第29話



 一瞬だった。


 実体化した最上級妖魔『白面狐ハクメンギツネ』こと白。

 彼女が呪力を滾らせるや、深谷の操る妖魔の群れは炎に包まれ消滅した。



「なっ、なんだと!? 突然出てきたそいつのせいか!? その和服の……キツネ耳のチビガキはなんだ!?」


『チビガキ言うな』



 白はすっかり小さくなっていた。


 俺との戦闘で消滅寸前に追い込まれた影響らしい。

 呪力自体は俺が吸わせてやったから回復したが、『魂の核』自体が削れてこうなっちまったんだと。

 元はお姉さんだったのにな。



『ちっ。さらに情けない姿になってしもうたわ。平安時代の姿まで戻るのにどれくらいかかるか……』



 不機嫌そうに三本の尾を揺らす白。

 五本あった尾のほうまで減ってしまったようだ。


 だが、



『まぁよい。今は、あの気に入らん餓鬼をなぶり殺すとしようか……!』



 小さな身体から溢れる莫大な呪力。

 それ自体はむしろ、俺と戦った時より増しているくらいだ。



『不本意の隷属だったが、ぬしさまのくれる呪力自体は極上で濃厚じゃからの。まぁアチラよりはよい労働環境じゃよ』



 忌々しそうな目で深谷の妖魔圧縮刀を睨んだ。

 散々な同胞の扱いにだいぶ腹を立てているらしい。


 ちなみに、



「ななななななッ!? この呪力圧、間違いなく『危険度レベルファイブ』以上の最上級妖魔!?」



 監督代行のメガネさんは白を見てビビリ散らしてた。



「みたわ(白は良いやつだぞ。怖くないぞ?)」


「なっ、何を言ってるのかわかりませんが、ウタくんあんなのを『式神』にしてるんですか!?」

 


 そうだよ。



「はぁー……どうやったか知らないですが、危険すぎますってぇ~……! え、今までずっと私の近くに危険度ゲロヤバ妖魔がいたってことですよねぇ!? ひぃー!」



 まーたメガネさんに心労かけてしまった。

 ごめんねメガネさん。


 それに比べて、



『ほひょひょひょひょぉ~ッ!? 流石はウタ! まさかあんなゲテモノを式神にしているとは~~ッ!』



 土御門爺さんのほうは相変わらずテンション爆上がり中だった。

 この人はブレねぇなぁ。


 

「クッ、クソッ!」



 っと。意識を戦いに戻すと、深谷が白を睨みつけていた。



「そっ、そういうことだったんだな!? なっ、何人の命を捧げて協力させたかは知らんが、その妖魔がこっそり手を貸したせいで、イラガ師匠は負けたんだなっ!? 悪に魂を売りやがって!」



 て何言ってるんじゃい。

 こいつと契約したのはイラガ戦の後だし、そもそも、



『イラガァ? あぁ、わらわを放置しとった呪術師の名か』



 と言って白が鼻を鳴らした。

 まぁその通りだな。



「なっ、なんだと!?」


『妾は元々、そいつの縄張りの一つである村に寄生しておってなぁ。じゃが例の術師は村人どもからの要請も無視し、妾を好き放題にさせてくれてたわ。感謝感謝じゃ』


「そ、そんな……男らしいイラガ師匠が、妖魔にビビっていたと……?」


『いやぁそれ以前の問題じゃろ。上納金も払えぬ村の連絡など絶っていたと見える』



 だからそもそもイラガは知らなかったんだろ。

 自分の膝元で、最上級妖魔が血肉を吸って成長し続けてたなんてな。



『男らしいかは知らんが、人でなしな師匠と見えるのぉ?』


「うッ、うるさいっ! そんな事情なら悪いのは金のない村人だッ、師匠は悪くないんだ!」



 深谷は刀を構えなおすと、足裏に呪力を滾らせた。



「殺す。赤子もキツネ女の貴様も、丸ごと殺して師匠を喜ばせてやる!」



 瞬間、一気に深谷は駆けた。

 凄まじい瞬発力だ。

 踏み込みに『衝撃強化』を使ったんだろうが、それを抜きにしても相当鍛えぬいたんだろう。



諸共もろとも死ねェーーーーッ!」



 迫る高速の突撃。

 それを前に俺が動こうとしたところで、白が小さな手で制した。



『ぬしさまならば勝てるだろうが、ここは他に任されよ』



 お、白がやるってことか?


 そう視線で問うと、彼女はかぶりを振り、



『いいやおるじゃろ。もっとよさそうな連中がな』



 そして彼女は印を結んだ。

 ついに深谷が斬りかかった刹那、再び浄化の炎が舞う。



『“業火・烈尽・われが統べるは紅蓮の地獄”! 解放『浄炎呪法』!』



 激しく噴き出す白い炎。

 その向かう先は、深谷の手にした呪具『黒刀ムラマサ』だった。



「なにッ!?」



 咄嗟に刃を手放す深谷。

 身体への延焼を避ける選択は素晴らしい。

 が、



「くろぬりぶんしょ(そりゃ悪手だよ)」



 浄化の炎は概念さえ焼く。

 それこそ、


 結果、



『『『ギシャァァアアアアアアアーーーーッ!』』』



 妖魔の群れが溢れ出した!


 深谷の妖魔支配能力『百鬼呪法』から解き放たれ、刀に圧縮されていた連中が自由になったのだ。



「なっ、なんだとぉおおーーーッ!? おいお前たちっ!?」


『刀を捨てたのが悪かったのぉ。術師の手から離れたことで、抵抗もなく呪法効果だけ焼けたわ』



 溢れた低級妖魔軍。


 彼らはちょっと生焼けになりつつ、ロリ狐の下に“姉御ォ! 根性ヤキあざッス!”とでも言うように意気揚々と集結した。



「くっ、くそ……手放さなければ、呪力を纏わせて、炎に耐えることも……っ!」


『そんな選択おぬしに出来んよ。なにせ平気で妖魔どもを使い捨ててきたおぬしじゃ。その手にはずっぷりと捨てグセがついてるはずじゃろぉ?』


「くぅう……!」



 流石は悪感情から生まれた妖魔と言うべきか。

 深谷の心理を突きつついじり、ケヒケヒと笑っていた。



『さてそれじゃあ』


「しゃざいかいけん(決着と行こうか)」



 俺と白の意思を受け、妖魔軍団が“待ってました!”と深谷に突っ込む。



「やっ、やめろっ!? オレは主君だぞ! くるなっ!」



 当然、そんな叫びは聞いてもらえるはずがなく、



『『『ギシャシャァァアアアアアアアーーーーッ!』』』


「うわぁーーーーーーーーーーーーっ!?」



 深谷は一気に群がられるのだった。


 人気者だなぁ?

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