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 幸せ。


 学校帰りに依那いなちゃんと来るカフェは、秘密の毒の味がする。


 メニューを広げて楽しそうに顔を左右に揺らす依那ちゃん。

 テーブル席の窓からは春の光が差し込んで、依那ちゃんの淡い髪を幻想的に染めあげている。


「依那ちゃんどれにする?」

「えー、全部おいしそう〜!」


 ボールペンを手にした店員さんが寄ってきた。

「ご注文はお決まりですか?」

急いで季節限定のページをめくり、定番メニューにざっと目を走らせる。七百円のフルーツパフェが一番安い。

「んーとじゃあ、私はフルーツパフェにしようかな。依那ちゃんはどうする?」

「僕もさっちゃんと同じのにしようかな〜」

「りょーかい。フルーツパフェふたつでお願いします」


 そう言うと店員さんは凍りついたように固まった。両の目は取り憑かれたみたいに私たちを凝視している。

 …………。

 調子狂うな。最近こういうことがどんどん増えているような気がする。まだ認めたくない、終わらせたくない。

 私は何もおかしいことなんてしていない。友達とカフェに来ることの何がいけないというんだろう?


「あのー……?」

「あっすみません、ご注文承りました」

止まっていた時が動き出したみたいに店員さんは走り去った。




 ふたつのパフェはすぐに運ばれてきた。

 私はひとつを手に取って依那ちゃんの目の前に置いた。

「わ〜、おいしそうー!!」

依那ちゃんは目をキラキラさせてパフェを見つめた。


 まっさらなグラスに生成きなり色のバニラアイスが透きとおっている。グラスのふちからは溢れんばかりの盛り盛りフルーツ。みずみずしいメロンに、深く切り込みの入ったパイナップル、てっぺんに座っているのはさくらんぼのお姫さま。

 依那ちゃんのダークグレー色のスウェットを背景に、カラフルなデザートがよく映える。


「いただきます!」

依那ちゃんはパフェを見、私を二度見てからスプーンにすくったアイスのかけらに口をつけた。にっこり見つめ返してから私も同じように食べ始めた。



「ねえ、依那ちゃん。お金と愛ってどっちが大事だと思う?」

「え何急に〜」

「いいじゃん」

「え〜……うーん、まぁお金かな。お金は裏切らないからね〜。お金か愛か聞かれて『愛だ!』って答えられる人は相当余裕があるんだと思うよ?」


 とりとめのない話をしているうちにパフェはみるみるお腹に移動していきグラスは空になる。

「おいしかったね〜!」

「うん」


 この時間が終わってしまうと思うと惜しくてなかなか腰が上がらない。やっとのことで席を立ち、私は千四百円を払ってカフェを出た。




 ♡♡♡♡♡♡




 電気をつけていないと部屋は薄暗い。私は準備万端だというのに朝はまだ寝ぼけているみたいだ。

 制服もきちんと着たし、髪も整えた。

 今日は終業式、この学年を終えひとくくり締める日。

 父はもう三十分くらい前に出かけたから戸締りをきちんとしていかないと。


 テーブルに生けたガーベラが目に入った。

 すっかり古くなった花びらは無数の傷がついて茶色くしぼみ、茎はどろんどろんに溶け出している。なんだか怪しい臭いもするような気がする。


 花瓶から老いたガーベラをひょいと取ってゴミ箱に捨てた。花瓶に残った濁り水もシンクにざあっと流し込む。


 今日の帰りに新しいのを買わなければ。


 私はカバンをつかんでローファーを履き、ドアノブに手をかけた。




♡♡♡♡♡♡




 体育館での終業式を終え、最後のホームルームが始まる前の休み時間。



 教室の席に座っている私の横で、私の机に手をついて眠そうにあくびする依那いなちゃん。

 今日の依那ちゃんは黒いパーカー姿だ。あまりの黒さに吸い込まれてしまいそうでどきっとする。


「校長先生の話、長かったね」

「ふぁあ……僕寝ちゃった」

「今日でこのクラスともばいばいだね」

「そうだね〜。クラス替えあるもんね」

「依那ちゃんと別々のクラスになったら、嫌だな」


 …………。

 えーと、えーと。なぜだろう、いつもみたいに調子が乗らない。

 落ち着いて考えれば大丈夫なはずだ。こんなとき依那ちゃんはなんて言う?


「さらっとそういうこと言わないでよ、もう〜!」

そう言って依那ちゃんは私をぽこぽこ叩いた。



「ねえ、依那ちゃん」

「なーにさっちゃん」


 こちらを見据えた依那ちゃんの瞳に映る私。の瞳には、依那ちゃんが映っている。


「もう二度といなくならないでね」

「いなくなったりなんてしないもーん。さっちゃんには僕がいないとね!」


 依那ちゃんはとびっきりの笑顔を弾けさせて言い切った。

 ああ、やっぱりガーベラの笑顔だ。

 今度こそ、今度こそ信じてもいいよね。



「ねぇさこな」

うげ、リマだ。また話しかけに来たのか。神経を逆撫でされて私は軽く舌打ちする。


 リマが私と話すのが楽しくて来ているんじゃないってことくらいわかっている。

 私にたくさん話しかけて「あげる」ことで、自分は優しくて強いって信じたいだけなんだ。友達がいない私のことをかわいそうだと思っているから。

 本当は自分の弱さを認めたくないだけ。誰でもいい、誰かと繋がっていないと自分を保てないんだ。何かに、誰かに依存しないと生きていけないリマといるのはもうたくさんだ。

 かわいそうなのはどっちだよ。


 リマが来たせいで依那ちゃんは……、隣に無言でつっ立ったままだ。


「今、友達と話してたんだけど。割り込むのやめてくれる?」

静かに怒りを込めて刺す。いい加減わかってほしい。


 でもリマは、わかるどころか寂しそうな目をしてこう言っただけだった。


「友達って誰? さこな、いつも一人じゃん」

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