異世界転生に憧れて

 何処にでも居るような平凡な女子大生な私だったが、人には言えないような夢を持っていた。

 それは異世界転生だ。

 

 流行りの小説の題材である異世界に転移したり転生するといった物語に私は憧れていた。

 そして中でもこちらの技術や知識を、向こうの世界で再現して技術革命を起こすような物語に特に憧れた私は、農業を初めとして様々な技術関連の書籍を読み漁り、あると便利だろう様々な技術に関する知識を貪欲に取り込んでいた。

 

 そんな日々を続けていたある日、大学の図書館でいつもの様に書籍を読んでいた私は、ずいぶん遅い時間まで大学に居残ってしまった。

 早く帰らないとお母さんに怒られるななどと考え、近道をする為に普段はあまり通らないくらい裏路地を歩いていると、前から歩いてくる人物に気付く。

 

 フードを目深に被り、ブツブツと何かを呟きながらこっちに歩いてくる中年男性。

 見るからに怪しいその人物を前に私は怖くなって来た道を戻ろうとしたが、それよりも早く男が私の黒髪を掴んで地面に引き摺り倒す。


 「ヒ、ヒヒヒッ、や、やっと見つけた! 女神様の啓示通りだ! こ、これで俺は幸せになれる!」

 「め、女神っ? あ、貴方何を言って……あぐぅっ!?」

 「ヒャハッ、ヒャハハハハッ! ああ女神様、求めていらした強い魂の持ち主です! どうか私に神の祝福をお与えくださいぃぃぃっ!」

 

 な、何言ってるのこのおじさん、マトモじゃない。

 血走った目をギョロギョロと動かすその男の片手には大振りなナイフが握られている。

 私は逃げる事も抵抗する事も出来ずにそのナイフを腹部に突き立てられる。

 痛い、痛いっ、やめてっ、私が何をしたっていうのよ、叫びたかったけどそんな余裕すらない。

 男は何度も私の腹部にナイフを突き立てながら狂ったように哄笑を上げている。

 

 ドクドクと血が流れ出ていく、やだっ、こんなところで死にたくないよ。

 誰か助けて、私は口をパクパクと動かすが、出来るのはそれだけだ。

 やがて目の前が真っ暗になり、私は意識を手放した。




 次に目を覚ました時、私は何もない暗闇の中に立っていた。

 ここは何処だろう、周囲を見回していると、急に目の前が眩しくなり、光が収まった後には一人の少女が立っていた。

 私よりちょっと下の高校生くらいか、柔らかな髪はふくらはぎの辺りまで届く程の長さで、エメラルドの様な緑色の瞳が目を引く超がつく程の美人だ。

 純白の生地に金の刺繍が入った煌びやかな装束を纏う彼女からは神々しさを感じた。


 『ようこそ、強き魂を持つ者よ。私は貴方を待っていました』

 「あー……えっと……私を待ってた? 失礼ですけど、貴方は誰……?」

 『あら、私とした事が……ごめんなさいね。私はシャルティーナ。異世界エルファラートを導く光の女神です』


 光の女神? 何を言ってるの? もしかして私死んじゃった?

 よくよく自分の姿を見てみれば、薄っすらと透けている。霊体という状態なのかなと首を傾げながら自分の姿を見る私。


 『お願い、貴方の様な強い魂を持つ者の力が必要なの。世界の脅威たる大魔王を倒す為に力を貸して!』

 「だ、大魔王……?」

 『そう、大魔王ザールヴォイド。エルファラートの魔物や魔族達を統べる悪しき者の王。それの復活が近づいているの』


 女神を名乗る彼女の話によると、彼女の世界エルファラートでは長い間人間種と魔族、魔物達が争い続けているとの事で、その最中に強大な力を持つ魔族、大魔王が出現し世界を支配せんと人間世界を脅かし始めたらしい。

 それに対し女神は地球から強い魂を持つ人間を転生させて聖剣を与え、勇者となったその青年は大魔王を封印したそうなのだが、その封印が解けつつあるらしく、大魔王を倒す為に新たに強い魂を持つ人間、私を異世界に転生させようとしているらしい。

 だがここで気になる事が一つある。


 「女神サマ、私ここに来る前に、頭がイカれたおっさんに襲われて刺殺されたんだけど……あれ、貴方の仕業?」

 『ぎくっ……え、えー? な、何の事かしら……』

 「とぼけても無駄。女神様の啓示通りだとか、求めていらした強い魂の持ち主ですとか、言ってたわよ……私殺す為に、あのおっさんに何か吹き込んだでしょ。こういうのって良くないと思うんだよねぇ、いくら自分の世界を守る為だからって、他所の世界の人間殺すのって」

 『あ、あー……そ、それはその……お、お願いっ! その事は黙ってて、それが上にバレちゃうと私女神の資格なしって烙印押されちゃうかもしれないのよー!』


 軽くカマをかけてみれば、面白いように反応する女神、結構ダメっぽいなこの女神サマ。

 こういうの良くないんじゃないかと更に付け加えれば、お願いだから黙っててと半泣きになりながら私に縋りつく、前言撤回、駄女神だわこの女神。

 へー、神様にも上役が居るんだと考えながらも、ここで私は一つの案を思いつく。


 「黙っておいてあげるし、貴方のお願いも聞いてあげる」

 『ホ、ホントっ!? あ、ありがとう、貴方優しいのね!』

 「まぁその前に一つ聞きたい事が、その世界ってどんな世界なの?技術水準は?」


 私が問題は起こさないし提案も乗ると言えば、彼女はありがとうと両手を掴んでブンブンと振る。

 その前に一つ聞きたい事がと尋ねてみれば、彼女は自分の管轄する世界、エルファラートについて語ってくれる。

 魔法技術が発達している剣と魔法の世界だが、細かく聞いてみれば技術水準的には中世ヨーロッパ初期とさほど変わらない世界のようだ。


 これは私の夢を実現するチャンスじゃないか、思わず私は笑みを浮かべてしまう。

 大魔王を倒したら、その世界で技術革命無双が出来る筈!

 目標は決まった、ならばそれを達成する為に必要なスキルが欲しいところだ。

 せっかく異世界転生しても今まで蓄えた知識が上手く活用できるか分からないのだから。


 「転生して大魔王を倒す為に働くし、上役に貴方のやらかしが伝わらないよう黙っていてあげる……その代わり、条件があるの」

 『へ……じょ、条件?』

 「そうっ、せっかく異世界転生するんだから、何かスキルが欲しいなーって、そういうの他の人に与えたりしてない?」

 『え、えーっと……リヒトには戦う力と聖剣を……アナスタシアには高い神聖力と常人の倍くらいの寿命をあげたけど……』

 「そういうの私も二つくらい欲しいなー、ねぇいいでしょ? 上役に黙ってあげるんだから、これくらいサービスしてよ」


 私が問いかければ、やはり私以外にその世界に転生した人は何かしら貰っている様なのだ。

 なので私はそれの代わりに二つのスキルを要求した。

 私の要求にそれはちょっと、なんてモゴモゴと言っていたが、交渉のカードはこちらにあるのだ。

 観念した彼女は私に前世の知識を活かす為の二つのチートスキルをくれた。


 これで交渉成立。スキル付与の為に結構力を使ってしまったとか泣き言を言ってるが知ったこっちゃない、そっちの都合で殺されたんだ、これくらいの補償は当然だ。


 そうして私は大魔王を倒す為にエルファラートに転生する事になった。

 凄く痛かったり怖い思いをしたが、夢見た異世界転生だ、思いっきり楽しもうと私は心を躍らせた。

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