第22話




「びっぎゅもぉたぁ(おしまいだ)」



 決着はついた。

 俺に殴られた白面狐ハクメンギツネは廃神社に大激突。

 粉々に砕けたやしろの中で、虫の息で転がっていた。



「あずき、ぽーかーりこん(どうする、まだやるか?)」


『くっ……おのれ、人間め……!』



 鋭く俺を睨む妖魔。

 だがもはや指の一本も動かせないらしい。

 身体が徐々に霞のように消えていく。



「ウタ様、やりましたね」


「ンみゃあああああああーーーーーーーーーー!!! 愛しの息子がママの教えた呪法使ってくれた!!! ねぇクレハ、これもうママへのプロポーズでは?」


「いやただ利用しただけかと」


「それはそれで興奮するッッッ!」

 

「無敵ですかアナタ……?」



 和服メイドのクレハさんとミズホが冗談言いつつ近づいてきた。



「さて。ウタ様の赤ちゃん離れした凄まじい戦いぶりに内心ドン引きな私ですが、ここで授業を一つ」



 クレハさんがピンと指を立てた。

 ちなみにミズホはそれをしゃぶろうとし、目潰し食って転がった。

 元気だね。



「毒雌は置いといて……ウタ様。アナタは妖魔に話しかけていたようですが、時間の無駄です。さっさと殺すに限ります」



 おえ、そうなの?

 せっかく話せるみたいだから話しかけてみたんだが。



「いいですか? そもそも『妖魔』とは、人の心に潜む“呪いと恐怖”、すなわち畏怖の感情から生まれる怪物なのです」


「にんてんどうほうむぶ?(畏怖?)」



 クレハさんは語ってくれる。


 妖魔。それは人々のマイナス感情から生じた半呪力生命であると。


 たとえば包丁による大量殺傷事件が起き、多くの人々が『包丁を使った殺人犯が憎い』『包丁は怖い』と思ったとしよう。

 すると、巨大な包丁にヒトの手足が生えたような『包丁の妖魔』がこの世に生じる。


 他にも、『花子さん』のような怪談話が流行れば、その登場キャラをモチーフとした『花子さんの妖魔』なんて存在も出ることがあるとか。



「これらはあくまで一例ですよ。大きな事件や流行がなかろうが、人は常に何かを“呪い恐れる”生き物ですから。ゆえに妖魔はこの世に誕生し続ける。そして」



 クレハさんは死にかけの白面狐を睨んだ。



「畏怖の感情から生まれた妖魔は、ヒトを傷付け恐れさせ、呪われることに快感を見出す危険存在です。そんな凶悪生物と話が通じると思いますか?」



 なるほど。

 そりゃ確かに会話するのは無駄かもな。

 肉食獣に話しかけても隙見て噛み殺されるだけだ。



「まぁ呪術師の中には妖魔を暴力で支配し、『式神』として扱う者もいますがね。ですがそちらの妖魔は明らかに最上級。側に置くのはあまりに危険で……」



 お、『式神』?

 へーそういうことしてもオッケーなのか。

 なら、



「わたみ(こいつ、俺に従わせるわ)」


「なっ……ウタ様、言葉の意味はわかりませんが、まさかその顔は『式神にする』と言いたいのですか!?」



 あぁそうだ。


 俺はうじむしの動きで白面狐に近づいていく。



「こん!(よう)」


『ッッ、は、話は聞いておったぞおぬし……! このわらわを従えるじゃと!? 誰がヒトの奴隷になどっ』


「『しょうひょうけん』しんがい。“ゆっくりゆずは”(『獣身呪法』疑似発動。モデル“大王烏賊ダイオウイカ”)」


『ふぁっ!?』



 片腕を巨大イカの触手に変えてキツネを拘束。

 そのままぎゅいぎゅい締め上げる。



『うぐぐぐぐっ、貴様……!?』


「しらかみふぶき(まぁ聞いてくれ)」



 赤ちゃん言葉で必死に話す。


 いや実はさ。お前の『浄炎呪法』、あれかなり感動したんだよ。

 なんでも焼き溶かせる概念の炎で、呪力みたいな形のないモノも焼けるんだって?

 なにそれめっちゃスペシャルじゃん。

 俺物理攻撃みたいなことしか出来ないからすごいわ。



「るしあ! るしあ! るしあ! るしあ! るしあ! るしあ! るしあ! るしあ! るしあ! るしあ! るしあ! るしあ! るしあ! るしあ! るしあ!(なんか概念系の攻撃とか食らっても、その炎で効果を焼き飛ばすとか出来るだろ? しかも俺じゃパクれそうにないしな。やっぱ『妖魔』と人間じゃ脳の構造違うせいで、解析しきれなくてさ~)」



『ぎゃーッ意味が分からん!? 貴様さっきから何言ってるんじゃ~!?』



 仕方ねーだろ赤ちゃんなんだから。

 舌が短くて回らないんだよ。



「わたみ!(まぁ要するに、俺に従えってことだ)」


『うぅ……なんだか知らんが、妾に価値を見出して式神にしたいことだけはわかったわ。じゃが、妾は従わんぞ!? 人間風情になど誰がッ!』


「わたみ(大人しくしろ)」



 俺は触手の力を強めた。

 白面狐の肢体が激しく締まる。


 そしてッ、



「わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ!(キツネ。お前は今まで多くの人間を苦しめてきた。そんな彼らに報いるためにも、これからは正義の妖魔として生きるんだ。お前が恐怖を喜びとする生態なことは知ってるが、だとしても、いやだからこそ、その衝動を抑え続ける苦しみを己の罰とするがいい。大丈夫だ、お前が道を踏み外しそうになれば、俺がこうして止めてやる)」



『うぎゃああああああ~~~~~~!? 絞め付けながら意味わからん単語叫びまくるのやめろ!!! 超怖いんだがァァアアッ!?』



「わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ! わたみ!(白面狐! いいやッ、我が正義の式神の“ハク”よ! どうか俺に頷いてほしい。これからはその邪悪なる力を人々のために奮うと! 俺と共に、苦しんでいる人を助けてくれると!)」



『え゛ぇえ゛ええ゛え~~~~ん゛頭お゛がし゛くな゛るぅーーーーーーー!!! も、 も゛う゛わ゛がっだがらゆ゛るじでぐれ゛ぇ~~~~~~~ッ!!!』



「わたみ!!!(よし!)」




 こうして、俺の正義の説得に最上級妖魔は心打たれ、喜んで『式神』になってくれたのだった。


 試験の日が楽しみだぜ!



 

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