第25話



「にちだい、あめふとぶ……!(誠に、申し訳ございませんでした)」

 


 術師登録試験は一時中止となった。


 三十人近くいた受験者の内、俺の呪力の波動に吹き飛ばされたり当てられたりで、八割の人間が失神してしまった。



「たいま、20にん、しよう……!(二十人以上がダメになって、受験者数人になっちまったよぉ~……!)」



 また試験場もグチャグチャだ。

 監督代行のメガネさんは「ど、どうしてこんなことにぃい……!」と絶望していた。

 いやマジごめんて。



 なお、



『ぶッ、ぶはははははははははぁッ! やってくれおったのぉ赤子よッ!』



 本来の監督役こと『呪術総會』トップの土御門爺さんは大爆笑していた。



「りじちょう(おいボスなにわろてんねん)」


『ぶふふッ。あぁウタと言ったな貴様? 例の動画でトンデモ具合は見ておったから期待してたが、まさか試験の前段階で受験者どもを薙ぎ払うとは思わんかったわっ! がはは!』



 ってがははじゃないだろーが!

 俺がやっちまったことだから指摘するのもおかしいが、これ大問題じゃないのか?


 そう思う俺だが、爺さんは何も気にせず、俺を見てふむふむと顎をさする。



『その呪力の上昇っぷり。日ごろの特訓だけでなく、死線を超えた結果と見える』



 なに?



『人間の脳が最も呪いを発する瞬間。それは“誰かに殺されかけ、命を落とすまでの一瞬”だ。死にゆく焦りと相手への怒りが、凄まじい量の呪力を産む。そんな覚えはないかね?』



 おぉ、めっちゃあるわ。

 実際、俺は数日前に『白面狐』っていう最上級妖魔と戦って死にかけた。


 で、死ぬ寸前に『ふざけんな!』って思って大暴れしてやったっけか。

 そん時に成長してたんだなー俺。



「びぎゅもたぁ(そもそも前世で死ぬ瞬間すら、俺を轢いたクルマやら、そのクルマを咄嗟に避けきれなくなるくらい深夜までコキ使ってくれたクソ会社やらに怒り燃やしてたしなぁ)」



 そんな経緯も俺の呪力量アップに役立ってるのかもしれないなぁ。



『心当たりがあるようだな。さて貴様ほどの赤ちゃんを追い詰めるとは、どんなバケモノとったか詳しく』


「ちょっ、ちょっと土御門総統!? なにをのんきに赤ちゃんと会話してるんですか! この事態どうすればいいんですかーーー!?」



 とそこで。

 監督代行のメガネさんが叫んだ。



『あぁ、そういえば何とかせねばな』


「そういえばじゃないですよッ! と、とりあえずその赤ちゃんは失格にします!? 試験中の他者への攻撃はルール違反です!」



 おぉうマジか。

 いやまぁそりゃそうだよな。他の受験生ぶっ飛ばすヤツとかアウトだわ。



「しゃざいかいけん(マジすまんかった)」



 そうして俺が、謹んで失格を受け入れようとしたところで、



『はぁ~~~? そんなんじゃつまらんだろがい!』



 トップの爺さんがなんか言い始めた!



『最初に言っただろう? “呪術師とは強さが全て”と。強けりゃいいんじゃ正義なんじゃ。こんなオモシロ強い赤子をほっぽり出す手などあるか~!』



 さっさと合格させて組織に取り込むに限るわ~~とムチャクチャなこと言う爺さん。

 いやなんなのこの人?



「で、ですが、ルールはルールで……!」


『あぁ知っておるわ。の他者への攻撃は禁止、だろう? だがわしが見ていた限り、その赤ん坊が呪力を放ったのは試験前の段階だった気がするが?』


「それはっ!?」



 あー、たしかにそうだったな。


 そこのメガネさんが、“試験が始まる前に呪力を滾らせておきましょう”と言い出したのがきっかけだった。

 いやけどなぁ、完全に屁理屈っていうかさぁ……!



『そもそも攻撃の意思もなかったのだからお咎めなし。で、今回ぶっ倒れた受験者たちは別の日程で再試験。試験場については庭に移せばそれでよし。ほい全部解決! 儂有能! ほめて』


「っていやいやいやいや!? あの赤子に対してせめて最低限のペナルティとかは!?」


『うるせぇええーーー儂がルールじゃ! 儂が面白ければそれでいいんじゃ! でも責任は現場監督の貴様のモノじゃ。始末書書けよ?』


「そんなぁーーーーーーッッッ!?」



 す、すっげぇパワハラを見てしまった……!


 あの土御門総統って爺さんやべーな。

 最初は呪術界のトップなのにネチネチ感がないよなぁと思ってたが、別の意味で怖いわ。



『ホイというわけで皆の衆、さっさと庭に行った行った。あ、それと監督代行よ、儂が試験を見れるように映像先を貴様のスマホに設定しろ。あと画面に儂が映るようにもしろよ? さびしいから』


「スマホに入れたくないなぁこんなジジイ……」


『なんだと貴様今なんつった!?』


「うっ、うるせぇーーっ! 休日出勤でこんな仕事してられっかッ!」


『ぬあぁあ反逆か!? いいぞー来い! うりゃ、遠方から呪力攻撃!』


「うわッー足がかゆくなった!? なんじゃこりゃー!?」


『水虫になる呪いかけた』


「ふざけんなッッッ!?」



 ぎゃーぎゃー騒ぐメガネさんと爺さん。


 そんな二人を横目に、残った受験生&ミズホに抱えられた俺は屋敷の庭に向かっていく。


 そこで、



『そうだ、ミズホよ』



 不意に爺さんがママ上のことを呼び止めた。



「……なんですか、土御門総統? わたくし、むしゅこ以外の男性は認識NGなんですけど」


『ぬははっ、キモチわる! 噂通りイカれたなぁ貴様』



 どうやら知り合いっぽい口ぶりだ。

 ああ、そういえばミズホって元術師だったらしいしな。

 その過程でボスと知り合う機会もあるか。



「それで?」

 

『いやぁなに。そのむしゅこの呪力の波動を間近で浴びて平気なあたり、やはり貴様は強くなれる逸材だったと思ってな』



 強くなれる、という言葉に、ミズホがぴくりと動いた気がした。



『注目しておったぞ、蘆屋あしやミズホ? 呪力の低い女だてらに“誰より強くなってやる! 誰にも馬鹿にされない存在になる!”と吠え、十代にして二等術師に至った才媛よ』



 ほほう、ミズホにそんな来歴が。



『が、二十代にもなれば気勢も体力も落ち、フツーにめとられてしまいおって。なんだ諦めたのかとガッカリしたわ』


「……別に、夢を諦めたわけじゃないですよ」



 ミズホは忌々しそうに自分の左手薬指を見た。

 そういえば、いつの間にやら指輪がないな。



「元旦那も、婚約前は呪術師を続けることを認めると言ってくれてました。……まぁ結婚後は『世間体がどうの』とあれこれ言われて、辞めることになりましたがね」


呵々カカッ、理解者ぶった男に騙されたか! だが最盛期のぎらついていた昔の貴様なら、そもそも娶られること自体こばんだろうに』


「やたら絡んできますねぇ。何が言いたいんです?」


『あぁ、今の貴様は、昔以上に輝いていると褒めたいんだよ……! ちぃと理性は無くなっとるが、それを含めて非常にイイ。儂含む『特等』連中に通じる圧を魂から感じる』



 爺さんの瞳孔が蛇のように細まる。

 そしてミズホに誘惑をかけた。



『単刀直入に言おう。呪術師に戻れ、ミズホよ。今の貴様なら、儂を超える実力者になれるかもしれんぞぉ……!?』


「お断りします」


『え』



 が、しかし。

 ミズホはぴしゃりと彼を拒んだ。



『えっ、えっ、即答? えっ?』


「だってわたくし、今は母親ですからね。息子との日々を楽しみたいのです」


『いっ、いやでもぉ』


「お断ります」



 綺麗に微笑み、二度も容赦なく振るミズホ。

 そして彼女は俺を爺さんに突き付けると、



「安心してくださいな、土御門総統。強くなる夢はこの子が叶えます。そしていずれ、この現旦那むすこが、アナタの地位を脅かしにいきますから♡」


『むむぅッ!?』



 って呪術界のトップに不遜すぎる発言しちゃったよ!?


 がしかし。

 爺さんは驚くこと数秒、やがて口元をニヤつかせると……、



『ふっ、ふふふふ! そうかそうかぁ! そりゃーワクワクするなぁ!』



 むしろ望むところだと大爆笑した。



『儂もその坊主には期待してるからなぁ。赤子にしてあれほどの呪力圧を出すなど、古事記に謳われる神になった男『校長』ですら持ち合わせぬ逸話だ!』


「えぇもちろん。ママの息子は最強ですから」


『いいぞぉそんなガキなら反逆大歓迎だっ! で、その時はいつだ!? 十五歳くらいになる頃か?』


「いえいえそんなにかかりません。三歳か、何なら一歳くらいでやりますよこの子は」


『かー! それはウケる!』



 うふうふ呵々々カカカと笑う二人。


 なんか楽しそうで何よりだよ。

 まぁ俺も呪術界トップになりたいとまでは言わんが、社畜が遠因で死んだ過去があるからな。

 それなりくらいには偉くなりたいとは思ってるぜ。

 


『よし決めた! 赤子よ、儂の孫になれ!』


「わたみ!(やだよパワハラじじい)」


『お年玉三万やるタイプだぞ?』


「おんしゃのりねんに、きょうかんしました……!(お爺ちゃん!)」



 こうして爺さんと話しつつ、俺たちは庭に向かっていった。










「…………チッ」



 あ、なんか受験生の一人に舌打ちされたな。


 早く来いってことかな?

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