第26話:朝帰りといつもの人

 気付いたら夜が明け、朝になっていた。


 そんな経験を、誰しもしたことがあるのではないだろうか?


 徹夜でゲーム。終わらない仕事。酒の飲み過ぎ。


 どれもやったことがあるが、まさか異世界に来て早々やってしまうとは思わなかった。


 死屍累々の酒場。


 後々知ったが、営業時間を普通にぶっちしていたみたいだ。


 飲み過ぎ騒ぎすぎで床には男共が倒れ付し、外からはゲロを吐く音が少し聞こえる。


 ライラとシラキリは早々に帰ったみたいだが、俺も一緒に帰りたかった……。


 まあ沢山酒は飲めたし、信徒も二十人を越えたから良しとしよう。


 帰り際ミリーさんと信徒達には酔い覚めの祈りを捧げ、物凄く感謝された。


 ついでに店から酒瓶を一本貰い、今回の代金は何故か無料になった。


 かなり大量に飲んだのだが、ほろ酔いから先にはいかず、何なら酔い覚ましの祈りをしたら自分の酔いも醒めた。


 飲もうとすれば幾らでも飲めそうだが、これからはしっかりと自制するようにしよう。


 それにしても、この身体に対しての疑問が増えるばかりだ。

 知らないはずの名前。知らないはずの曲。

 そして、よく分からない力と能力。


 チート……などと呼べるものかも知れないが、期待や高揚感よりも恐怖の方が強い。


 歳を取ってくると、やはり安定志向になってしまう。

 既に遅しだが、やはりスローライフが一番だ。


 そんな感じで日の光を浴びながら、目印を頼りにルンルン気分で廃教会へと帰る。


 少々眠いが、問題はない。


 袋を部屋の端に置き、廃材の木で作った机の上にペンと数枚の紙をセットする。


 それでは、楽しい楽しい執筆活動の開始だ。



 




1



 



 


 教会に隣接している家。


 その一室にはライラとシラキリの姿があった。


「朝……か」


 朝日が壁の隙間から入ってきた事により、ライラは目を覚ました。


 布団から這い出て、周りに薄く魔力を飛ばして索敵をする。


 そして、直ぐに無駄な行為だと止めた。


「朝ですか?」


 ライラに続くようにして、シラキリも目を覚ます。


「ああ。さっさと起きてシスターサレンの様子でも見に行こう」

「はい!」


 兎の獣人であるシラキリは耳が良く、僅かな音も聞き逃さない。


 それが兎獣人の普通なのかを、知る術は今の所無い。


 ただ、サレンによって助けられてからは、前よりもずっと音を拾えるようになったと、シラキリは感じていた。


 道を歩いている時や、たまたま聞こえた情報の中で、サレンの不利益になりそうな事は、ライラに逐一報告している。


 サレンの前ではあまり表に出していないが、シラキリは所謂狂信者一歩手前となっている。


 無論それはイノセンス教にではなく、サレンに対してだ。

 最初の頃はライラにも警戒心を持っていたが、ライラが説得し、強さを見せつけた事により和解している。


 ライラの方は後ろめたいものもあるが、その事を表に出すようなことはしていない。


 もしもライラがサレンを裏切れば、シラキリは躊躇なくライラの首を落とそうとするだろう。


 身内だから使う。


 シラキリから見たライラは、それだけの存在だ。

 サレン程ではないが一応シラキリはライラにも情を持っている。

 身内の枠から外れた瞬間に消し飛ぶ脆いものだが、今後どうなるかはライラ次第だろう。


 そしてそんなシラキリが昨日サレンを置いて先に帰ったのは、その方がサレンの利益になるとライラに説得されたからだ。


 無論それはライラの嘘なので、コロッと騙されただけだ。

 

 そんな二人は揃って着替え、ライラは昨日買った剣を分割したものと、実家から持ち出した剣を腰に下げる。


 シラキリも同じく昨日買った小刀を、背中に交差させて差す。


 一度外に出て顔を洗い、それからサレンが寝泊まりしている廃協会の部屋へと向かった。


「音は?」

「居ます」


 教会に入って直ぐに、それだけ会話をする。


 サレンが居るかどうか。そして起きているかどうかをシラキリなら聴くことができる。

 

 いると分かっていても、ちゃんと扉を叩く。

 

「どうぞ」


 声を聞いてから扉を開けると、サレンは紙にひたすら何かを書いていた。


 その文字はライラが知っているものとは違い、読む事ができない。


「おはようございます。昨日話していた通り、しばらくの間私は執筆作業をしますので、自由にしていただいて結構です」


 スラスラと執筆作業を続ける姿に一株の不安を覚えるが、サレンに疲れの色は見えない。


「分かったが、シスターサレンはいつ頃帰宅されたのだ?」

「…………朝とお昼は大丈夫ですので、夕飯はお願いしますね」

「――シスターサレン?」


 サレンの赤い髪がビクリと震えた。


 まるで悪い事がばれた子供の様な反応。


 後姿は可愛らしいものだが、その目は鋭いままである。


 そんな中、シラキリは部屋の端に置いてある酒瓶を発見した。


 ライラの袖をくいくいと引っ張り、酒瓶を指さす。

 

「シスター……サレン?」

「先程……帰ってきたばかりです」


 後ろから感じる視線に耐え切れず、つい言葉を漏らす。


 あれだけの事をやっておきながら、サレンも人の子なのだとライラは溜息を吐いた。


「我からは何も言わんが、程々にな」

「気を付けます」

 

 外見は自称十七歳。中身はもう直ぐアラサーの男が年下の少女に窘められるのは、なんとも哀れなものだった。


 そんなサレンに挨拶をした二人は冒険者ギルドへと向かった。


 武器の購入で、有り金をほとんど使い果たした二人にはお金があまりない。


 それに武器の購入の際に、約束した件もある。


 この自由な時間を存分に利用し、ランクを上げようと目論んでいる。


 屋台で朝食用の焼き串を買い、祈りをしてから食べる。


 そして馬車に揺られていると、冒険者ギルドの前へと着いた。


 年端も行かぬ二人はサレンとはまた違った意味で周りの目を引き付けるが、声を掛けようとする者はいない。


 原因の大半はライラによるものだ。


 種族のごった煮のこの都市でも見掛けない、艶やかなグラデーションの髪。


 小さな背に装備した、合計四本の剣。


 一本や、予備のための二本位が普通なのだが、四本だ。


 ただの少女なら持ち歩くことも出来ないだろうが、ライラは特に気にすることなく歩く。


 防具こそ初心者のそれだが、初心者とは思えない風格が出ている。


 シラキリはどう見ても初心者なのだが、持っている武器がどう見ても初心者用の物ではなかった。


 なにかとチグハグな二人は、どんな依頼を受けようかと悩む。


 第一に、日を跨ぐ依頼は出来ない。


 第二に、なるべく実入りが良い依頼が良い。


 第三に、なるべく戦闘系が良い。

  

「おや、ライラちゃんとシラキリちゃんじゃない」


 初心者向けの依頼が貼り出された掲示板を眺める二人に、声を掛ける者が現れた。


 ピンク色の髪を短く切り揃え、服は動きやすさを重視したものを着ている。

 ホットパンツを履いているため、健康そうな太ももが大胆にも晒されているが、一部はスパッツで隠されている。


 ライラは声を掛けて来たミリーへと振り返り、やはりかと思う。


 偶然を装っているが、間違いなく自分達を監視するために来ているのだろうと察していた。

 流石にどこの所属でどの様な思惑があるかまでは分からないが、下手に反応すれば自分やサレンに被害が出るのは分かり切っているので、知らんぷりをしている。


「ミリーさんか。何用だ?」

「面白い依頼でもないかなーって探してたら、見知った顔が居たから声を掛けただけだよ。なんか面白いのあった?」

「無いな。我らは実入りの良い依頼を探しているが、何かないか?」

「実入りねー」

 

 ホロウスティアは通常の都市の数倍程の面積があり、それに伴い様々な問題が日々起きている。

 なので依頼自体は大量にあるが、だからと言って良い依頼がある訳ではない。


 一応冒険者ギルドが依頼の精査をしているが、中には悪質な依頼もある。

 そんな時の為に保険があったりするのだが、加入率は四割程度に留まっている。

 

「実入りならやっぱりダンジョンかなー。運が良ければ宝箱が見つかったりするし」

「ダンジョンか……誰でも入れるのか?」

「冒険者ランクによって、入れるのは決められてるね」

 

 ダンジョン。


 魔力溜まりに特殊な魔石ダンジョンコアが生まれることによって出来る、特殊な空間だ。


 どうしてダンジョンコアが生まれるのかはまだ判明しておらず、その研究のために初心者ダンジョンがあったりする。

 

 一説には神の試練とも呼ばれるが、ダンジョンはダンジョンコアを壊さない限り成長する。


 成長することにより現れる魔物が強くなったり、何故か出現する宝箱の質が上がったりと良い面もあるが、魔物を討伐することなく放置していると、問題が起こる。


 所謂スタンピードだ。


 本来ダンジョンで生まれた魔物はダンジョンから出ないのだが、この時ばかりはダンジョンから溢れ出し、暴れまわる。


 だがしっかりと管理できれば恩恵も大きく、経済はかなり潤う。


 ホロウスティアの周りにも沢山のダンジョンがあり、冒険者ギルドや騎士団。公爵家や帝国が管理している。


「我らが入れる場所では稼げるのか?」


 冒険者に成り立ての低ランクが入れるダンジョンは、初心者ダンジョンを除き三つしかない。


 ダンジョンの優先入場が出来るとはいえ、稼げる額は高が知れている。


「あー。私が一緒ならもう少しランクが高いダンジョンに入れるけど、良かったら一緒に行こっか?」


 自分で言ってから、低ランクではダンジョンで稼ぐのは難しいと思いだし、そんな提案をミリーはした。


 パーティーとしてなら、ライラ達ももっと危険度の高いダンジョンに入ることが出来る。


 普通低ランクの冒険者を連れて行くのはよくないが、ミリーも相手がライラだからしているのだ。


 ハイタウロスを相手に不慣れな武器で戦うことが出来ていたライラなら、ミリーが入れる程度のダンジョンなら問題ない。

 

 完全な初心者であるシラキリも居るが、先日手に入れた武器と訓練の際にみせた思い切りがあれば、そう簡単に死ぬことはないだろう。


「そうしてもらえるならありがたいが、キャリー行為は禁止されているのではないか?」

「またまたー。アドニスをボッコボコにしてたライラちゃんなら、私が手を貸さなくても大丈夫でしょう? シラキリちゃんは……頑張って!」

「はい!」 


 サムズアップに対してシラキリは元気よく返事をした。


 

 



1



 




「空いている程よいダンジョンですか? ミリーさんが入れる所ですと……狼の宴ウルフカーニバルなんてどうでしょうか? 場所は北ギルドとなりますが、転移門が無料で使えるので、どうでしょうか?」


 そんな話をマチルダから聞いた三人は転移門を使い、北ギルドに向かった。


 転移門は使用に料金が掛かるが、貢献度ランクがC以上なら無料となる。


 パーティーを組んでいれば、パーティーメンバーも無料だ。


 勿論無料なのをいい事に何度も使用すればペナルティーが課されるが、そんな馬鹿な真似をするのは田舎の貴族くらいだ。

 

 冒険者ギルドのロビーを素通りし、馬車に揺られること一時間。


 ダンジョン。狼の宴に着いた。


 初心者ダンジョンとは違い人で賑わっており、宿屋や鍛冶屋などの店もある。

 

「着いた着いた。久々に来たけど、混んでるね。まっ、私達には関係ないけどさ!」


 ダンジョンには入場条件を満たしているからと言って、全員が好き勝手にダンジョンに入ることは出来ない。


 基本的に予約制となっており、今からダンジョンに行くか―と、思い立ってから行っても入ることは通常出来ない出来ない。


 通常ではない手段として、深層が深いダンジョンは転移装置があったりするので、それを使うならば、予約をする必要は無い。


 条件として転移装置がある階層までは自力で潜らなければならないが、深層まで一気に潜れたりする。

 

 他には初心者向け。或いは高難易度のダンジョンならば今日の今日でも入れるが、そんな事をする者はほとんど居ない。


 そしてライラ達三人も普通ならダンジョンに入れないのだが、先日手に入れた優先入場権があるので……・


「確認しました。間も無く次の入場となりますが、合わせる形でよろしいでしょうか?」

「モチのロンで」 

「ミリー様の場合、魔石回収バックのレンタルが無料でできますが、どうしますか?」 

「お願い~」


 ギルド出張所で貰ったカードを出せばご覧の通りである。


 女三人組で尚且つ全員見た目が幼いとなれば侮られたり、ちょっかいを掛けられそうなものだが、やはりライラのせいで皆躊躇っていた。


 見た目は四本だが、計八本もの剣を装備しているのはやはりおかしいのだ。


 また魔石回収用のバックとは、所謂マジックバックと呼ばれているものである。

 

「狼の宴……注意事項などはあるか?」

「うーん。低層の内は罠とかはないけど、とにかく沢山魔物が出てくるから、群れられる前に倒すこと位かな?」


 狼の宴は全三十層のダンジョンだ。


 低層と呼ばれる一層から十層までは魔法が使えない狼系の魔物が押し寄せるだけなので、そこそこの実力さえあれば簡単に攻略できる。


「今日行けるかは分からないけど、中層と呼ばれる十層以降は色々と注意が必要だね」


 中層からは罠だけではなく、魔法が使える狼人間ワーウルフや群れのリーダーとなる魔物も現れるようになる。


 中層の魔物は、個体で見れば強くてもD級からC級なのだが、群れの形や魔物の種類によってはB級相当となるだろう。


 最低でも五人でパーティーを組む事を推奨されているが、マチルダはミリーの戦闘スタイルを知っているため、問題ないと判断して勧めた。


 まさかライラとシラキリも一緒に行くとは思っていなかったので、三人で転移門のある部屋に向かい始めた時、少しだけ冷や汗を流していた。

 

「分かった。中層まで行けそうなら、その時にまた聞こう。金もそうだが、シラキリには実戦を積ませなければならんからな」

「ライラちゃんは良いの?」


 当然の疑問だろうが、ライラはホロウスティアに来る途中でB級の魔物を討伐したことがある。


 低層に現れるようなE級やF級では準備運動にもならない。

 

 あくまでも低層での話なので、中層まで行けるのならばそれなりに戦う気でいる。

 

「一度は戦うが、問題なければ基本はシラキリに任せる気だ。雑魚などいくら狩った所でつまらんだけだからな」

「おいおい嬢ちゃん。なにいっちょ前な事を言ってんだ」

 

 溜息交じりに吐いた言葉だが、それを聞いた者が居た。

 中肉中背だが、少し腹が出ている男。

 何も知らない人が聞けば、ライラの言葉はただの強がりのように聞こえてしまうだろう。


 それだけではなく、ライラの言葉は此処に居る人間を、馬鹿にしているように聞こえたのだ。

 

 狼の宴は冒険者ランクD以上でなければ入る事が出来ない。 

 低層こそ魔物は弱いものの、中層からは一気に難易度が増すからだ。

 

 中層をクリア出来れば一人前と一部では呼ばれており、一種のステータスとなる。


「誰だか知らぬが、本当の事だ。魔法も使ってこないような魔物など案山子と一緒だ」

「馬鹿言ってんじゃねえ。魔法が使えなくとも速さや量は、そこらのダンジョンとは違うんだぞ! そんな使えもしなさそうな武器なんて持って…………ダンジョンは公園じゃねえんだよ!」


 男の怒鳴り声がロビーに響き、ライラとミリーはうんざりしながため息を吐いた。

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