第25話:報告

 アラン・ウェインドの朝は早かったり遅かったりする。


 仕事柄深夜の仕事も多く、昼過ぎまで寝る事もあれば、早朝から仕事をするなんて事もある。


 一応家もあるが、スラムにある事務所詰所で寝泊まりする事が多い。


「違法奴隷商か……これは既に逃げられているな。検挙率は相変わらずか」


 珍しく早く寝たため、日が昇る前に起きたアランは、部下から上がってきた報告書の整理をしていた。


 アランの仕事は多岐に渡るが、空いた時間を上手く活用して書類や事務仕事をしているため、そこまで忙しくはない。


 もう少しで書類も無くなり、たまにはモーニングでも食べに出掛けようかと考えていると、扉を雑に叩く音がした。


 こんな時間に誰だと悪態を吐きたくなるが、起きている以上居留守をするわけにもいかない。

 

「起きているぞ」

「どうもー」


 入ってきた人物を見て、アランは驚いた。


「お前が二日連続で来るとは珍しいな。進展があったのか?」


 入ってきたのは先程まで酒場でどんちゃん騒ぎをしていたミリーだった。


 途中までは任務中だと言うことで飲む量をセーブしていたが、結局倒れる寸前まで飲んでしまった。


 最後にはゲロを吐きそうになるが、ミリー以上に酒を飲んでいるのに、ピンピンとしているサレンに治してもらった。


 サレンは信徒となった者達にだけ祈りを捧げ、重そうな袋を四つと酒場から貰った酒瓶を抱えて帰って行った。


 そしてミリーは治してもらってから、そのままアランへ会いに来た。


「そんな所だよ。確認だけど、今は大丈夫?」

「大丈夫だ。早く目が覚めたから、書類を整理していただけだ」


 ミリーは冷蔵庫から水を取り出し、飲みながらソファーへと座る。


「前に話したサレンディアナの出身だけど、他の大陸の可能性が高いね。それと、間違いなく高位の貴族かそれ以上だね」

「……その理由は?」


 隣国や近くの国の貴族とかならともかく、他の大陸となると流石のアランにも手に余る。


「今日酒場に行ったんだけど、手慣れた手付きでピアノを弾いてたよ」

「ピアノが弾けるから貴族……は分かるが、何故ほかの大陸が出てくる?」


 否定材料は他にもあるが、ミリーが言うならば最低限証明するための材料を揃えているはずだ。


 だから建前的な疑問を出す。


「結構曲を弾いたんだけど、一曲も私が知っているのが無かったのよ。それどころか、あれは全く別に進化したものだと思う。文化レベルもかなり高く感じたわ」

「決めつけや先入観は?」

「忍ばせておいたのが他に二人居たんだけど、知らない曲だってさ」


 総合的に見て判断した。

 それならばアランも納得できる。

 

「なるほど……他の大陸と言ったが、候補はあるのか?」

「うーん。それが結構難題でねー見た感じただの人だし、角か羽でもあれば判断できるけど……」


 現在アランやミリーが暮らしているのは中央大陸と呼ばれている場所であり、他に三つの大陸が確認されている。


 どの大陸にも特色があり、どの大陸も小競り合いが絶えない。

 また、魔大陸と呼ばれている場所と、中央大陸の仲は悪い。


 正確には一部の国々なのだが、中央大陸から魔大陸には簡単に行けるが、逆は少々難しい問題がある。

 

「個人的には魔大陸だと思うわ。あの顔だし、あの赤い髪が血を吸って染まったって言われても、信じられるでしょう?」

「まあ……な」 


 話す言葉とは裏腹に、見た目は女帝や女王と言われても信じられる風貌だ。


 だが、それはそれで疑問が残る。


「背中は確認したのか?」

「勿論触ってみたけど、何もなかったよ。頭は見たまんまだし、正直よく分からないんだよねー。そうそう。本登録の二十人そろっちゃったよ」


 サレンは常に頭巾ウィンプルを被っているが、流石に角が生えていれば分かる。

 背中の様に触らなくても、見ただけで角があるか無いかの判断できる。

 だが、流石に折れているなんて事を、考慮するのは難しいだろう。

 

「――流石に早くないか?」


 様々な宗教が入り乱れるこの都市で、新興宗教が二十人の信徒を得るのは相当難しい。


 それも仲間となる者が居れば別だが、サレンの様に一人でとなると無理に等しい。


「隊長が見た二人に、ギルドで六人。酒場で十五人って感じだね。多分まだ増えると思うよ」

「何か、やましいことでも?」

「ないない。あれは多分一種のカリスマだね。酒も強くて優しいし、ピアノも弾けるってずるくない?」


 宗教関係があまり好きではないミリーも、ここ数日サレンと一緒に居ることで、少しずつ惹かれ始めていた。


 特にゆったりとピアノの前に座り、演奏を始めた姿は今も目に焼き付いている。


 あれは魔性のものだ。


 あれは夜にこそ輝くものだ。


 シスターなんて光は、騙っているだけに過ぎない。


 それがミリーから見たサレンだ。


 だが……あの加護は本物だ。


 酒場で気付く者は居なかったが、サレンの力は一般的なシスターや神官から逸脱している。


 加護とは神が与えたもうた奇跡だが、個人差がある。

 使える回数や強度は千差万別だ。


 だが、治療で例えれば大抵の者が切り傷を治せるのがやっとであり、回数も日に十回程度だ。


 だからポーションが主流となっているのだが、中には聖女や大司教などと呼ばれる例外がいる。


 一般的な宗教では役職としての位と、能力としての位がある。


 能力があればその分役職も上がるが、中には役職を上げるのを嫌っている者もいる。


 大体が冒険者を兼業していたり、巡礼のためとかだが、この話は一旦置いておこう。

 

「……魔大陸に伝手は無い。かと言ってミリーの予想が的中しているなら、場合によっては国が騒乱に巻き込まれるが……」

「誰か向こうに送って情報を集めてみれば? 本当なら噂位流れていてもおかしくないし、イノセンス教についても何か調べられるんじゃない?」


 正論だが、アランは腕を組んで背もたれに寄りかかる。


 アランとしてもミリーの提案は賛成なのだが、問題がある。


「――人員は居るのか?」

「居ないね!」


 ミリーは笑顔で言い切った。

 

 黒翼騎士団はその特性から人員があまり多くない。

 その多くない人員もあちこっちに送り出しているので、此処に居るのはアランを含めて七人だけだ。


 これ以上減らせば、通常業務にも支障が出てしまう。


 唯一送り出せるとしたら目の前にいるミリーなのだが……。


「彼女の危険度はどうだ?」 

「未知数だけど、前回話した通りハイタウロスをワンパンだから、最低でもAじゃない? ついでに加護の事を考えればS以上だろうね。魔法についてはまだ未確認だよ」

「力技で隠蔽も無理か……仕方ないが、一人送るとしよう。最悪赤翼か緑翼から人員を借りる」


 帝国には色を模した騎士団が六つ存在している。


 それぞれ色ごとに役割があるのだが、黒翼は見ての通り諜報や裏の仕事担当である。

 

 赤翼は治安維持や護衛。

 青翼は流通と外交関係。

 黄翼は防衛。

 緑翼は情報と事務。

 白翼は慰安と潜入。


 そして黒翼は上記の通りだ。

 

 アランは第三隊長なので他にも黒翼騎士団の隊長は居るのだが、この都市の管轄はアランであり、他の隊長達も勿論忙しいのだ。

 ホロウスティアにスラムは三つあり、全てをアランの隊が管理している。


 今いる東のスラムは直接管理し、残りの二つは副隊長が管理している。


「団長に話をして青翼に行ってもらった方が良いんじゃない? もしくはサレンディアナを適当な罪で都市から追い出すとか?」

「記憶を失っているのが本当だとして、記憶が戻ってからの事を考えると下手なことは出来ん」


 いつ爆発するか分からないのなら、手元で管理しておきたい。

 それがアランの答えだ。


 仮に爆発したとしても、最悪の場合は自分達が動けばどうにかなる自負がある。


 隊長の名は、伊達ではない。


「了解。私はどうすればいい?」

「一つ頼みたい仕事がある。偶然にもまた彼女関係だがね」


 アランは先程読んでいた違法奴隷商の報告書をミリーへと渡した。


 ミリーはさっと読みながら、ある一文で首をかしげた。


「東スラムで兎人が腹にナイフを生やして走っていた…………ね」

「奴隷商の所から逃げ出したか、拐う現場に居合わせたのだろう。普通に考えれば死傷だが……」

「生きている……わけね」


 ハイタウロスとの戦いの際、内臓がはみ出て死にかけていたアルバートを、サレンは治して見せた。


 ナイフが刺さった程度の傷なら、サレンは治せるだろうと、ミリーは思い至った。 

 

「ああ。彼女の監視のついでに、情報を聞き出してくれ」

「了解しましたー」


 やる気のない返事をしてミリーはソファーから立ち上がり、アランに報告書を返すついでに、一枚の紙を渡した。


「これ、経費で宜しく」

「――却下だ」


 それは酒場で飲み食いした領収書だった。





1




 ユランゲイア王国にあるとある公爵家の一室。


 そこにでっぷりと腹が出た貴族の男と、全身を黒の衣装で統一し、顔を隠した男がいた。


「失敗したか……あの剣は奴が持ったままか?」

「はい。追っていた全員が殺され、毒を与えたものの、通りすがりのシスターが治したため撤退しました」

「化け物とは思っていたが、貴様らが殺されるとはな。それに、家宝も持って帰れんとは……使えないゴミ共めが!」  

  

 貴族の男は顔を隠した男を殴りつけ、鬱憤を晴らす。


 貴族の男はライラの親であり、現グローアイアス家当主。


 名をコネリー・トリトニア・グローアイアスと言う。


 顔を隠している男はグローアイアス家……正確にはコネリーに仕える暗部だ。


 だが、彼らに忠義はない。


 契約という名の鎖に縛られ、死ぬか従うかの二拓しかない哀れな犬だ。


「申し訳……ございません」


 反感を持つことも出来ない。


 敵対する意思を持てば、その時点で体に刻まれている刻印が発動し、男の命を奪う。


 男に出来るのは、ただ許しを請う事のみ。


「誰が使えないゴミを飼ってやっていると思っているんだ! あの化け物はともかく、剣だけはなんとしても取り戻せ! やっとあのクソ爺が死んだんだ。これ以上邪魔をされてなるものか!」


 コネリーは癇癪を起こし、暗部の男に向かって机の上にあったワイングラスを投げつけた。


 それで気が済んだのか、息を整えた後に額から流れる汗を拭う。


「次失敗したら全員処分するからな。分かったらさっさと取り戻して来い!」

「承知しました」


 感情の乗らない声返事をし、男は部屋から出て行く。


「クソ爺め! 何がお前には剣を握る資格が無いだ! 剣など振れようが振れまいがどっちでもいいだろうが!」


 グローアイアス家の家宝である剣は、資格がないものが振るえばなまくらと同程度の切れ味となり、資格があるものが振るえば山をも断つ力を持つと言われている。


 コネリーはそんな話をただの言い伝えと思っており、剣についてはただの飾りとしか思っていない。


 ただの飾りならばここまでして取り戻そうとしなくても良いと思うが、これには訳がある。


「第二王子の婚約まで後三ヶ月。それまでにはなんとしても……」


 グローアイアス家の剣は見映えは勿論、伝説については国内に知り渡っている。


 何より、この剣は昔から王家が欲しがっていた。


 これまでのグローアイアス家はこの申し出を断っていたが、野心家であるコネリーは違った。


「化け物とは違い、メーテルはなんと可愛いことか……この機会を何としてでも……」


 ワインで汚れた床をメイドに片付けさせ、未来の展望を夢想する。


 王家の血を取り込み、その後は…………。


 コネリーの野望は芽吹き掛けようとしていた。


 だが、この時コネリーは激昂していたせいで、報告の一つを無視してしまっていた。

 

 王国の特殊な毒を治せる者が、ライラの近くに居るという事を。

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