8:遺書

「なにが入っているんだ」


 腰にタオルを巻き、カップを片手に彼が歩み寄ってくる。

 口の中に微かなダージリンの香りを感じながら、わたしは鍵の付いた引き出しを探る。


「父は最期にこれを残していきました」


 取り出したお守りの中には記録メディアが入っている。


「中身は」

「わかりません。わたしも見たことないので」

「どうして」

「すぐには中を見ないことが父との最期の約束でした」

「約束が多いな」


 皮肉交じりの彼は納得していないようだが、それ以上は訊かれなかったことに救われる。それを彼に言うことは、今のわたしにはあまりにも恐ろしいことだから。


「とにかく中身を見てみないと」


 デバイスに読み取らせると保存されているファイル名が表示される。

 たった1つの電子署名付文書ファイル、作成日は父の命日だ。

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