第2話 アーカイブ:みんなおはフェニ!今日も一日頑張るフェニよ~

 配信をした翌日の朝。それは一言で表すのなら絶望!楽しんだ分身体は疲労し、安寧の地だったベッドは牢獄と化す。


 まぁ……起きられないと駄々をこねるほど、この俺……古鴉こがらすキョウマは子供じゃないんだけど。


 高校二年生ともなれば、一人暮らしも案外出来るもんだな。


「おはよー…………」


 ……誰もいない食卓に、とりあえず挨拶を響かせる。


 ふと見た時計が指す時刻は7時30分。この瞬間に急がなくて良い事が確定したため勝ち誇った笑みが思わず溢れてしまうが、油断は出来ない。迅速に朝食を詰め込んでいかなければ。


「…………パンで良いか」


 焼くのも面倒だ、とりあえず冷蔵庫の中の────あ、キムチあるな。もうキムチと一緒に食っちゃおう。


『続いてのニュースです。昨日の午後22時頃、ギルド『暁月の宝珠』が下層80階の到達に成功したとの事です』


 テレビを見るという行為をモーニングルーティーンに組み込んだのはつい最近。ネットニュースは結局自分の好みによって摂取する情報が分かれちゃうから、強制的にニュースが流れていくテレビの方が配信のアイデアとかも降りてきたりしそう……そんな考えだった。


 が、思ったよりもテレビってつまんないね。


『現在16歳、高校二年生の九条くじょうキリカさんはその若さで『暁月の宝珠』のエースとして活躍しており────』


「活躍ねぇ。偉くなったもんだな、あのちんちくりんが」


 …………いや、もう昔の事だ。あいつと……キリカと俺が仲良かったのなんて、もう何年も前の事で。幼馴染とか言える間柄じゃない。


『約束だよ!いつか、物凄く強い探索者になって、誰も見た事が無いダンジョンの奥深くに行くの!キョウマも一緒に!』


「…………はっ、ものすごくつよいたんさくしゃ、か」


 どんどん人気者になって行き疎遠になった幼馴染に劣等感を抱けるほど、俺は真っ当な人間じゃない。


 それに、アイツの隣に立ってダンジョンを潜りたかったのなんて────これもまた昔の話だからな。






 ー ー ー ー ー ー ー







 平和と憂鬱の象徴である、ホームルームが始まるのを待つだけのこの時間。朝の涼しさも月曜日という絶望の前では儚い。


「おはよう!」


「あっす……」


 この後ろの席に座る男以外に喋る奴もいない俺は、いつも通り不機嫌そうな陰キャくん……保坂ほさかユウキの方を振り向くのだ。


「ん?おいユウキ、なんでマスクしてんだよ」


「花粉」


「あー……お疲れ様っす」


「うざ。そもそもお前みたいな陽キャで、背も高くて顔も良い奴には分からないだろうけどな、陰キャにとってマスクは標準装備と言っても過言じゃないんだぞ」


「マジ?邪魔なだけじゃね」


 ────本当は少し気持ち分かっちゃうんだけど、学校での俺は結構イケてる方の立ち位置にいるから否定寄りの態度を取らないといけない。キャラ作りってのはネットでも現実でも重要だし、そこは譲れない。


「……ふふっ、あぁそうだ古鴉」


 長い前髪から視線を覗かせるコイツが笑みを浮かべながら自分から話題を振る事と言えば……限られたものしかない。


「昨日のフェニの配信見たか?」


「あ、見た見た!」


「アレはエグかった。リコケンはなんかノリがキツくてムカついてたからケツ穴写したせいでBANされたのめちゃくちゃスッキリしたし……しかも何故かフェニの方はBANされてないのマジで笑ったわ。まぁあいつはBANされたとしてもまた蘇るだろうけどw」


 早口で捲し立てるユウキの姿を見ていると、こいつはファッション陰キャではなく本物の方なのだなと実感する。


 それに─────褒めてくれると自己肯定感も上がるからな。


「しかし、リコケンBANね……フェニックスもよくやるよ。自分の方の配信では肛門を写した時ブレブレなのに、リコケンの方のカメラはきっちり写っちゃってたし」


「リコケンの使ってるカメラが高性能ってのもあるとは思うけど、フェニの事だし俺はわざとやってると──────」


「おはよ〜」


 その声が聞こえた瞬間────ユウキの顔色が変わる。


「シツキちゃん!」


「おはよう!」


「昨日の配信見たよ〜!めっちゃ可愛かった!」


「あはは、ありがと」


 クラスのスターでありネットの海の大スター……人気美少女ダンジョン配信者の薪野まきの|シツキちゃんのご登場だ。


 長く美しい黒髪は正統派な可憐さがあって、いつ見ても引き寄せられる。それに加えてデカい目とデカい胸。男なら鼻の下を伸ばさずにはいられない。


「……チッ」


 が、ひねくれたクソ陰キャのユウキくんはこの空気に嫌悪感を抱き、机に突っ伏す。


「おはよーキョウマ君!ユウキ君!」


「おはよう薪野さん!」


 ちょうどシツキちゃんが俺達の近く……ユウキの隣の席だから、挨拶攻撃を受けてしまうのだ。それに対するユウキ防御策が寝たふり。なんと悲しい生き物か。


「あれ、ユウキ君体調でも悪いの?」


「いや、コイツ寝不足だったみたいでさ。席について即寝たよ」


「あはは、また?このクラス始まったばっかなのに、朝に寝ちゃうの今日で7回目くらいじゃない?面白いねーユウキ君」


「そうそう……面白い奴なんだよこいつは」


 今時、ここまで突き通した陰キャは少ない気がする。突き通した奴は好きだ。何事も中途半端な人間はつまらない。


 ……が、シツキちゃんと話したくないってのは俺も同意だったりする。陽キャオーラが眩しくて、とかの理由じゃなくて──────いずれ俺と『コラボ』した時に、声を覚えられたら厄介だからだ。普段の生活と配信では出来るだけ声色は変えてるつもりだけど、限度ってのはある。


(……でも、絶対面白いよなぁ……炎上系配信者と、天才肌の美少女配信者)


 シツキちゃんはなんと、高校生にして中層をソロで攻略出来るのだ!……まぁ、正直強すぎるね。所持スキルも強力なモノばっかだし、色々なギルドから声はかかってるみたいだけど……今の人気と強さがあれば一人でもやっていけるんだよな。


 ……ま、これほどの強さだし、何かしらの『ユニークスキル』でも隠してるんだろうけど。


 そしてそんな奴への突撃を──────愛しき俺の視聴者達は求めている。


「てかさ〜シツキちゃん、見た?昨日のアレ……」


「アレ?」


「リコケンがBANされちゃったやつ!」


 シツキちゃんを囲う女子達が唾を飛ばす。……配信の後は結構、俺のクラスの奴らはこういうふうに話題にしてくれる。


「マジ最低じゃない!?リコケン最近ハマってたから許せない……」


「……そうだね」


 ユウキの机に肘をつきながら耳を傾ける。


「ダンジョンってやっぱり危険な場所だから。それなのにあぁいう風に他人に迷惑をかけて荒らしていくのは……絶対ダメだと思う」


「だよねぇ〜!!」


「……それが面白いんだろ」


 もちろん、このユウキの声は近くにいる俺ですらやっと聞き取れたくらいのクソミニボイス。

 あぁ、でもユウキよ。俺は声を大にしてお前の言葉を復唱してしまいたい。この教室の空気をぶち壊してしまいたくなる。


 だが─────やがて来るお楽しみのために、それはやめておこう。


(この俺……古鴉キョウマという人間が『フェニックスチャンネル』とバレてはいけない……絶対に)


 登録者は約70万人。平均同時接続者数は2.5万人。まだまだですか?そりゃ手厳しい。


 探索者と戦闘中のモンスターを漁夫って報酬を掻っ攫った事もあれば、強力なモンスターが蔓延るはずの下層に上層のスライムを筆頭とする雑魚モンスターを大量に運んで配信者や大手ギルドメンバーを困惑させた事もあれば、人気配信者が用を足している最中に突撃した事もあった。


 何度BANされようと蘇る、日本炎上系探索者三巨頭の一人─────『フェニックス』。


 それが俺だという事は……誰も知らない。


 知られてはいけない。

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