第12話はじめての肉体再生!(ははぼいんぼいん!)



 はじめての公園デビュー。


 だがそこで出会ったのは、表情を曇らせた傷だらけの母子だった。



「それでミズホ様、その子が例のウタくんなんです……?」



 奥様のほうが俺に視線を向けてくる。


 ミズホもそうだが、この奥様もめちゃ若くてビックリするほど綺麗だな。

 ……いやだから術師の嫁にさせられた感じか。



「えぇ、この子がわたくしの愛しいウタよ。この子が死んだら死ぬ予定なの」


「そ、そう。……電話では、呪力操作技術の併用が出来るって言ってたけど……」



 疑わしげな目でこちらを見てくる奥様。

 そんな彼女の心中を代弁するように、黙り込んでた中学生の子が「嘘よ」とつぶやいた。



「赤ちゃんがそんなこと出来るわけないでしょう。まず体内にある自分の呪力を自覚すること自体、三歳くらいにならなきゃ無理なのよ?」


「まじんがぁ?(マジすか?)」



 俺は普通にできたが?


 葬儀の夜、呪術界のアホ野郎どもに『ゆるせね~~』って思ってたら、体内に熱い何かが駆け巡ってる気がしてさ。

 こりゃ前世じゃ味わったことない感覚だから、すぐに……って、あぁ。



「ぜっと(そういうことか)」



 俺には『呪力のない世界』で生きた経験がある。 

 だからこそ呪力っていう体内の異物に簡単に気付けたわけだな。



「なによまじんがぁぜっとって!? この赤ちゃん何言いたいわけ!? ふざけてんの!?」


「こっ、こらユキネ。赤ちゃんの言葉に特に意味なんてないわよ。こんな小さな子に突っかからないの」



 そうだぞ。

 舌が回らないから特に意味ない言葉が出るだけだぞ。



「しゃちょぉのむしゅこ(それにしてもこのユキネって子、キツそうな感じだな)」



 性格が悪いっていうより、余裕がなさそうな印象だ。

 彼女はミズホをきつく睨んだ。



「知ってるわよミズホさん、アナタが心を病んだって。どーせこの赤ちゃんが呪力操作できるようになったっていうのは幻覚でしょ」


「事実だけど?」


「うるさいっ! 何が『衝撃強化』も『反発強化』も同時に出来るようになった、よ。私なんて、その片方すらまともに出来ないから、あの父親に……!」



 包帯の巻かれた腕をさするユキネ。

 なるほど、それはお父さんにやられたのか。

 彼女を見るミズホの目が気遣わしげになる。



「……勝手な話よねぇ。呪術界の男たちは、女が上位術師になるのを嫌がっている。でもかといって無能であることは認めない。産ませた跡継ぎの『肉盾』になれるよう、それなりの力も求めてくる」


「えぇそうね……。なかなか成長しない私に、父は拳を振り上げながら言ってくるわ。『お前はいつか上位の名家と血を繋ぐための商品・・なんだぞ。孕む以外の芸も身に付けろ』って……! それで母さんまで殴られて……っ」



 やがて泣き出してしまうユキネさん。

 そんな彼女を同じく傷だらけの母親が抱きしめ、「女の子に産んじゃってごめんね……!」て慰めていた。


 なるほど、二人の事情はよくわかったよ。

 ならば、



「こきゃくたいおう(今できることはこれくらいだな)」



 俺はぐでぐでの赤ちゃん背骨を活かし、ベビーカーからぬるんッとところてんのように脱出した。

 足元にべちゃっと落ちるが構わない。

 そのままうじむしのように母子のもとに這い、



「ばいしょうきんしはらい(まずは、身体の傷を癒すとしよう)」



 俺は二人の足首に触れ、『肉体再生』を発動させた。



「なっ、これは!?」


「身体を、癒しの呪力が包んでいく……!?」



 これぞ高等呪力操作テクニック、『肉体再生』だ。


 呪力とは“ナニカを呪い傷付ける”邪悪なエネルギーである。


 ゆえに衝撃を強化するなど、攻撃的なことにしか使えない。

 俺が一番鍛えてる『反発強化』だって、皮膚の“弾き飛ばす力”を上げてるだけだ。

 厳密に言えばアレも一種の攻撃である。


 だが、



「しゃざいかいけん……!(呪力を癒しの力に変える術もある。それは、二つの呪力の調合だ)」



 まず、体内に呪力の塊Aを生成。


 そしてもう一つ、同量の塊Bを生成。


 そうしたら次は、呪力の塊Bの“ナニカを呪い傷付ける”効果で、Aの呪力にある“ナニカを呪い傷付ける”効果自体を傷付けるのだ……!


 すると最終的に呪力の塊Aは無色の生命エネルギーへと変貌。


 人に流せば傷が癒えるわけだな。



「ぜ、全身の傷が治っていく……!? ちょっと、嘘でしょう!? 『肉体再生』なんて、熟練の呪術師しかできない技なのにッ! まさかこの赤ちゃん、本当にすごいの!?」



 信じられない目をするユキネさん。

 彼女の母も、「この子なんなのですミズホ様!?」とママ上に問いただした。

 

 なお。



「しゅッ――しゅっごぉおおおおおおおおおおおいッッッ!? ウタってばアナタ『肉体再生』も出来たの!?!?!?!? なにそれちょっと知らなかったんだけど!?」



 ミズホも初めて知ったことだ。

 なにせ『反発強化』と同じく、一日19.5時間の教育終わりに自主練してた技だからな。



「りそな!(ミズホを驚かせてみたくてな)」


「あひぃいーーーーーーッ!? ウタってばステキすてきすぎぃいいいい~~~~~~~~!!!?!? 世界よ見てこれがわたくしの息子よ~~~~~~~~ッッッ! あとりそなじゃなくてみずほよ~~~~~~~~!?」



 歳も考えずぼいんぼいん跳ねるママ上。

 元気である。



「ちょ、ちょっとミズホさん。どうしたら赤ちゃんがこんなに成長するのよ? 『肉体再生』にはそもそも凄い量の呪力が必要なのに」


「ん~? ただ生後一か月そこらの脳も半熟な段階から、毎日十八時間以上“呪術界の男たちを恨め憎め呪え呪え呪え”って教育してたら日々呪力激増していっただけだけど?」


「ってなによそれ!? アンタ頭おかしいんじゃないのッッッ!?」


「いいのいいの。ウタはわたくしの教育もわたくしの存在も全部受け入れてくれる王子様だから……!」


「ひぇっ!?」



 おぉーユキネさん、すっかり元気になってミズホとはしゃいでるみたいだ。


 病は気からって言うしな。

 体調を万全にしてやって正解みたいだ。



「はぁ……まぁこのトンチキ経産婦は置いといて」



 ユキネさんは溜息を吐くと、今度は足元の俺を持ち上げてくれた。


 両脇を持って上げられると、赤ちゃんなので固まりきってない身体がぐでんってなる。



「うわうじむしみたいにグニグニ。本当に赤ちゃんなのね?」


「しゃちょぉのむしゅこ!(うじむし呼ばわりとはいきなり酷いな!)」



 けらけら笑うユキネ。

 やがて彼女は、俺と真っ直ぐ視線を合わせ、



「本当に……ありがとう、ウタくん。私の身体と、何より母さんを癒してくれて。すごくすごく感謝してるわっ……!」



 泣き笑って礼を言う彼女。


 最初はツンケンした女子中学生だなと思っていたが、本当は母親想いな良い子のようだ。


 ユキネの母も「娘の痛みを取り払ってくれてありがとう」と頭を下げてくれて、ミズホは「ウタが望むならママ女子中学生になるわね?」と言ってきた。

 最後がよくわからんがみんな元気出たようで何よりだ。



 そうして彼女たちが笑い合っていた――その時。



「――こんなところで何を油を売っているッ!」



 高圧的な黒服の男が、俺たちの前に現れた。



「わたみ?(なんだこの黒いやつ)」


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