第5話はじめての覚醒!(うお~!)
「しょんぽじゃぱん……!?(これは何かあるぞ……!?)」
父の死からしばらく経った日のこと。
俺は自分の身体の変化に気付いた。
「かれはじゃい……!(身体が熱い。だが、熱が出てるのとは違う感じだ)」
これはそう。
まだ使用人がたくさんいた頃、定期的にやってくれていた『呪力流し』に似た感覚だ。
「ちゅいかせいきゅう(だが)」
一つ違うところがある。
それは他人に流し込まれた時と違って異物感がないことだ。
つまり、全身を自然と巡っているこの熱こそが、俺自身の、
「――ごるふ、ぼぉる(『呪力』、か)」
確信にも似た感覚だった。
生後二か月ほどのこの日。
俺は自分の呪力を知覚した。
「けいえいせんりゃく……?(しかしどういうことだろうなぁ。なんで呪力に目覚めたんだ?)」
なにせ俺は赤ちゃんだからな。
生まれてからずっとごろごろしてただけだ。
「ほうしんへんこう……(それに呪力に目覚めたところで、これをどう伸ばすかとか操るかとかわからんし。はて、どうしたものか)」
と、その時だった。
メイドさんの「奥様お待ちをッ!?」という悲鳴じみた声と共に、どたどたと足音が。
そして、
「あらぁ、起きてたのねウタぁぁ……?」
精神崩壊した母さんが、虚ろな笑顔で入ってきた。
「きょうせいそうさ!?(うわ母さん!? 一体どうしたんだ!?)」
心が壊れてしまってからは俺を見ることもなくなってたのに。
「ないぶこくはつ……!?(まさか母さん、俺と無理心中でもする気じゃ?)」
そう恐れる俺に、母は壊れた笑みで告げた。
「さぁウタ。呪術の教育を始めるわよぉ?」
「ぱわはっ?(えっ、教育?)」
そう言って彼女が取り出したのは一冊の書物だ。
そこには『呪術教練指南書』と書かれていた。
どうやら教科書らしい。
「いいかしら? そもそも『呪力』とは、“誰かを許さない。ナニカを壊したい”という、文字通り『呪いの念』から生まれる力なの。ゆえに知覚して意図的に伸ばせるようになるのは、自意識の定まった三歳ごろからなんだけどね」
「ふせいはっかく~(へぇ、なるほど納得だ)」
だから俺は呪力を知覚できるようになったのか。
あの葬儀の夜から、俺は妖魔の存在や呪術師の外道たちを『この世から消えてくんね~かな~』くらい思っていた。
つまり赤子にして明確な『呪いの念』を燃やしていたわけだ。
そりゃ呪力も滾って知覚できるようになるわ。
「続けるわよウタ。つまり呪力を伸ばすには情念を燃やし続ける必要があるの。でも大脳の感情受容体がある程度成熟しきる五歳ごろになると呪力上昇は止まっちゃうから、今のうちにアナタを教育して教育して教育教育教育教育……ッ!」
「奥様ッ、いい加減にしてくださいっ!」
とそこで。和服メイドさんが母さんに掴みかかった。
たしかクレハという人だ。
「ウタ様はまだ0歳児なんですよっ!? そんなこと語って聞かせてもしょうがないでしょう!?」
「離しなさいクレハッ! わたくしはこの子を徹底的に鍛え上げてッ、全部ッ、全部を呪い壊してもらってぇぇ……ッ!」
狂乱する母さん。
彼女はクレハを突き飛ばすと、俺に顔と手を伸ばしてきた。
「奥様!?」
「ねぇぇウタぁぁ……? アナタも、強くなりたいわよねぇ? 死んで馬鹿にされたくなんてないわよねぇ? さぁ、肯定しなさい肯定しなさい肯定しなさい! さもなくばぁぁ……!?」
俺の首に指を絡めてくる母さん。
うぅむ、瞳孔もグルグルに開き切って完全にホラーだ。
普通の赤子なら、ここで泣き叫ぶところだろうが――、
「しゃちょぉのむひょこ!(徹底指導、よろしくお願い致しますッ!)」
俺は笑顔で頷いた。
そして母さんの顔を撫でてやる。
「え、ウタぁぁ……?」
「そんがいばいしょう(辛かったな。でももう大丈夫だからな)」
俺は彼女の辛さを理解している。
葬儀の日、しっかりと壊される場面まで見ちまったんだ。
だから俺はこの人を恐れない。
普通の子供なら、親が狂乱したら自分の不幸さにだけ目を向けるだろうが、俺は違う。
「こきゃくたいおう(望み通り、俺は強くなってやる。妖魔も術師も、俺や俺の家族であるアンタを、絶対に傷付けられないくらいにな)」
「ウ、タ、励ましてくれてるの? 女で、用済みで、こんなふうになっちゃったわたくしを……?」
「こっこうしょう、かいにゅうしどう!(あぁ、アンタのことは俺が守るさ!)」
恐ろしき母でなく傷付いている女性と思い、潤む目じりを指で拭ってやる。
「ウタぁぁぁっ!」
「ぎょうむかいぜん!(さぁ母さん、さっそく教育してくれよ。呪術について教えてくれ!)」
「えぇわかってるわ! アナタは、アナタだけはこの世で一人わたくしの味方なのね!? 強くなりたいのね!? いいわ、全力で育ててあげるからね!」
抱き上げてくる母と満面の笑みを返す俺。
傍から見たら、とても美しい家族の光景だろうなぁ。
が。
「うぅ……」
なぜか使用人のクレハは青白い顔をしていた。
どうした?
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