ガーベラの笑顔

結城 絵奈

POISON

 昨日も今日も依那いなちゃんと二人で学校に来た。

 昨日も今日も依那ちゃんと二人でお昼を食べた。

 昨日も一昨日もその前も依那ちゃんと二人で帰ったし、もちろん今日も依那ちゃんと一緒に帰る。


 今日は依那ちゃんと何を話そうかな。

 そう考えながら教科書をロッカーに投げ入れ、筆箱をカバンに放り込む。長らく洗濯していなかった体操服を乱雑に畳んで、お昼に食べたコンビニ弁当の容器を重ねる。


 自然と口元が緩む。今にも背中に羽が生えてしまいそう。



「ねえ、さこな。一緒に帰らない?」

浮き足だった私の視界を塞いだのは、クラスメイトのリマだ。最悪。遠慮がちなタレ目がやっぱり気にくわない。


「ごめん。友達と帰るから無理」

「あ、でもさ! 今日はメグミもキョウも部活ないんだって。久々に四人で帰ろうよ」


 今断ったばかりなんだけど。

 相変わらずそういうところは変わっていないらしい。仲良くなったばかりの頃はこんな子だとは思わなかった。やっぱり人と関わりすぎるとロクなことない、まじで。


 私はリマをキッとにらむ。こちらの意図は伝わらない。リマはYESの言葉を待ちながら髪にさしたハート形のピンをいじっている。


「三人で帰ればいいじゃん」

「え、でも──」

面倒くさい子。




「さっちゃん帰ろ〜」

依那ちゃんが駆け寄ってきた。私の名前はさこなだからさっちゃん、と呼ばれている。二人だけの秘密のあだ名。

「うん、帰ろ」

まだ何か言いたげなリマを置いて、私は依那ちゃんと教室を出た。





 春の風が吹き込んで、依那ちゃんの明るい髪がさあっと舞い上がる。まっ白なカーディガンは依那ちゃんの弱さを丸ごと内包しているみたい。

 一番最初に出会ったとき、依那ちゃんがガーベラの話をしていたのを今でも覚えている。そのせいか、私の中で依那ちゃんの笑顔はぱっと咲いたガーベラの花のイメージ。


「やっと一日終わった〜」

「ね。疲労感ヤバイ」

「へ、さっちゃん、丸一日座ってぼーっとしてただけなのに?」

「それは依那ちゃんも同じでしょ」

「僕はちゃんと授業聞いてたもーん」


 潮の引いた砂のように後味が残る依那ちゃんの声。聞いていると落ち着くその声で時々からかってくるからやめられない。


 理想的に浮きあがる天空。三月のあたたかな風。流される雲。行きかう人々。人々。隣には依那ちゃん。

 毒だ、と思う。依那ちゃんといると私は色んなことがわからなくなる。


「依那ちゃん、今日は寄り道してこ」

「うん!」

弾んだ声。依那ちゃんだけは私を裏切らない。




 ♡♡♡♡♡♡




 依那いなちゃんと私の恒例行事。今日も二人で学校近くの花屋に寄り道してる。

 迷わずガーベラのばら売りコーナーにしゃがみ込む。


 ガーベラは硬そうな中心部から無数の花びらを咲かせている向日葵ひまわりに似た形の花だ。赤やオレンジいろんな色があるけれど、私はやっぱり依那ちゃんみたいなピンク色のが一番すき。



 黒いバケツにあふれる花々にざっと目を走らせて、その中からピンク色のガーベラをすっと一本抜き取った。

 カウンターへ向かう。

「これ、お願いします」

店員さんはにこやかに一輪の花を受け取り、保水処理を始めた。その様子を見ながら待つのもなんだかわくわくする。


 隣で待つ依那ちゃんはというとキラキラ大きな瞳でぐるりと店内を見回していた。その視線を私も目で追う。小さな店内は生の色と匂いで満ちている。

「やっぱりさっちゃんとここに来ると落ち着くな〜」

「そう?」

「うん! ……あっ! あんな所に虫が!!」

「えっ、どこどこ」

「あっはは、今の嘘だよー? さっちゃんちょろすぎ〜」

騙されちゃった。私は依那ちゃんと顔を見合わせてふふっと笑った。



 ふと前を向き直ると、店員さんがガーベラの包みを持ったまま硬直していた。見てはいけないおぞましい物でも見てしまったかのような顔を私に向けている。

 …………。

 毒だ。毒がまわってまた、私の目の前の現実を書き換える。

 店員さん大丈夫かな、そんな顔をして横を向いたら依那ちゃんも小首をかしげていた。


「……あの、大丈夫ですか?」

声をかけると店員さんはハッとしたようにスミマセン、と言って私に包みを手渡した。





 花屋をあとにして、私は買ったばかりのガーベラを依那ちゃんに差し出した。

「はい、どーぞ」

「えーいいの〜? さっちゃんありがとー!」

依那ちゃんは幸せをまき散らしながら包みを受け取った。思わず頬を緩ませると、依那ちゃんもえへへとえくぼを落とした。

 まるで夢みたい、私は夢の中に生きている。嬉しそうな依那ちゃんをいつまでも見ていたい。いつまでも私の居場所でいてほしい。これからもずっと私の期待を裏切らない、かわいい依那ちゃんでいてほしい。

 そんなことをぼんやり考えていたら、いつの間にか帰り道も別れ道に差しかかっていた。

「また明日」

「うん! ばいばーい!」

依那ちゃんはひらひらとガーベラの包みを振りながら消えていった。


 三月の春の匂いだけが残っていた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る