《コメント見て》
《まじやべぇwww》
《皆さん、これが『フェニックス』です》
《え、いいひとだったの?》
《鎖鎌最強!鎖鎌最強!鎖鎌最強!鎖鎌最強!鎖鎌最強!鎖鎌最強!鎖鎌最強!》
《でも今までやってきた事は無くならないが》
《鎖鎌最強!鎖鎌最強!鎖鎌最強!鎖鎌最強!鎖鎌最強!鎖鎌最強!鎖鎌最強!》
見た事が無いほどの速度で流れていくチャット欄。…………それもそうか、俺が配信を切ったタイミングで配信を見ていたフェニ信者のほとんどはシツキちゃんがどうなったか確認すべく彼女のチャンネルに移動する。騒ぐのが大好きなネットのゴミである信者たちと、シツキちゃんを救いたい一心のしつきんリスナーたちが各SNSで騒いで拡散して視聴者は爆増。
そして、俺を称える声も……とてもじゃないが、少ないと言える量ではなかった。
「ち、違うんすよ。聞いて皆ァ!俺は……そう、ただしつきんさんとコラボ出来なくなったら困るなって思っただけ!勘違いすんなフェニ。別に助けたかったわけじゃないフェニ!」
《典型的なツンデレで草》
《はいはいw》
《ツンデレ乙》
《お、おう》
《鎖鎌最強!鎖鎌最強!鎖鎌最強!鎖鎌最強!鎖鎌最強!鎖鎌最強!鎖鎌最強!》
《フェニ気付いて》
「クッソが、テメェら……!!」
怒りを込めて床に打ち付けた拳の音は、全然響かなかった。
(……どうすればいいんだ)
問題点は、フェニックスチャンネルの印象が『中途半端』になってしまう事。今の、シツキちゃんを救ったシーンは……さも壮大で勇敢に見えた事だろう。今までの俺のイメージがあっても、だ。
だが罪は消えない。だが人を救ったのは事実。その二つが相反して、今後俺が悪行をしようと人命救助に徹しようと過去がノイズになるんだ。
「……あの、フェニックスさん」
「慰めならいらんフェニ……このままオワコンになってくくらいなら、いっそ引退────」
「そ、そうじゃなくて!なんか、視聴者さんが……」
「?」
「『見てほしい』って言ってるんですけど」
俯いていた顔を上げ、シツキちゃんが持つスマートフォンを凝視する、と……。
《やばい》
《鎖鎌来てる》
《ガマ子の配信見ろ》
《ガマ子見ろ》
《逃げろ》
「────」
「あの、『ガマ子』って何の事なんですかね……?」
「────まさか」
俺はスマートフォンを取り出し、Labytubeを開き通知欄にあるその配信を視聴開始する。
『あのぉ、今ちょっと……緊急で配信してます。ごめんね、さっき閉じたばっかなのに』
『いやほんと無理で……だからもう、アタシが動くしかないってなって』
『急いで68階に向かってます……』
不気味なペストマスク、馬鹿ほど長い紺色の髪。ダンジョンを駆ける足音と騒がしい鎖の金属音。
「分かりました?私、何の事かさっぱりで……」
「しつきんさん」
「え?はい」
「────逃げましょう」
「へ?」
俺は迷わずシツキちゃんの手を握り────上の階へと繋がる階段に向かって走り出す。
「へ、えぇ!?ちょっ、きゅ、急にぃ……!?」
「説明してる暇はマジで無いフェニ!……ただ一言で言うなら────」
申し訳なさでいっぱいになりながらも、出来るだけ茶化して俺は言った。
「死んじゃうかもフェニ!」
「リーパーが帰ったと思ったらまた死の危機に瀕しちゃってるんですか!?」
呪いによって外せない防具、そして同じく呪いによって手放せない鎖鎌であらゆるモンスターを殺戮し、戦闘中の探索者達は鎖で縛り上げ獲物を横取りする……まるでリーパーのような神出鬼没の悪。
「『ガマ子』っつーのは略です。奴の正式名称は『鎖鎌公式チャンネル』……自分で言うと恥ずいフェニが、俺と同じ『日本炎上系ダンジョン配信者三巨頭』の一人で……」
言いよどんだ直後、やはり残る罪悪感に押し切られて俺の舌はそう言った。
「俺の、ガチ恋厄介信者です」
「ガチ恋厄介信者ぁ!?!?」
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