1-2 乙女ゲーのヒロインは結構死ぬ
ファンの間でメインヒーローであるローレンスは光、ディランは闇と評されていた。これは二人の敵性魔法が光魔法と闇魔法であったことが大きい。それ以外にも、この二人が対比関係であったことが影響している。
メインヒーローであるローレンスは第三王子という輝かしい立場。攻略ルートに突入すると第一王子、第二王子を退けて、王位につく。他の攻略対象ルートでも王子という立場を活かして、ヒロインと攻略対象をサポートしてくれる心強い味方である。
一方、ディランはほとんどのルートでヒロインと攻略対象の間に立ち塞がる敵である。理由はこの世界で闇属性魔法は差別対象であること、ディランが前王に迫害された一族の生き残りであるためだ。魔法学院に入学したのも王家に近づき、復讐を果たす機会をうかがうためであり、同じ理由でヒロインたちにも接触してくる。
「あなたは光の道、闇の道、どちらを選ぶ?」というキャッチコピーからも、制作陣が意図して二人を真逆な立場に置いたのだと考察されている。二人の間で揺れ動くヒロインとともに、プレイヤーも情緒を揺さぶられ、ファンの間でどちら派なのかで揉めることも少なくない。
だが、フローラは迷わない。ディラン一択である! 他の攻略対象も好きだが、一番を決めろと言われたらディランしかいない。見た目、性格、そしてストーリー。全てがフローラ好み。初めて買った乙女ゲーで、初めて攻略したキャラクターのために思い入れも深い。なにより……。
フローラは目的地へ向かってまっすぐに進んでいた足をとめる。目の前に広がっているのは魔法訓練場に続く林。その一画にディランがいることをフローラは知っている。
君つむはマップ選択制の乙女ゲームであり、イベントが起こる場所、攻略対象がいる場所にはアイコンが表示されていた。狙った攻略対象がいる場所を選択して行き、親睦を深め、イベントを発生させ、さらに親睦を深める。そうしてゲームを進めて行くのだ。
フローレンスがよくいるのは教室、図書館など人が多い場所。それに対してディランは今向かっている林や鍛錬場など、人気のない場所にいることが多い。
いるかどうかは半ば賭けだが、今日会えなかったとしても同じ学院のクラスメイトである。いずれ会うことは出来る。それが分かっていても、早めに会えるものなら会いたいとフローラの足は速まった。
学院の職員によって整備されているらしく、林の中は思ったよりも歩きやすかった。ゲームマップでは「訓練場前の林」の一言で終わっていたが、実際に来ると思ったよりも広い。
石畳に慣れた足は土の感触にフローラは新鮮さを覚える。前世ではコンクリートジャングルと呼ばれる都会生まれ、都会育ちだったので、ちょっとした冒険気分だ。
木の枝や葉を踏みしめる感触が珍しく、小さな子供が裸足で芝生の上を走りたがる理由がよく分かった。
記憶を思い出すまで、自然豊かな光景は当たり前だった。だというのに、前世の無機質な街並みを思い出したとたん、新鮮味をおぼえてしまう。
奇妙な感覚だと思いながら、フローラは新鮮な空気を胸いっぱい吸い込んだ。といっても、こちらの世界は魔法が発達している分、科学という分野は注目すらされていない。空気が汚れているなんて発想すらない。昨日までは普通だったのに、急に異世界に迷い込んでしまったような疎外感に、フローラは木々の隙間から差し込む日差しを見上げて目を細めた。
浮かれていた気持ちが急に沈んでいく。推しに会ったからといっていって、自分がこの世界において異端であることは変わらない。向こうは世界の主役とも言える攻略対象。対して自分はモブである。
引き返そう。そう思って踵を返そうとしたとき、詠唱の言葉が聞こえた。
よく通る低い声。イヤホンをつけ寝る前に、起きがけに、何度も何度も聞いた推しの声。間違えるはずがない。
引き返そうと思っていたのも忘れて、フローラは声の方へと近づいた。かろうじて気配を殺す理性は残っていた。
木々の隙間から覗くと、濃い水色の長い髪をした少年が立っている。切れ長のつり上がった瞳、引き結んだ唇。不機嫌そうな顔に、近づくなというオーラをまとう姿はゲームと変わらない。
推しがいる!! とフローラは感激し、フラフラと近くの木の幹にすがりついた。なにかを支えにしないと立っていられない。気を抜くとグヘヘとか、女の子があげてはいけない変な声が漏れそうなので、口を手で覆った。
不審者に見られているとは知らないディランは、小声で魔法の詠唱をする。すると手に黒い棒のような物が現れた。
ダークアロー。魔力で作り上げた矢を敵に向かって飛ばす、闇属性の魔法である。
見れば、ディランの正面に立っている木の幹にはいくつもの穴が空いていた。ここで魔法の練習をしているのだろう。
学院には魔法の練習を行うための施設がいくつかあるが、ディランはそれらを使わない。なぜなら闇属性魔法を使えることを隠しているからだ。
闇属性魔法の適正者は前王による迫害より数を減らし、多くは国外に逃亡。残った一部はディランのように魔道具を用いて、他の属性に擬態している。闇属性とバレると迫害された一族の生き残りだと疑われ、問答無用で捕らえられて、拷問を受けるからだ。
ディランは日頃、水属性の魔法使いに擬態している。実は闇属性だと偶然知ってしまったイヴは、ディランに監視されるようになる。攻略ルートに入る前のディランはイヴを監視し続け、突然現れては小言をいうので序盤は嫌いだというプレイヤーが多い。
しかし、ルートに入って好感度を上げるにつれて、態度は軟化する。闇属性であり、復讐を誓って生きてきたという生い立ちから、頼れる人も信じられる人も誰もいなかったディランはイヴに依存するようになっていく。
ルートに入る前と後のギャップが激しいキャラクターのため、ルートに入ってから沼に落ちたプレイヤーは多い。しかも、過激派になるプレイヤーが非常に多いため、メンヘラ製造機と言われた男だ。
さて、そんなメンヘラ製造機が目の前に実在している。そう、少しずつオタク心が満たされ、冷静になってきたフローラは気がついた。
ディランがデレるのは攻略対象の中でもかなり遅い。そしてデレたのはヒロインであるイヴ一人。闇属性差別をなくすため、協力をしてくれるフローレンスに対しても塩。モブに対しては塩どころか氷だと言われている男である。
そこでフローラは自分の立ち位置を思い出した。
イヴはフローレンスや他攻略対象と親しかったため、復讐の助けになる可能性を考慮して、闇属性と知られても殺されなかった。その代わりに監視されたわけだ。
しかし、ここにいるのはヒロインのイヴではなく、モブのフローラ。攻略対象との接点は一つもない。唯一誇れるのは、親友が超絶美少女ということだけである。
つまり、闇属性魔法を見られたと気づかれたら殺される。
推し、カッコいい♡なんて呆けている場合ではなかった。そう気づいたフローラから血の気が失せる。いくら推しとは言え、推しに殺されるなら本望だなんて特殊性癖は持っていない。推しを出来るだけ長く視界におさめ、ハッピーエンドを迎えるまで見守りたい。こんなところで死にたくない。
前の人生だって、二十歳で死んでしまったのだ。前よりも早く、十六歳で死んでしまうなんて、もう嫌だ。
死の恐怖が体を支配する。冷静さを失った体が本能のままに後ずさり、足下にあった小枝を踏む。パキンという音がやけに響いた。
「誰だ!」
推しが険しい顔で振り返る。その顔はゲームでよく見たもので、こんな場面でも嫌になるほど格好よく、フローラを絶望させるには十分だった。
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