第34話



 とある豪奢な屋敷にて。



「まったく由々しき事態になったな……」



 その一室に、七人の男たちが集っていた。

 全員の顔は酷く渋い。



「歴史の浅い大文字だいもんじ家め。ようやく消えたと思ったら、妙なガキを残しやがって」



 忌々しげな眼で、部屋に用意された巨大モニターを眺める。


 そこには『話題の特等赤ちゃん、ついにお披露目行列へ!』とテロップの打たれた、ローカル番組の映像が映し出されていた。



「はぁ。赤ん坊ごときに特等の地位が与えられるなど、全術師への侮辱だと思わんか?」


「応とも。特に、我ら『退魔七家』にとってはな」



 そう。

 彼らこそ、太古の時代より強大な力で呪術界を席巻してきた七大名家『退魔七家』の党首たちである。


 この場はいわば互助会の場だ。

 かつてはいがみ合っていた彼らだが、『呪術総會』総統の座が土御門ランギョウという男に代わってからは、協力体制を築いていた。

 というのも、



「現総統……あのふざけたジジイは無礼極まる。歴史というのをまるでコケにしているのだ」



 もう二十年ほど前のことになる。


 暗闘の末に土御門ランギョウが総統の地位に着くや、彼は呪術師の『等級付与基準』を一新させた。



「以前は、“本人のある程度の実力と、歴史の中で家がもたらしてきた成果”が等級の審査基準だった」


「がしかし」


「“本人の実力一点のみを評価とする”だと? ふざけおってぇ……!」



 結果、呪術界の等級図は大きく変わることになった。


 それまでは『退魔七家』当主は全員が『特等』だったのだが、新基準によりその地位を剥奪。


 多くの者が一等術師程度にまで降格された。



「しかも例の赤子のように、家の歴史の浅い者らを特等にする始末だ。どこで見つけたか知らん会社員まで特等にするんだからムチャクチャだ」


「うむ。近年では七家の一角が、大文字家などという興隆したばかりの家に奪われたりもな。あのジジイが“名家の順位は上納金の額のみで決めりゅ”と言い出したからだ」


「あのナマグサ糞ジジイめ……!」



 愉悦を求めて好き放題に生きる新総統。


 かの狂老に振り回され、今や『退魔七家』は窮地に立たされていた。


 現状は支配地域から多額の上納金を得ることで地位を保っているが、将来はどうなることか。



「……ジジイの死を待つ方針だったが、奴め一向に衰えん。それどころか日々女を娶り、子を産ませまくっている妖怪だ」


「ああ。これはそろそろ反攻に動くべきかもしれんな。現特等連中含め、邪魔者を全て排除してやる……!」


「となると、一番に狙うべきはまだ未熟な……」



 全員の意識が再びモニターに向く。

 そこには、音楽と共にいよいよ大通り前のビルから出てきた、母親に抱かれた赤子の姿が。



『あぁっ、ウタくんがついに出てきました! 可愛らしい衣装を身にまとってますね~! 奥様も聡明そうで麗しい!』



 賞賛するリポーターと歓声を上げる民衆たち。


 その光景を前に、男たちは暗い笑みを浮かべる。



「決めたぞ。あのガキから始末してやろう」


「うむ。本人以外の戦力も……フッ、母親に続いて現れたメイド一人だけか。ずいぶん寂しい特等の家だ」


「最上級妖魔を従えていたらしいが、どうせ無理な契約で一時的に協力を取り付けただけだろう。あれならば、全員で襲えば暗殺もたやすく……!」



 と、七家の一人がそう言いさした時だ。


 大通りに詰めかけた観衆の群れが、上空を見て悲鳴のような声を上げた。



「な、なんだ?」



 撮影カメラも上を向く。

 すると、



『よッ、妖魔の群れです! 百体ほどの妖魔の群れがウタくんに向かっていきます!』



 すわ強襲かと叫ぶリポーター。

 がしかし、



『いやっ……見てください! 妖魔を先導する可愛いキツネの女の子、あれはたしか動画にあった、ウタくんの式神ですね! となると』



 現れた妖魔たちは“ウタ総長! あっしらも行軍でっぱつに加えてくだせぇ!”とでも言うように、赤子の背後に付き従った。



「ぬ、ぬぅぅ……!?」



 途端に生まれる百鬼夜行。

 なまじ数人の術師を従えるより、よほど恐ろしき光景である。



『おぉっ、ありゃ全部ウタ様の式神なのかー!』

『まさに百鬼夜行だな!』

『ウタ様と同じくらいあの白いキツネ娘ちゃんかわい~!』



 観衆たちも状況を理解。

 恐怖から一転、最初よりもさらに盛大な声を上げて赤子を見送っていく。



『ウタ様なにか言ってーーー!』


『かれはじゃい』


『私たち民衆のこと守ってくれますか~!?』


『ゆりこー』



 赤ちゃんらしい謎コメントに人々は爆笑の大盛り上がりだ。


 寂しかった数人の行軍は大パレードとなり、テレビ画面を大いに賑わせた。



「ぬぬぬぬぅぅぅうううう……!」



 なお、暗殺を目論んでいる『退魔七家』にとっては全く不愉快な事態である。


 七人は画面を睨みつけ、いまいちど暗殺計画を練り直すのだった。



「「「「「「「絶対に殺してやる!(((((((ところでゆりこってどういう意味だ……?)))))))」」」」」」」



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


※ウタ様語訳



『ウタ様なにか言ってーーー!』


『かれはじゃい(※いやぁこんな見通しのいい大通りを闊歩なんて緊張ですよ。ま、歩いてるのは母なんですけどね(笑)赤ちゃんジョーク(笑))』


『私たち民衆のこと守ってくれますか~!?』


『ゆりこー(※民衆ファーストで頑張ります)』


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