@rumonkadoka

第1話

『保温力なんと5時間以上〜!』

『素晴らしい!こちらは私も買っちゃおうかな!』


ただいまの時刻、AM1:45。

後15分で丑三つ時だ。

そう、丑三つ時。丑三つ時を意識できてる。だからまだ俺は大丈夫。


目の前にあるぐしゃぐしゃのストロング缶も

割れた青とピンクのマグカップも

リボンをつけた猫のキーホルダーがついた合鍵も、そんなにダメージじゃない。大丈夫。


もう一度、時計に目をやる。丑三つ時が近い。早く眠らなくては…。

なぜここまで丑三つ時を意識するか?というと俺はなによりも怪談やホラーが嫌いだからだ。

夜の学校や踏切、神社や歩道橋なんかは怪談によく出て来るし、夜中のお風呂はホラー映画ではかならず襲われる場所で鉄板。丑三つ時はゆうれいが動き出す時間だ。

こういったものを避け続け早23年。


そして、冒頭に戻る。


目の前の光景をもう一度目に焼き付ける。


「はぁ、しょうがねえよ」


ぽそっとつぶやいた。

何が起きたかって?

ああ、そうだな…心苦しいが、言葉にしてしまおう。

社会人一年目、人生ではじめて出来た彼女に振られたのだ。そう、振られたのだ!!

つい先ほどの出来事であるが、振られた理由はいうまでもない。


頭の中で振られたことを何度も噛み締め

回想しているうちにもうAM1:50だ。

早く眠らなくては、見たくないものに遭遇してしまうかもしれない。

そうならないためにいつも睡眠薬をAM1:00には服用しベッドに入っているじゃないか。


…これがよくなかったんだけど。

本当は初めての彼女と初めての夜と初めての朝を迎えるはずだったのだ。


彼女が家に来て…

はじめはよかったんだ、はじめは


………遡ること前日の夕方18:20


彼女と駅で18:00に待ち合わせだったが

来る気配がないため心配になった俺は彼女に電話をかけた。


3回ほどかけると

ようやく可愛い声が聞こえた。

『…あ、もしもし?才くん?』

「おつかれ〜。るいこちゃん、もう駅に着く?」

『ちょっと残業になっちゃってて…今や〜っと携帯触れた!ごめんね。』

「そっか、大変だったね。…お疲れのところ申し訳ないけど、できれば、まだ夕日が出ているうちに来てくれると助かる。」

『夕日?よくわかんないけど早く行けるように頑張るね!20分くらいはかかっちゃうかも。ごめんね〜。』

「…了解、とりあえず待ってるよ!できるだけ、明るいうちに…よろしく…。」


彼女の急いで向かうね〜という一言を最後に電話を切った。

20分か…

スムーズに公共交通機関を乗り継ぐことができれば、18:40ころ待ち合わせている駅に着く…として

この駅から俺の家までは徒歩で約15分ってとこだ。

だが、きっと向かう道中で、酒やつまみなんかを買うだろう。なんてったってお泊まりだからな。

なんなら、先日この約束をした日に彼女が料理を振る舞うと言っていたな…そうなるとスーパーへ寄ることになる。

…想像だが、何が好きかとか嫌いとか話しているうちにスーパーでの滞在時間は少なくとも20分くらいにはなるだろう。


…なかなか際どいぞ。

俺の中の怪談、ホラー警報が鳴っている。


俺は携帯で本日の日没時間と入力し、検索した。結果は、18:56。

俺の中の警報がさらに激しく鳴り響く。

不味いな、家へ向かう途中には確実に日は落ちていて、暗くなってしまった外を歩くことになるではないか。


俺がなぜここまで暗くなることを気にするかというと、駅からスーパーに寄って俺の家へ向かう途中には、どうしても避けられない夜の踏切がある。

いわば、怪談ゾーンを通らなければ帰ることはできないということだ。

しかし、俺の中には怪談ゾーンを通るという選択肢は無い。


リミットを儲けよう。

彼女が18:40までに駅に着くことができなければ、俺は先に家に帰る。

そうするしかない。


彼女は同じ社会人一年目の同期だ。

部署は違うものの、俺たちは一年目の同期飲み会で偶然隣に座っていた。

経緯は忘れてしまったが、あいさつをお互いに交わしたあと趣味や嗜好の話になり

次第にお互いがホラー嫌いという部分で意気投合。そこから仲良くなり交際へ至った。


そう、ホラーが嫌いという唯一の理解者だ。

彼女なら、暗くなった道を歩くことの危険性も理解してくれるだろう。


リミットが来た時点で俺は帰宅。彼女にはひとりで家まで来てもらおう。

なんなら、タクシー代は出すし。


只今の時刻、18:31。


彼女の到着を駅で待てるのはあと9分となった。


ブブッ、携帯が鳴った。


「もしもし」

『才くん〜!今買い物来てるんだけど〜』

「か、買い物?!今?!」

『ん?今〜!才くんの苦手なものって辛いもの以外あったっけ?』

「いや、ないよ〜。あ、あの、買い物なら俺の家の近くのスーパーでもよかったのに。ほら、ほら!荷物とか重いだろうし…」

『あ〜、そこ心配してくれるの?ありがとう。でも、食材選んでるところ見られちゃったら何作るかバレちゃうじゃん?これは、サプライズだから!サプラ〜イズ!ふふふ』


ふふふ?!?!

まだ駅に向かってないことがサプライズだよ!!!


と、言いたいのを飲み込み

時間を確認する。


18:41。

リミットの時間を1分超えていた。


もう帰らなければ…

暗くなってしまう。

幸い、スーパーに寄らないため踏切は通らなくて済みそうだ。

しかし、駅から真っ直ぐ俺の家へ向かうとなると、今度は俺の怪談ゾーン認定の夜の神社の前を通ることになるのだ。

神社へ続く細長い階段と、登った先に見える赤い鳥居は、明るい時間に通りかかれば厳かに佇む神聖なものに見えるかもしれない。

だが、暗い時間に通るとなればそれはもう如何にも…で鳥居からは何かこの世のものではないものの手が出てきて、神社に誘われてしまうのでは…と想像してしまうくらい俺には恐ろしい。


俺が彼女を駅で待てるリミットを超えた今、暗くなる前に駅から俺の家へ向かわねばならない。

俺の中の怪談警報がガンガン鳴っている。心苦しいが、理解してもらおう。家へ向かいながら彼女に断るしかない。


小走りで家へ向かいながら、彼女がふふふと笑う電話口へ言葉を発した


「あっ、るいこちゃん買い物はまだかかりそう?」

『ん〜、もうレジに並んでるよ!才くんと待ち合わせている駅の一つ前にある、大きいスーパーで買い物したからレジが終わればもうすぐだよ。待たせてごめんね。でも、料理には自信あるから!楽しみに…』

「ごめん!そういえば、ちょっと俺の家のキッチン汚くてさ〜。せっかく作ってもらうしキッチン掃除しながら家で待とうかな。」

『…ははは、べつに気にしないよ。デスクも汚かったじゃん。今は才くんほとんど在宅だから知らないけど、まあ、ごめんだけど想像はつくよ。』

「そ、そう?それでもやっぱりるいこちゃんには気持ちよ〜くお料理して欲しいし。家でお掃除してますっ」

『え、待って。どういうこと?…あ、袋はもってます。え、私は駅からひとりで才くんの家に向かえばいいの?この解釈で合ってる?』

「合ってる!流石るいこちゃん。仕事できなだけあるわ〜。そしたら、Googleマップで位置情報送るから。わからなくなったら電話して?」

『あ、え…わかった』


ブツっと電話が切れた。

るいこちゃんはどこかほんのり歯切れが悪く感じたが、理解してくれたってことで良いだろう。

俺はすでに駅から家までの3分の1は過ぎたところを進んでいた。

ビルやマンションの間から見える夕日は30度のお辞儀をして、今日の太陽はもうまもなく終業いたします。

と、蛍の光が流れている店内を想像させるような終わりの雰囲気を感じる。


「俺の培った23年が死んでしまう。暗くなる前に家の中に入らないと。」


小走りだったのを中走りくらいに早めて俺は家へ向かった。


「ふう、ギリギリセーフっっ」


バタンと扉を閉め、時計を確認した。

18:56を指している。


「あっぶねー、日没時間ぴったり」


思わず声に出してしまった。

思い返せば、想定外のことが少々あったものの

逆算した結果、計算通りといっていいほどぴったり家に到着したわけだ。

怪談やホラーゾーンと遭遇しないための特別な思考回路が俺の中にあるのでは?と、思う。

我ながら自身の持つ危機管理能力には賞賛を与えたい。


ふぅ、と一息ついたのち

家の明かりをつけ、窓から外を眺めた。

すでに夕日は店じまいをしているようで全く姿は見えず、辺りは暗闇にポツポツと他所の建物の明かりや、街灯が見えるだけとなっていた。


ブブッ

携帯が鳴った


「もしもし」

『…もしもし?才くんの家に位置情報通り向かっているんだけれど、道わからなくて…。』

「えっ。まじ?どのへんにいる?」

『ん〜、たぶん…これ…赤い…鳥居?かなぁ。ん〜、たぶん神社?の近く歩いているんだけれど、どこまで進めば才くんのマンション見えてくる?マップの指示通りの道歩いているのかわからなくなっちゃった。』

「あ、神社のところにいるんだ。それなら、まだまだ先だよ。るいこちゃんの見てるマップ合ってるよ。そのままマップの指示通り進んじゃって〜!」

『…そう、わかった』

「うん!よろしく!待ってるから!」


『…なんで…の?』

「ん?なんか言った?」

『なんで…待っててくれなかったの?』


ボソボソとるいこちゃんが寂しげに話す。

まあまあ、と宥めるように


「あ〜、それはほら汚いからさ。キッチンが。急いで掃除しないとと思って。」

『…そんなのわかりきってるから大丈夫って言ったじゃん。』

「や、本当に壊滅的なんですよ…、こんな台所るいこちゃんに立たせられないよ。」

『はぁ…、才くんさあ、何とも思わないの?この状況。』

「え、状況?」

『…あー、もう!!窓から外見てよ!!!!』


るいこちゃんの声色は怒っているのか、語尾が強い。


なーんで怒ってるんだ?キッチンを掃除しとく(本当は暗い中外を歩きたくないだけだが)と説明したではないか…。


とりあえず、外を見ろと言われたので窓へ目をやる。

もうすでに19:00を過ぎていることもあってか、真っ暗だ。

こんな中歩くことにならず良かったなと改めて安堵した。


俺は電話口に戻り「外見たよ。もう暗いね。」

と、答えた。



『…それだけ?』


何だ?

何か答えをミスしていたようだ。


「ん?それだけ?って?…あー、うーんと」


俺は頭を回転させた

るいこちゃんの納得いく答え…答え…

そういえばるいこちゃんもホラーが嫌いだったよな。


ホラーが嫌いなら俺と同じで暗い中外を歩くのは苦手なんだろうか?

でも、ホラーに出てきそうなホテルや廃工場、遊園地や教会などの場所は俺の家までの道中にはない。

もしかすると、るいこちゃんはただ世間話がしたかっただけなのか?


たしか、以前見たテレビで言っていたな…。

女性がひとりで暗い中歩かなければいけない状況のときには、誰かと大きな声で通話した方が防犯になって良いと。

きっとそういうことをるいこちゃんは言いたかったんだ!

だから、会話を続けて欲しいという意味で『それだけ?』を発したのだろう。


そうとわかれば…


「あ、うんうん。窓の外見たよ!結構暗くなってるね!まだ夏ではあるけれど、19:00となればもう暗くなっちゃうよね〜。るいこちゃんホラー嫌いだからって変な想像しちゃダメだよ。例えばそうだな…両手でチェーンソーを抱えたマスクマンが突然現れたり…なんて。って、話してると俺まで変な想像しちゃったな。ははは。」


これなら良いだろう。

だいぶ話が続いたぞ。


俺はるいこちゃんの求めていることに応えられた。好感度鰻登りだなと心の中でガッツポーズをした。


『…グス…グス』


鼻を啜る音が聞こえる


『…何でそんな話するの…グスン…』


な、泣いてる?!

焦りながらも俺は


「何でって…るいこちゃんが…」


るいこちゃんが話を続けて欲しいのだと思って…と、話そうとしたが食い気味に


『私っ?私が悪いのっ?わっ…私が残業だったからってこと?それで遅くなったから、私が悪いってこと?』


なぜるいこちゃんが悪いという話になるんだ?!


「ちょっと待って、待って落ち着いて」


と、慌てて伝えるも


『落ち着けるわけない!!確かに、残業になっちゃったのは私が仕事遅いせいだし、悪かったと思うよ…。でも、才くんがそんな意地悪なひとだと思わなかった!!!』


「意地悪?俺が?え?いつ?」


電話の向こうから大きなため息が聞こえ、るいこちゃんはポツリポツリと話し始めた。


『私、ホラーが嫌いって初めて話した時に伝えたよね?…私たちこの共通点がきっかけで仲良くなったよね?もう忘れちゃったの?ってことと…』


俺は頭をかきむしり

それは重々承知していることだが?!

何が良くなかった?!と返答を考えていると、さらにるいこちゃんは


『それと、ホラーが嫌いってことは…わかるよね?才くんもホラーが嫌いなら、私が言いたいことわかるよね?』


「え?んーと、なんだろう。でも、ホラー映画に出てきそうな場所は通らないはずだよ。」


『そうじゃなくて!!!!


もう、いい…。才くんのマンション着いたっぽい。』


「あ、306だよ」


ブツッ


電話が切れた。

カンカンカンカンと廊下を歩く音が遠くから近づいてくる。


ピーンポーン


「るいこちゃん、いらっしゃい…」


と、家の扉に手をかけた。



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