第7話こえろ『校長』



「教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育っ♪」


「しゃちょぉのむひゅこぉ!(徹底指導よろしくお願い致します!)」



 今日も母上と呪術修行である。


 一時期は病んでフラフラしてた彼女だが、すっかり元気になったようで何よりだ。


 瞳孔は相変わらずグルグルに開きっぱなしだが、まぁ大丈夫だろたぶん。



「うふふ、ウタは本当に可愛いわねぇ……! じゃあ今日も呪力を伸ばす特訓よ」



 俺を抱いてリビングに向かう母上。

 彼女はテレビ前のソファに俺を乗せると、リモコンをぴっと押した。

 すると、



『――邪魔だ、道を空けろ下民ども』



 大通りを偉そうに歩く呪術師の映像に、



『――お前はッ、本当にッ、グズな女だなッ!』



 屋敷の庭で女中を踏みつける呪術師の映像に、



『――なぁ聞いたか!? ミズホというあの未亡人、頭がイカれて実家からも見放されたらしいぞ!』



 宴会の席で母上をダシに笑う、あの葬式の夜にもいた呪術師たちの映像に、と。



「ほけんがいちゃななちゃぁ~(相変わらずクズばっかだなぁオイ)」



 最悪のバイキングコースである。

 一食食べただけで嘔吐不可避だ。



「さ、それじゃあウタ」



 母さんは綺麗な薄ら笑みで、呪術師たちの映像を指さした。



「呪力を伸ばす訓練よ。悪感情を燃やし、明確に、イメージ深く、彼らの肉体が損壊する想像をしなさい……ッ!」


「ごぉるぼぉる(うす)」



 そう。これが呪力の伸ばし方らしい。


 先日に母が語った通り、呪力とは『呪いの念』である。

 ゆえにナニカに対して怒りや憎しみを滾らせながら、それがボロカスになる想像を明確にし続けると呪力容量は増えるらしい。

 いや余裕っすね。



「かれはじゃい(普通の赤子にはムリゲーすぎて草も枯れるが、俺にはばっちこいだ)」

 

 

 なにせ前世じゃ散々アニメや映画を見てきた身だからな。

 その中には当然、人がボロカスになる作品も多くある。

 だからイメージの正確さは十分だ。


 創作の中のボッコボコにされるクソ悪役。

 それらの顔に映像内の連中の顔を張り付け、やられるシーンをイメージするのだ。



「しゃちょぉのむひゅこぉぉぉ……!(ブラック上司に使い潰された過去があるんだ。横柄なヤツへの悪感情なら存分に燃やせるぞ……!)」



 すると、俺の中の不思議な熱『呪力』が、噴き上がる溶岩のように増えていくのを感じた。


 赤ちゃんだからめっちゃ伸びてくな~。

 面白いぜ。



「あぁあぁぁあぁあぁっ、すごいわウタぁぁぁ……っ! 抱いているからこそ感じる。アナタの中の呪力量が、加速度的に増えていくのが……! 流石わたくしだけの子供よっ!」


「ばいしょうきん!(おう、ママ上が嬉しそうでなによりだ)」



 一時期は呆然としていた彼女だが、すっかり笑えるようになったようでいいことだ。

 恍惚とした顔でハァハァしてるけど、まぁ大丈夫だろたぶん。



「――あの、奥様」



 とそこで、ご機嫌な母に和服メイドのクレハさんが口を出してきた。



「あらなぁに?」


「い、いや。こういった呪力増強訓練の攻撃イメージ対象は、普通は人じゃなく『妖魔』に――」


「は?」 


「ひぃ!? いいいえなんでもないですッ!」



 なんでもないそうだ。


 母は「おかしなクレハねぇ」とクスクス笑うと、映像の再生を続けさせた。


 ちなみに呪術師たちの映像、母が隠し撮りしてきたらしい。

 元気だね。



「さぁさぁウタ。この調子で呪力を伸ばし続けましょう。伝承曰く、呪力を超高位度まで高め続けた者は、呪法を使わずともイメージだけで想像対象を苦しめられるようになるというわ」


「きょうせいそうさ!?(マジで!? それ自衛にばっちこいじゃん!)」



 わざわざ対峙せずとも、自分たちを傷付けてきそうな悪い輩をこっそり攻撃できるようになるのか。

 そりゃ便利だわ。



「まぁその領域に至ったのは過去一人だけ。かの有名な古事記に登場する架空かもしれない人物で、『呪力1万2660』に到達し、人から神に進化した存在――初代呪術校『校長』だけだけどね」


「ふぃりぴんッッッ!?(マジかよ!? 『校長』やべー!)」



 こ、古事記にはそんなバケモノがいるのかよ……!



「でもウタならきっと出来るわ!」


「びっぎゅもたぁ!(あぁわかったよ。俺は必ず、その『校長』を超える存在になってやる!)」



 思い出すのは前世の最後。

 社会の歯車として疲れ果て、クルマに撥ねられ激痛の中で死にゆく終わり。



 あんな虚しく無意味な死を二度と繰り返さないために、俺は強くなってやる。



「しゃちょぉのむひゅこッ!(さぁ、どんどん俺を教育してくれよ)」


「うふふふふぅッ! あぁやる気なのねウタッ、母はとても嬉しいわぁぁ! さぁさぁ。この調子で呪力を上げたら、並行して呪力操作訓練にも移りましょう。呪力による『衝撃強化』に『反発強化』に『武装強化』に、果ては『呪毒無効化』から『肉体再生』まで……ッ!」



 おぉ~なんかワクワクする単語のオンパレードだな!


 それら全部こなせたらそれだけ俺は強くなるのか。



「1歳までにそれら全部できるようになりましょうッ! 睡眠時間以外全部修行になるけど、いいわよねぇウタ!? ウタはお母さんを否定しないわよねぇ!?」


「びぎゅもたぁ!(ああ、やる気いっぱいだぜ!)」


「あぁぁ愛してるぅううううっ!」



 キャイキャイはしゃぐ俺と、ウフウフとさらに上機嫌になる母。


 そんな俺たちの家族団欒を、なぜか使用人のクレハは「うぅ……」と青ざめた顔で見ていた。



 

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