乙女ゲーのモブに転生したら推しの様子がおかしい
黒月水羽
第一話 推しの様子がおかしい
1-1 まさかの乙女ゲーモブ転生!?
フローラ・フローレスの横を桃色の髪をした美少女が通り過ぎていく。思わず振り返り、少女の後ろ姿をじっと見つめ、フローラは眉を寄せた。
「どこかで、見たことある気がするんだよね」
うーんと唸りながらそう呟くと、隣を歩いていた幼馴染であり親友、エンジェリカが足を止め、フローラと同じく振り返る。
ふわふわした綺麗な銀髪が揺れ、長いまつげに彩られた、透き通るような青い瞳が目に飛び込んでくる。
こんな美少女が自分の親友である事実に、たびたびフローラは驚いてしまう。先程すれ違った美少女と一緒にいたほうが違和感がない。だが、間違いなくエンジェリカはフローラの親友だった。
エンジェリカは、立ち去っていく少女の後ろ姿をじっと見つめてから、フローラに向き直る。
「イヴ・ベネット。世にも珍しい増幅魔法の適性者だって」
「増幅魔法……」
またもや聞いたことのある単語である。イヴ・ベネットという名前にも、ものすごく聞き覚えがある。
同じ新入生なのだから、どこかで聞いていても不思議じゃないのだが、そういうのとは違う。どこかで聞いたレベルではなく、自分にとって馴染みのある名前だった気がする。
それなのに、どこで聞いたのかが思い出せない。
フローラは再び「うーん」と唸りながら腕を組み、首を傾げた。眉間にはかすかにシワが寄っている。喉元に何かが引っかかっているのに取れない。そんな煩わしさがある。
「どこかで見たことある気がするんだけど……でも、ベネットさんみたいな美少女、忘れるとは思えないし」
「私よりも美少女?」
「ベネットさんは可愛い系、エンジェリカは美麗系」
フローラの答えに満足したらしく、エンジェリカは誇らしげに胸を張る。黙っていれば、天から舞い降りた天使のごとき美しさなのだが、喋ると幼く、結構残念だ。そんなところもフローラは気に入っているのだが、喋ったら思ったのと違ったと、勝手に幻滅する人は男女問わず多いらしい。
思考がそれそうになったことに気づいて、フローラはイヴが立ち去った廊下を見つめる。すでにイヴの姿はない。廊下では魔法使いの卵を示すローブを着た同級生たちが、それぞれ休憩時間を過ごしている。
王立魔法学院。
アルヴィオン王国中から魔法の才能のある子供たちを集めた、魔法学校である。十六歳から三年間、才能さえあれば身分に関係なく魔法を学ぶことができる。商人の娘であるフローラが、貴族に混じって勉強ができるのは魔法の才能があったから。魔法適性がわかったときは、両親と手を合わせて飛び跳ねるほど喜んだ。
期待に胸を膨らませ、入学してから一週間。学院はベッドで思い浮かべた妄想通り、豪華な内装に高い天井、広い敷地を有していた。
あまりにも妄想どおりだった。既視感を覚えるほどに。
フローラはまたもや「うーん」とうなり、首をひねる。入学して数日しかたっていないというのに、何度も何度も、見慣れるほどにこの光景を見たような気がするのだ。
「えぇっと……こういうのなんていうんだっけ? デジャブ?」
「それ、どういう意味?」
エンジェリカに聞かれてフローラは固まった。言われてみれば、どういう意味だろう。自然と口から出たが、意味もわからなければ誰から聞いたのかも思い出せない。
フローラは今度は大きなため息をついた。
「また、いつものやつ」
フローラの答えにエンジェリカは納得する。フローラには昔からこういうところがあった。自分でも意味のわからない単語を急に口に出す。その時はそれが一番適した言葉だと思うのに、どういう意味と聞かれると説明ができない。
自分はどこかおかしいんだろうか。そんな不安にかられて、フローラはすがるようにエンジェリカを見た。エンジェリカは少し考える素振りを見せてから、いたずらっ子のように笑う。容姿が天使みたいだから、その表情はかなり様になった。
「きっとそれ、前世の記憶だよ」
「んなバカな……」
そう言いかけて、なにかが引っかかった。いや、腑に落ちた。なるほど、これは前世の記憶かと納得した途端、頭の中に情報が溢れてきて、フローラは頭を押さえた。いきなりしゃがみこんだフローラに、エンジェリカが驚いた顔をする。
大丈夫? という焦った声がする。返事ができない。エンジェリカの声がひどく遠く、頭に溢れた映像と情報で聞き取れない。
そして、ふいに気づいた。
「ここ、乙女ゲームの世界だ!?」
前世、行ってみたいと何度も夢見た魔法学院の廊下に、フローラ・フローレス。日本名、
※※※
乙女ゲーム「君と紡ぐ未来の魔法」、略して「君つむ」は、魔法世界を舞台にした王道学園ものである。
主人公は愛らしい容姿に、明るく前向きな性格。しかも努力家で謙虚とう完全無欠の美少女、イヴ・ベネット。メインの攻略対象は金髪碧眼王子という王道を行く、ローレンス・アルヴィオン。
そのほかにも個性豊かな攻略対象が登場する人気作。
フローラにとっては初めてクリアした乙女ゲームということで、思い入れが深く、ゲームの中に入ってみたいと妄想した作品である。
といってもだ、本当にはいるとは誰が思うだろう。たしかに前世の世界では、異世界に転生する作品が流行っていた。主人公に限らず、悪役やら、モブやら、ありとあらゆるキャラクター、しまいには無機物に転生するほど流行っていた。
だからといって、自分の身にふりかかるなんて誰が思うだろう。妄想は、妄想だから楽しいのであって、現実になるとちょっと違う。
フローラは人気のない裏庭で頭を抱えていた。ゲームの中で何度もみた光景が広がっている。ここがフローラのよく知るゲームの世界であることは間違いないようだ。
いや、何でだ。どうしてこうなった。
意味がわからなくて、ベンチに座ったままため息をつく。ここは攻略対象の一人が手入れしている裏庭で、花壇には綺麗な花か咲いている。ここにヒロインが訪れると攻略対象とのイベントが発生するのだが、今のところ人っ子一人いない。鳥すらいない。
お前はお呼びじゃねーんだよと世界に言われてるみたいで、ちょっと凹む。
「いやでも、そーだよねえ。お呼びじゃないよね。だって私、フローラ・フローレンスなんてキャラ知らないもん」
思わず虚空に向かって話してしまった。それだけフローラは混乱している。
乙女ゲームの世界に転生する漫画や小説はたくさんあったが、主人公が転生する対象はヒロインか悪役令嬢だ。友人キャラやモブに転生する作品がなかったわけではないが、ヒロインや悪役令嬢に比べると少数派。その少数派になってしまったのだと考えると、フローラは微妙な気持ちになった。
せめてヒロインであったらと考えて、すぐさま無理と額に手を当てた。だって、このゲームのヒロインは完全無欠の美少女、イヴである。顔よし、性格よし、魔法の才能もある。どんな困難にも立ち向かう折れない心、どんな悲劇もハッピーエンドに変える幸運を持っている。ヒロイン中のヒロイン。外見だけイヴになったって、同じように困難に立ち向かえるなんて、フローラには思えなかった。
そう考えると、モブに転生したのは幸運に思えてくる。悪役に転生していたら苦労するのは目に見えている。ならば、ヒロインと攻略対象の恋愛模様を見守る、名もなきモブポジションは最高ではないか。そう、転生してすっかり忘れかけていたオタク心が歓声を上げた。
生まれ変わってしまったものはしょうがない。池田鈴の人生は幕を閉じてしまったのだから、フローラ・フローレンスとして新たな人生を楽しもう。
そう前向き思考に決着したフローラは、ベンチから立ち上がると両手を握りしめた。誰かに目撃されていたら、不審者扱いされそうだが、ここは人気のない裏庭である。ゲーム知識があって良かった。
となれば、フローラにはどうしても会いたい存在がいた。君つむにおいて、いや、前世でプレイした乙女ゲームの中で一番の推し。攻略対象の一人である、ディラン・クーパーである。
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