なんか知らんけど魔法が使えちゃった魔王様が、 空を飛びたい魔術師を落としてみた。

しろがね。

第1話-なんか知らんけど、出会ってしまった-

 “ 魔界 ”

 それは“ 魔族 ”と呼ばれた、

 人ならざる者たちが暮らす世界。


 姿形は人によく似ているものの、

 ツノが生えている者、翼がある者、

 しっぽがある者、多種多様な魔族が生活している。

 

 そんな魔界を統治しているのが、

 魔王城に住む、魔界の王、

 皆から“ 魔王 ”と呼ばれ、親しまれる、

 魔族の少年だった。



 ———魔王城、魔王の執務室。


 魔王は色白の容姿端麗な少年で、

 黒髪の短い髪に、

 金色の瞳をしていた。

 身長は185センチと高く、

 見た目は18歳の姿をしている。



 そんな魔王はいつものように、

 執務室で大きな、いわゆる社長椅子に腰掛け、

 魔界の民たちから日々上げられる

 上奏文に目を通していた。


 すると、


「魔王様、3時のおやつの時間です。」


「あぁ、もうそんな時間か。」


 部下の1人がティーセットを持って部屋に現れた。


 部下の名前はシュドリィ。

 年齢:非公開

 ピンクのショートカットの髪をして、

 頭にツノを用した身長140センチほどの

 小柄な女性だ。

 魔王の秘書として従事している。


「今日のおやつはなんと!

 以前人間界で食べた、あの、

 ふわっふわのパンケーキです!

 シェフに頑張ってもらいました‼︎」


「…ほぅ。」


 シュドリィはニコニコしながら

 溶けかけのバターが乗ったパンケーキに

 上からとろ〜っとメープルシロップをかける。


「…。」


 その様子を机に両肘をつき手を組みながら

 ゴクリッと唾をひと飲みして密かに見つめる魔王。


「そろそろ休憩してください、魔王様。

 かれこれ6時間は同じ姿勢ですよ?

 まったく、仏像じゃないんですから。

 

 昼食も…、

 あぁ、ほら、

 まだ召し上がってないようですし。」


「…そうだな。

 仕事に夢中になって、

 食べるのをすっかり忘れていた。」


 部下の指摘に苦笑いの魔王。

 書類に埋もれたデスクの奥に用意された、

 接待用のローテーブルに置かれた昼食は、

 3時間前にシュドリィが持ってきたまま

 置き去りにされていた。


「ひどいです!

 せっかく魔王様がお好きな、

 餃子の◯将の餃子定食を、

 シェフに忠実に再現させたと言うのに…。

 すっかり冷めてしまったではないですか。」


「そうか、またやけにスタミナがつきそうなメニューを…。」


(だからこんなにニンニク臭がしてたのか。

 あとで部屋中ファブっておかないと…。)


 魔王は机に両肘をついて俯きながら、

 心の中でそう言いうと、

 気付けば部屋中に充満するニンニク臭の正体に納得していた。


 ちなみにファブ○ーズと呼ばれる消臭スプレーも

 人間界から買い付けて来たものである。


「この前お忍びで魔王様と人間界へ遊びに行った時、

 ◯将の餃子を大層気に入っていらしたので、

 ぜひまた食べていただきたく…。」


「待て待て!

 遊びじゃなくてあれは公務だから!

 あくまで仕事だから!

 経理の誰かに聞かれでもしたら、

 経費で落とせなくなっちゃうでしょうが!」


 魔王は慌ててシュドリィを諌めながらも、


(それよか、

 ちゃんと見ていてくれてどうもありがとう‼︎

 ぜひともいただくとしよう‼︎)


 部下の気遣いには心の中で全力でお礼を言って

 あとで美味しくいただいたのだった。


 ※威厳というやつを損いたくないので

 口に出してはなかなか言えない魔王様


「も、申し訳ございません、魔王様!

 私の失言でした…。

 ど、どうか殺さないでください、

 私、なんでもしますから!」


 シュドリィは震え上がりながら涙目で魔王を見つめながら

 シャツの襟元を少しはだけさせる。


「ぇ⁈ちょっ、な、なにを…⁇」


「どうぞ、私を魔王様の好きに———」


「ストーップ‼︎


 一旦落ち着こう、な?

 お前は私に何をさせようとしているんだ⁈」


「魔王様がお望みのことなら、なんでも———」


「それならまず服を着なさい‼︎」


(お前は私にどんなイメージを持っているんだ…)


 気付いたら服をどんどんはだけさせていく部下を、

 魔王は顔を真っ赤にさせながら

 慌てて阻止するのだった。


「…おほん、お前には前々から話してはいるが、

 私がなぜお忍びで足繁く人間界に通っているか、

 改めて説明しよう!


 人間とやらは

 便利なものや美味しい食べ物を生み出す天才、

 そう、生き物の幸福を生み出す天才の種族なのだ。


 ゆえに私は時々お忍びで人間界に出向き、

 新しい情報や技術を仕入れて

 それを魔界に還元し、

 魔界の民の生活をより豊かなものにするために努めているのだ。

 

 だから決して遊びに行っているわけではない。

 断じてそれはありえない!」


「さすが魔王様、ご立派です!

 私たち下々の幸福を常に考えてくださっているなんて。」


「当然のことだ、私は魔王だからな。

 話が早くて助かるよ、

 フハハハハハハ‼︎」


 シュドリィは魔王の言葉を拍手で称え、

 魔王は鼻高々に高笑いを放つのだった。


 一通り笑い終えたあと、

 魔王はローテブルがある方の席に着いた。

 そこでふと、

 パンケーキの隣りに置かれたティーカップを訝しげに見つめる魔王。


「…そう言えば、シュドリィ、この液体は?」


(緑色…。

 紅茶のような香りはそこまでしない。


 そもそも、緑の飲み物…⁇ “毒”か⁈)


 シュドリィに聞きながら、心の中で呟く魔王。

 

「あぁ、“ 緑のお茶 ”、と書いて、

 緑茶、と言うそうです。


 この前、東の地方から来た“ 魔術師 ”にもらいました。」


「リョクチャ…。


 ん? マジュツシ?」


 魔王は緑茶を飲みながら眉尻をピクッと動かした。


「はい。魔法界に住んでいる魔法使い、

 の人に。」


「…じゃない方?」


 魔王は目をパチクリさせる。


 魔界の隣りには“ 魔法界 ”と言うものが存在しており、

 人間族の中でも魔力を持ち、

 使の人々が作った世界をそう呼んでいる。


 そのお向かいさんに“ 人間界 ”と言う、

 人間族が住む世界が存在しており、

 

 この世界は魔界、人間界、魔法界が

 正三角形に位置する構図となっているのだ。


 魔術師は魔法界において、

 魔力は有しているものの、

 魔法使い、じゃない方の人々の総称で、

 魔法が使えないのだ。

 

 それゆえに、じゃない方の彼らは

 独自に“ 魔術 ”という

 魔法陣なるものを編み出し、

 陣を敷き、詠唱することで、

 詠唱だけで発動する魔法と同じような効力を

 扱えるようになったのだ。


「魔術師…。


 ここは魔界だぞ?

 一体どこにそんな者が?」


「あぁ〜、それが、

 最近この魔王城によく迷い込んでくるんですよ。

 ほら、窓の外を見てください。」


「ぇ?」


 と、シュドリィに窓の方を指さされ、

 魔王もそちらに目線を向けると、


「うわぁぁぁぁあ‼︎」


 と声を上げながら、

 城の庭園の上空を

 ビュンビュン動き回っている飛行物体が見えた。


「…なんだ?アレは。

 飛んで、いるのか?

 ってかなぜ、ほうきに跨ってる⁇」


「本人はあくまで飛んでるらしいです。

 我々には、ほうきに跨って

 瞬間移動しているようにしか見えないのですが…。

 

 ちなみに、ほうきに跨ってるのは、

 使をしているらしいです。」


「魔法使いのマネ…。」


(確か、魔法使いはなぜか知らんが、

 ほうきに跨って空を飛ぶ習性があるという。

 まさかリアルにそれを者を見たのは

 初めてだ…)


 魔王は心の中で呟きながら、

 窓の外の光景を物珍しそうにじーっと見ていた。


「あの子、最近よくウチの敷地まで

 ああやって迷い込んでくるようになりして…。

 

 この前、注意したんですよ。

 ビックリするからやめてって。

 

 そしたら、お詫びにと、

 この緑茶の茶葉を持ってきてくれたんです。」


「律儀だな。」


「紅茶もいいですが、

 緑茶というものも、

 なんだかホッとする味でいいですね。」


「…うむ、確かに。」


 魔王とシュドリィがホッと一息ついていると、


「ひゃぁぁぁあ‼︎」


 という悲鳴が聞こえ、


 そのすぐ後には

 ドーンっという大きな音と土煙が上がっていた。


「あ、落ちた…。」


 シュドリィの呟きに魔王は慌てて窓に近づいた。


「はぁ、

 …ったく、一体何をしているんだ?!」


「魔王様、どちらへ⁈」


 魔王はいてもたってもいられず、

 ドアのほうへ駆け出していた。


「助け、に———、

 いや、…よ、様子を見に行くだけだ。


 せっかく庭師が念入りに手入してくれている庭を

 台無しにされてはかなわんからな。」


(危ない危ない。

 この魔王が人間ごときを直々に助けに行くと知られれば、

 普段極悪非道で通っている私のイメージというものが、

 崩壊してしまう…)


 慌てて言い直しながら、

 魔王は心の中でヒヤヒヤしながら呟く。


「さすがは魔王様、ありがとうございます!」


「フンッ、当然だ。」


 尊敬の眼差しの部下に、

 あくまで冷静に取り繕う魔王。


「…。」


(あれは絶対に大怪我してる。

 下手したら骨まで逝ってしまっているかも…。

 急がねば———)


 と、内心穏やかではない魔王は、

 上着を羽織りながら心の中でそう言うと、

 慌てて部屋を飛び出そうとする。


「お待ちください、魔王様!

 私も———」


「お前、は…、



“ 風呂 ”の準備をしておきなさい。」



「ぇ…?」


 魔王の言葉に動きを止めるシュドリィ。


「ぁ、いや、アレだ!


 これから私は走って駆けつけるから、

 きっと汗をかくはずだからな。

 戻って来て1番にその汗を流したい。


 け、決して、

 あの落っこちた魔術師のためじゃないんだからね⁈」


「…はっ、心得ております!!

 良い湯加減でご用意してお待ちしております‼︎」


「素直でよろしい‼︎」


 シュドリィはサッと敬礼し、

 その隣りを魔王は通り過ぎ、

 慌てて部屋を出て行くのだった。




 ———魔王城、庭園


「ったく、どこだ?

 確かここら辺に落ちたはずなんだが…。」


 庭園は薔薇の樹々で作られた迷路になっており、

 辺りが見渡せないのが難点だった。


「クゥ〜、

 迷路が難し過ぎてどっちに進めば良いか分からん…。


 それよりも…、


 周りの薔薇が綺麗過ぎて

 他のものが全く目に入ってこな———いっ!


 誰だ?

 魔王城にこんな綺麗な庭を作ってしまったのは…。


 嗚呼、今すぐ庭師を連れてこい!

 褒美をたんまりとくれてやるわ‼︎」


 と、いちいち目に入る薔薇に心奪われる自分に

 頭を抱える魔王。


「…なんてやっててもラチが空かんな。

 仕方ない、から探すか。」


 と、魔王はスンっと意識を集中させ、地面を蹴ると、

 彼の身体はフワッと浮き上がり、

 迷路が目下に見渡せるほどの高さにまで浮上していた。


「えっと、さっきの魔術師とやらは…、

 あ、いた、あそこだ。」


 下を見渡し、

 魔術師らしき者を見つけると、

 魔王はそちらに下降していったのだった。


「おぃ、大丈夫か?」


(ほうきの方は———、

 大丈夫じゃないみたいだな。)


「…っ。」


 魔王はボロボロになった魔術師をそっと抱き起こす。

 そばには、先ほどまで

 バキバキに折れて転がっていた。


「…。」


(良かった、息はある。

 このまま身体の方だけは元通りに回復させてやれる。)


 魔王は少し安心した顔で心の中でそう言うと、

 そっと魔術師に手をかざす。


 すると、ポワッと、

 柔らかい緑色の光が魔術師を優しく包むのだった。


 しばらくすると、


「ん…。」


 魔術師は弱々しくうっすらと目を開けた。


「っ…。」


「…っ。」


 そして、2人は目と目が合った。


「…。」


(気が付いたのか?


 とは言え綺麗な瞳だな…。

 思わず吸い込まれそうなほどだ。


 まるで、この瞳そのものが、“ 空 ”のようだ。)


 魔王は心の中でそう言いながら

 魔術師の空色の瞳に思わず息を呑む。


「美しい…。」


「ぁ、あの———」


「ぇ?」


(ぁ、いかん、つい見つめ過ぎてしまった。)


 魔術師は微かに声を出し、

 魔王は慌てて目を逸らす。

 その頬は若干赤く染まっていた。


「あなた、は?」


「へ?

 …ぁ、えっと、」


(ここで正体を明かして余計に怖がらせても仕方がないし…。

 人間は魔界、しかもそれの王のことを

 特に恐れていると聞くし)


 魔王は口元に手を当てて心の中でブツブツ言いだした。


「あなたは、一体、どこ、から…?」


「ぇ…、」


(まぁ、それくらいなら、

 言っても大丈夫、か…)


 迷った挙句、

 魔王は目線を上に向けるとともに、

 空を指差した。


「ぇ、空…?!



 あなた、空が飛べるんですか?!」



「うぇ?!

 あ、う、うん、まぁ…。」


 魔王の仕草に、テンション爆上がりの魔術師。


「うわぁ、すごいなぁ〜。

 あなた、空が飛べるんだ!」


「…っ、」


(目、キラッキラだな…。)


 魔界では羽が生えているものもザラにいるので、

 飛べたとしてもそんなに珍しいことではないのだ。

 

 それゆえこんなに目をキラキラさせながら大絶賛されてしまって、

 若干のけぞりながら目をパチクリさせる魔王。


「地上を駆ける白馬の王子様かと思ったら、

 こんなにも凛々しい天使様が、

 空から舞い降りて来てくださったんですね。


 助けてくれてありがとう、天使さん。」


 そうやって微笑む魔術師に、


「え?」


(おい待て、何だ?その可愛らしい台詞は⁈

 どこの台本にそんな言葉が載っている⁈

 今すぐ脚本家を連れて来い!

 

 金か?よし分かった、

 いくらでもギャラを払ってやろう‼︎)


 魔王は心の中で悶絶しながら、

 顔中真っ赤にさせながら頭からはプシュ〜っと煙を上げていた。


「愚かな。天使は君の方だろう。」


(私はどちらかと言うと、じゃない方、

 人間族君たちで言う悪魔の方の分類、だろう…?)


 思わず顔を逸らしながらそう呟くも、

 照れ臭そうに彼女の方をそっと見る魔王。



 …と、次の瞬間、



「嗚呼、もう、ダメ…。」



「え?」



「お腹、すいた…。」



「はぃ?」


 魔術師はそう言ったあと、

 ぐ〜、と大きくお腹を鳴らして

 そのまま意識を手放してしまった。


「…あ、あの、ちょっと、


 え、え⁇


 魔術師さぁぁぁああーん‼︎‼︎」


 魔王の叫び声だけが

 庭園中に響き渡るのだった…。




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なんか知らんけど魔法が使えちゃった魔王様が、 空を飛びたい魔術師を落としてみた。 しろがね。 @Kai-whitesilver

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