第4話 ︎︎今日も下層攻略!ソロでも突き進んでいくのみ……!

「えー……っと」


────リーパーから逃げるシツキちゃんの姿があまりにも見ていられなくて、俺は逃げるように自分の配信のコメント欄へと視線を移す。


《どうすんだこれ》

《はい氏にましたと。乙》

《おい死体見にいこうぜwwww》

《企画倒れか、まぁしゃーなし》


「うん、ゴミ共しかいないフェニね」


 俺の信者たちはシツキちゃんの事を心配したりはしない。……ゴミにはゴミが集う、これが真理っす。


《さっきは暴言吐いてごめんなさい。シツキさんを助けて欲しいです、お願いします》

《頼む》

《救助配信ってマ?》

《お願いフェニ様;;》


 だが当然、彼女の安全を願う人もいる。近くにいる配信者を突き止めたであろうシツキちゃんの視聴者も俺に懇願しちゃっている。ちらほらと見受けられるくらいの多さだったが……誰かが言い出すと信者達が面白がって真似し始める。


《もうフェニックスにしか無理なんや!》

《行ったれ、一躍ヒーローだぞwww》


「……しょうがないなぁ」


 ため息と共に、手に持ったカメラに告げる。


「─────今回の配信はこれで終わりです。ご視聴ありゃース」


《は?》

《は?》

《は?》

《助ける流れだろ》

《まじでふざけんな》

《は?》


「あのさぁ……は?って言いたいのは俺の方フェニよ。なんなのアンタら、俺に死ねって言ってんの?勝てる訳無いだろ【斬魂死リーパー】に!」


 幽層のユニークモンスターだぞ?あの魔境を攻略しようとしてる『暁月の宝珠』とかの気狂い共ですら避ける化け物だ。


「幸いここは61階!ほら、転移魔法陣あるじゃん。あれで上層まで一っ飛びで帰りますわ!」


《お前が代わりにしねや》

《おもんな》

《命がかかってるんですよ!?》

《ノリ悪いってフェニwwww》

《まぁしゃーないか》

《乙〜》

《乙》


「乙フェニ〜」


 何回擦っても定着しない別れの挨拶の後、俺は配信停止ボタンを……押した。








 ー ー ー ー ー ー ー
















「───ッ!」


 迷っている暇は無い。直面した絶望の対処法はただひとつ、逃げる事のみ。


《何これ》

《リーパー……?》

《やば》

《しつきん速く逃げて!!》

《誰か助けに行ける人いないの!?》


 全速力で薪野シツキはスライムの散らばる道を走る。手にしていた槍もアイテムボックスに収納し、出来るだけ身軽に、ただ逃げる事のみに集中する────。


『……オォオォォ』


「……きゃっ!?」


 空気が吹き抜けるような不安を誘う咆哮の後、ブンッ、と背後の空間に風。……それが大鎌による一閃であるという事はシツキには明白であり、その様子を目撃した配信の視聴者達にも恐怖は伝染する。


(止まったら死ぬ、止まったら死、ぬ────)


 そして危惧していた事が起こる。


 足元に散乱したスライムの死体─────シツキも気を付けていたはずなのだが、それを踏んでしまう。


「あっ……」


 当然、滑って体勢を崩す。すぐにもう片方の足で踏ん張り走行を再開するが……距離は詰められてしまった。


《やばい》

《誰か助けろよ》

《やめて》

《しつきん頑張って……》

《まじでおねがい》


(……来る、攻撃が)


 わずかな布の擦れる音。アイテムボックスを開け、収納していた槍を握る。


 視聴者達にも絶望を感じさせないためには、戦闘する他無いと判断したのだ。


「【エンチャント・セイクリッド】!」


 神々しい光を纏った槍が鎌を受け止める。


 リーパーの容姿はシツキから見て、精霊族の特徴を感じた。実体はあるはずなのだが、浮遊している上に足らしきものが見当たらない。加えて悍ましい雰囲気を漂わせている事から神聖の力を武器に宿し、応戦する。


『コォォォオオ……』


「あっ……!」


 鎌を振り、槍を引き剥がしたリーパー。その時に運悪く激突してしまった配信用の魔導ドローンが床に墜落する。


《あれ》

《落ちた》

《いやドローンじゃね》

《しんだ?》

《じゃあどうするんだよこれ……》

《やばいやばいやばいやばい》

《逃げ切ってくれまじで……》


 コメントは憶測と共に勢いよく加速する。

 もちろん、焦りに焦る視聴者を気にする余裕はシツキにない。天然キャラでありながらもダンジョン配信では常に冷静にモンスターを対処し続けてきた彼女も─────


「……うそ」


 鎌によって切断され、床に落ちた刃の部分がダンジョンに高い音を響かせる。


「……聞いてなかったなぁ、リーパーは……まぁでも、仕方ないか」


 薪野シツキは基本的に、あらゆる事に対して無頓着だった。努力しなくとも何事もそれなりにこなせるが、天才と言うほどでは無い。

 そんな彼女が『生きている』と実感出来たのがダンジョン配信だった。自らの意思で強くなりたいと思い、その努力を褒めてくれる者がいる。


 が……そう都合の良いものではない事も理解していた。


『死』を受け入れ目を閉じ、シツキはリーパーの鎌をそのまま待つ───────


「……どうも」


 ────はずだった。


「え……?」


 滴る血液。自分のものではない。されどリーパーのものでもない。

 目の前に立つ何者か。彼の覆面は血と同じ色をしていた。


「初コラボ失礼します、しつきんさん……!」


「─────フェニ、ックス…………?」


 肩にグッサリと食い込ませたまま鎌を受け止め、大量の血と苦悶の声を漏らすのは……多くの者が忌み嫌う、誰かを救う行為とは程遠いはずの『炎上系配信者』だった。



















 ー ー ー ー ー ー ー












「どうして……どうして貴方が……!?」


 きっとその言葉は『なんでここにいる!?』というよりは『なんでお前がこんな事するの!?』ってニュアンスの方が近い気がする。


「君の配信が切れたからフェニよ」


 聞きたかった答えは多分コレじゃないだろうが、一応大きな理由ではある。


 ─────フェニックスチャンネルはダンジョンでゴミみたいな事して探索者に迷惑をかけまくるゴミ。その評価は崩してはいけない。俺は常に最底辺でいる事で需要を手に入れている。


 だからこんな人助けなんてするべきじゃないんだけど、俺にも罪悪感というモノがある。残念ながらね。次の朝、学校に行った時にユウキの隣の席に誰にも座らないのを黙って見ているのはきっと……とてつもなく気分が悪いだろうから。


 まぁつまり、『面白くない』展開だ。エンターテイナーとして見過ごせないってわけ。


「に、逃げて!私じゃリーパーに勝てないから……!」


「なんだよ、助ける側気取りか?そのセリフを言うべきなのは俺だ」


 ……身体の中心部に、さらに鎌が食い込む。


「そ、んな……私のために──────」


「大した怪我じゃないフェニよ」


『……?』


 ゴキッっと鈍い音が鳴ったかと思えば、リーパーが俺の方を向いて首を傾げていた。そして数秒後────電流が走ったかのように突然、素早く俺の方から鎌を引き抜く。


『コォォォオォォ、オオォオォォオオ……!!』


 威嚇だろうか。フードで覆われた顔は見えないが……明確な敵意が声から伝わってくる。


 ────が、無意味だ。


「…………どうせ治るし、な」


「────────」


 あんぐりと口を開け、俺の『肩』を見つめるシツキちゃん。目ぇかっ開いて驚くのも無理はないか。逃げようにも、絶対死ぬレベルの傷がどんな回復魔法よりも素早く完璧に修復されたらビビるに決まってる。


「なんで……なんで傷が全部塞がってるの……!?」


 すっかり治ってしまった俺の肩を撫でる。……うーん、『コレ』が発動する瞬間はいつも気分が悪くなるな。


「俺は【不死鳥フェニックス】フェニよ?これくらい当然フェニ」


「いやそういう問題なの!?」


「それはそうとして……どうやってコイツを追っ払うか」


 倒すのは……少し面倒だ。俺は確かに『死なない』が、それは『負けない』だけで『勝てる』訳じゃない。


 だから追い払う。リーパーを撤退させるとなると────アレを使うしかない。


『コォォォ!』


「!」


 奴の判断は速かった。俺の肩を纏う黄金の光の性質を感じ取ったのだろうか、すぐに元の標的である────シツキちゃんを狙い始めた。


「させるかよ……!」


 スキル、【アイテムボックス・大】を発動。取り出すのは────今日の配信でも名が上がった『隷従の杖』だ。


「借りるぞ、来い……テオドール!」


 杖の先端を突き出し、俺はその名を呼ぶ。


 直後、リーパーと俺達の間に『割れ目』が生まれる。空間に直接ヒビが入ったような穴から現れたのは……黒い狼。


『……グルルルルル』


「まさか……S級モンスターの『迅狼』……!?」


 唸り声は最初、無理矢理呼んだ俺を忌々しそうに向けられるが、すぐにリーパーへと視線が移る。


『グォォウッ!』


 呼ばれた目的が分かった途端、とにかく速く帰りたいテオドールは思いっきりその爪を振り下ろす。黒衣が裂かれ、応戦する鎌を華麗に避ける狼が次に立てるのは牙。


『コォ、オオオオォォオォォォ……!』


 痛がっているように見えるリーパーはテオドールに噛まれている箇所から出血したりなどはしていないようだ。……が、ゴキ、ゴギッという骨の砕ける心地良い音が代わりに響く。


『ヴルル……ヴァヴッ!』


 魔力操作が特に上手い訳じゃない俺でも分かるほどの、魔力の収束。テオドールの前足に風が渦巻き……形成されたのは風の刃。近くにいるだけで肌がピリつく程の……凄まじい魔力だ。


『……オォォォォォ!』


 迎え撃とうとしたのか、鎌を振り上げたリーパーだが……ピタッと動きが停止したかと思えば、ゆっくりとその腕を下ろし始める。


『ォォォォォ…………』


 それから両腕をだらんと下ろし、死神の姿が段々遠のいていく。距離が離れていくにつれて、黒い霧のように霞んでいく。


 それを追うものは当然、誰もいない。


「ありがとな、テオドール。……あいつによろしく言っといてくれ」


『ワフ』


 迅狼はほんの少しだけ喉を働かせた一声だけで俺に返事をし、空間の穴に飛び込んだ。


 ……さて、二人きりの時間が訪れてしまったわけですが。


「────強すぎる」


「たった一人でリーパーを追い払うなんて有り得ない〜……ってか?」


「だってその通りじゃないですか!『暁月の宝珠』や『千水団』とかのトップギルドだってリーパーと遭遇すれば犠牲覚悟で逃げるしかないって話なのに、それに─────」


 穏やかさを保つ普段の配信スタイルとは反対に、目を血走らせて唾を飛ばすシツキちゃんが見れるのは新鮮だった。


「……絶対に助からない傷だった、はずなのに…………」


「俺がそういう力を持ってる。それだけでしょ」


「ユニークスキル、ですか?」


「ご想像にお任せするフェニ」


 あらゆる探索者の中で、その探索者のみが所有しているスキルを『ユニークスキル』と呼ぶ。普通、スキルっていうのは特定の条件を満たせば誰でも習得可能な『ノーマルスキル』と、ダンジョンに入り周囲の魔力を吸収した瞬間に決まる『ジョブ』毎に習得できる『ジョブスキル』があるんだけど、ユニークスキルはそれら二つとは比べ物にならない力を持っている事が多い。


 ま、この力については見られてもセーフ。大事なのは『善行』を見せない事。正直、『実は強い探検者だったんだ!』とかの見られ方も嫌だから隠してたいのは確かなんだが、本命ではない。


「あーその、今の一連の……君を俺が助けた事については他言しないで欲しい。俺へのお礼だと思ってさ」


「わ、分かりました!って、え?なんでですか……?」


「イメージの問題よ」


「公表した方が絶対イメージ良くなりますよ!?」


「いやいや……普段あんな事やってる俺に求められてるのはヒーロー性じゃないフェニよ。それに映像が残ってないと誰も信じないだろうし、しつきんさん的にも黙っといた方が楽だと思うよ」


「そう……ですね。分かりました。改めてこの度は本当にありがとうございました……!」


「お、黙っててくれる!?ありがたいフェニ〜」


「一応カメラも確認してみます、壊れてると思いますけど……」


 助かった〜!シツキちゃんを信じて良かった……うん、こうして丸く収まってくれるのなら助けて良かったな。胸を張ってそう言える─────


「……」


「どした?しつきんさん」


 石化でもしたのかという固まり具合のシツキちゃん。かと思えばドローンとスマホを交互に見出した。


「……えっと」


「?」


「終わってません、でした……」


「え?」


「カメラ、壊れてなかったみたいで……」


 震える手がスマホを持ち、俺の方向へ突き出される。その画面が映していたのは──────


《リーパーさん悲しみの撤退でワロタ》

《しつきんマジで良かった!!ほんとに死ぬかと思った……》

《しつきん〜!怪我無い?大丈夫……?》

《泣きそう》

《いやフェニ強すぎんだろwwwwwwwww》

《薪野シツキ信者どんな気分?wwwwwwwwww》

《やっぱ『不死鳥』は不死身なんだよなぁ……フェニ最強!》

《お、ゾンビ君ちっす》

《しつきん、助けてもらったのは良かったけどその人とは離れた方が良いと思うよ……?》

《はい、こーれ炎上です》

《同接えぐwwwww》

《鎖鎌最強!鎖鎌最強!鎖鎌最強!鎖鎌最強!鎖鎌最強!》

《てかなんでめちゃくちゃ強いのに上層でオークロードの肛門なんか撮ってたんだよwwwww》

《助けないとか言ってたくせに……ま、ワイは分かってたけどな^ ^》


 シツキちゃんのリスナーと、乗り込んできた俺の信者と、そうでない人達。彼らが形成するのはかつて無いほどの速度で流れるコメント。同時接続者数……29万人。


「俺……終わった……?」


 ある意味始まりと言えるその日。俺が築き上げた炎上配信者フェニックスのイメージは……崩れ去った。

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