夕闇
ただいま、って言葉は誰のためにあるんだろう。
日が長くなってきたとはいえ空はもうかなり薄暗い。
玄関ドアの鍵を開ける音はガチャガチャと無駄に響き渡る。
家にあがってふと振り返ると、玄関のたたきには私が脱ぎ捨てたローファーだけがぽつんと浮かんでいた。
まっすぐ洗面台へ向かう。
花瓶を出してから、先程
うす暗さで青白く見える包み紙を破り、鈍く光るアルミホイルをはがし、茎を包むぬれたティッシュペーパーを剥ぎ取る。
ガーベラの切り花には葉っぱがない。重厚な包装をはがしたとたん華奢な茎の延長線だけが
花びらを覆うようについている保護用のビニールを外し、水を張った透明の花瓶にぽちゃんと生ける。
ことり、と花瓶をテーブルに置く。
着替える気にもなれなくて、テーブル横のソファにずぶりと座りこむ。
シンと静まり返る部屋。父はまだ帰ってこない。
最近こうやってソファに座り込んでぼんやりすることが多くなったような気がする。否、ここで考えごとをして時間を潰しているだけ。特にやることもないし、いやあるけど、そんな気分じゃないし、どうせ一人なんだから何もしなくても構わないし。時間はだらだら過ぎていく。
ふと窓の外を見上げると、夕焼けの残りが去って深々と闇がおりてきていた。
家の外から何やら楽しげな声がきこえる。きっと近所の子たちがまた夜遊びでもしているのだろう。
外から華やかな音がもわんと響きわたると、我が家のリビングはいっそう暗い。
シンと静まり返る部屋。まだまだ父は帰ってこない。今日も残業があるんだろうか。
気づくと制服の内ポケットに手を伸ばし、スマホを取り出していた。
指はいつもと同じように画面を踊り、あのスクリーンショットを開く。
一日に何度も繰り返していることなのに、心臓がドクンドクンと暴れだす。
暗闇の中で白く灯る人工的な光。に、並ぶ文字列。
『僕もさっちゃんのこと大好きだよ!』
体の真ん中に沈んでいた氷がわらわらと溶けていくのを感じた。
そうだよね。私には依那ちゃんがいるんだもんね。依那ちゃんさえいてくれたら私は大丈夫なんだから。
スマホを閉じてソファから立ち上がり電気をつけた。早く着替えてコンビニ弁当を食べて宿題を片付けてしまおう。蛍光灯に照らされたガーベラを横目に私はリビングをあとにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます