第15話:誰が彼女を呼んだのか?

 サレン達が廃教会で寝ている頃、日陰者達は今日も精力的に仕事をしている。

 

「人工ダンジョンにハイタウロス……ね」


 執務室で事務仕事をしていたアランは、上がってきた報告書を見て眉をひそめた。


 ダンジョンである以上事故は起こりえる。

 だが人工ダンジョンは名前の通り人の手によって作り出され、人の手によって管理されている。


 つまり、事故は人為的に起こさないと起こらないのだ。


 その事が分かっているギルドは、事件にあった被害者にを相手に下手に出るしかない。


「戻りましたー」

「ミリーか。接触は出来たのか?」

「勿論。いやー疲れた疲れた」


 ギルドでサレンに接触したミリーはアランの部下であった。


 主に表側での情報収集をしており、黒翼騎士団では珍しい女性の騎士だ。


 ミリーはアランが個人的に買った冷蔵庫から飲み物を取り出し、ソファーに寝転んだ。


「そうそう。あのグラデーションの子の素性も調べておいたよ。偽名はライラで、本名はライラルディア・フェイナス・グローアイアス。例の王国の公爵令嬢だけど、あの髪のせいで扱いは酷かったみたいだね。一応第二王子と婚約関係にあったけど、三ヶ月前に解消済み。理由は髪が不吉の象徴だからだってさ。それと、あの死体はやっぱり王国の暗部で間違いないよ。国から逃げたライラを他国で殺して、国際問題にでもしたかったんじゃない?」


 アレンはミリーの話を聞き、ライラをどうするか考える。


 無理矢理送り返したとして、待っているのは一人の少女の死だ。

 だからと言ってこのまま帝国に放置すれば、いつ問題が起こるか分からない。


 まだ少女の身でありながら、暗殺のプロ達を一人で殺しているのがいい証拠だろう。

 

「戦闘能力は計れたか?」

「とりあえず初心者ダンジョンに行ったけど、運良くハイタウロスが出たから大まかに計れたよ」

「まて。お前、この件の当事者か?」

「この件?」


 アランは今読んでいた報告書をミリーに渡した。


 その報告書を読んだミリーは「なるほどねー」と呟いてから、報告書を返した。


「先にその件の話をするけど、多分本当に事故なんだと思うよ。軽く探ってみたけど違和感や異常も見当たらなかったしね」

「そうか。ならこの件は公的機関にそのまま任せるとしよう。それでは続きを頼む」

「ほいほい。そのハイタウロスを相手にして一緒に戦ったんだけど、多分本気を出せば一人でも勝てたんじゃないかな? あっ、それで思い出したんだけど、もしかしたらあの子、公爵家の家宝を持っているかもよ」

「……は?」


 アランはライラと会った時の事を思い出す。


 少し薄暗かったが、剣を携えていたのは覚えている。

 そしてライラの生家である、グローアイアス家の事を思い出そうとした。


 他国の貴族と当主は覚えていても、その家宝までは覚えるのは困難だ。


 だが、運良くアランは昔一度だけグローアイアス家の家宝を見せてもらい、当主自ら剣の解説をしてもらった事があった。


 見せてもらったのは一本の剣であり、収まっていた鞘までは流石に覚えていない。


 刀身が独特だったので、実際に見れば分かるだろうが……。


「その事は一旦見なかったことにしよう。どうせ分かる者もいまい」

「まあね。このまま様子見でいい感じ?」

「ああ。仮にだが、成長して帝国の戦力となるのならば、価値はあるだろう。どうせあの国には彼女の居場所など無いのだからな」


 ユランゲイア王国ではライラの様な髪の色の存在を、呪われた存在として扱っている。


 その理由は古き時代の風習を重視するユランゲイア王国の国柄と、過去に起きた事件のせいだ。


 昔、ユランゲイア王国では一人の男により、滅亡の危機に瀕したことがあった。


 その男の髪は綺麗なグラデーションとなっており、人々に虹の悪魔と恐れられた。


 他国との協力で殺すことは出来たが、国の半分が焦土となり、更に国土の一部を他国に譲る結果となった。


 この事件以降、ユランゲイア王国では虹の悪魔と同じ髪の赤ん坊が産まれると、禁忌の存在として殺していた。


 ライラが生きている理由にはライラの祖父が関わっているのだが、その祖父はもうこの世にはいない。


「言葉だけは厳しいねー。後二人居るけど、どちらから聞きたい?」

「……前半は聞かなかったことにしよう。獣人の少女の方から頼む」

「了解しました! 名前はシラキリ。出身は分からなかったけど、大体三年前から孤児としてこの都市にいるみたいだね。どこかの貴族の庶子とかって可能性はゼロだろうね」

「それはいい報せだな」


 ライラの件で頭を悩ませているアランはホッと息を吐いた。

 ただの少女ならば気を揉む必要はなく、いざとなればどうとでもなる。


「戦闘については未知数だけど、光るものはあったね。あれは良い暗殺者になるよ」

「それは悪い報せだな」


 上げてから落とす。

 ミリーは満面の笑みだった。


「まあ、現状は気にしなくていいだろう。それで、最後の一人について頼む」

「あー。うん」


 ミリーは困り顔になりながらも頷く。


「先に言っておくけど、私の推測もかなり入るから、判断は任せるよ」

「情報に関しては一家言あるお前がそう言うか……。先ずは聞いてから判断しよう」

「はいはい。名前はサレンディアナ・フローレンシア。イノセンス教のシスターらしいけど、調べた限りイノセンス教なんて宗教はこの大陸には無いみたいだね。一応百年前くらいまでは遡ったけど、過去にもそれらしいものはやっぱりないね。崇めている神様も同じくね」


 現状サレンが勝手に作った宗教と神であり、知る者は誰もいない。

 アレン達からすれば、無害であるのならば放置で構わない。


 或いは帝国の糧に出来るのならば、それなりの便宜を図るのも良しとしている。


 ライラの様にどちらに傾くかわからない存在も、様子見で済ます程度の度量もある。


 だが敵となりうる可能性が高いならば、多少の傷を負うことになろうとも早急に排除するのが、黒翼騎士団の使命だ。


「ふむ。続けてくれ」

「記憶が無いと本人は言ってたけど、本当の事だと思うね。知っていて当たり前の知識も無いし、見た目と違って割りと抜けている感じがしたわ。確かあの教会で生活してるんでしょ?」

「ああ。あそこは曰く付きであり、そのまま居なくなるなら構わないと思ってな」

「その件だけど、少しおかしいのよねー」


 ミリーは冷蔵庫から勝手に取ったジュースをラッパ飲みし、ポケットから折りたたまれた紙を取り出して、アランに渡した。


 内容はとある人物に対しての目撃情報なのだが、読み終わったアランは眉をひそめた。


「……目撃情報が無かった?」

「うん。あれだけ目立つなら誰かしら目撃情報が出ると思ったんだけど、今日と昨日以外の目撃情報が全くのゼロ!」


 おどけた感じにミリーは話すが、実際に調査をした時は何回も確認し、かなりの人数を調査した。


 調査を行ったのはミリーだけではないのだが、あれだけ目立つ人間の目撃情報が無いなんて、普通はありえないのだ。

 

「結界の方は調べたのか?」 


 結界とはホロウスティア全域を覆っているものだが、何かを防ぐ目的では使用されてない。


 正確にはホロウスティアを覆う程の結界に、防御機能を持たせることは出来なかった。


 結界の主な機能は、異常魔力を検知する事だ。


 都市に多大な被害を齎すような魔法が使われた場合、使用者の魔力を記録し、探し当てることが出来る。

 都市内部だけではなく、外部から内部に放たれたものも記憶できる。


 転移など大きく魔力を使用する魔法が外部から使われれば、結界が異常を知らせる。


「勿論。結果は異常無し。ついでに、周辺の国の貴族。子爵以上でだけど、サレンディアナ・フローレンシアなんて名前の人物は存在しなかったわ」

「ふむ……」


 突如現れ、曰く付きの教会に住み始めた女性。

 仮登録を出来る程度の金銭も持ち合わせている。

 

 高貴な身と思われる見た目だが存在を確認はできず、未知の宗教を広めようとしている。


 仮登録が通っている以上、帝国に対して問題ないと判断されている。

  

「それと、彼女の奇跡は他の宗教の教皇とかと同じ位みたいよ。魔法については分からないけど、ハイタウロスをハンマーの一撃で吹き飛ばしてたわ」


 ミリーは今日の初心者ダンジョンでの出来事を思い出す。


 他国の公爵令嬢であり、強さを隠している状態でハイタウロスと渡り合うライラ。


 始めての戦闘と言っているのに、ゴブリンの首を躊躇なく切り裂いたシラキリ。


 訳の分からない怪力でハンマーを振り回し、瀕死の人間を完全に癒せる程の奇跡が使えるサレン。


 ライラについては何か隠していることは明白だが、サレンについては全く分からない。


 人間性については善よりだと思うが、教会や神にあまり良い感情を持っていないミリーとしては、排除してしまうのも手だと思っているが……。

 

「確認だが、帝国の特定の人物に対しての敵意らしいものはあかったか?」

「記憶が無いんじゃ、そんなものは無いでしょ。どうやってこのホロウスティアに現れたか知らないけど――――火種になるわよ?」

「だとしても、疑いの段階で手を出すのは不味いだろう。それに、この都市にフリーで回復をしてくれる存在が居るのは心強い限りだ。だろう。ミリー?」

「――そうね」


 ミリーは頬を膨らませ、不機嫌そうにしながら答えた。

 その様子を見てアランは肩をすくめ、まだまだ子供だなと溜息を吐いた。


 一応、疑いの段階で処罰する事など造作もないが、この都市は実験都市である性質上、徹底的な悪事以外は見逃す傾向にある。

 

 少しでも帝国の為になるのならば。


 黒翼騎士団の様に、必要悪なんて存在が容認されているのが良い例だろう。

 

「サレンディアナについては俺の方で調査を進めてみるとしよう。せめて出身だけでも分かれば、そこから対応の仕方も探れるからな。ライラルディア……ライラについてだが、持っている剣が家宝かどうか。それと、どうやって入手したかを探ってくれ」

「了解しました隊長殿」


 ミリーはソファーに寝ころんだまま敬礼をし、直ぐに力が抜けてソファーに沈んで行った。

 

 アランは若干イラっとしたが、気持ちを落ち着けるために冷めたコーヒーを一口飲んだ。


 そして、名案を閃いた。

 

「ライラの調査のついでに、サレンディアナの記憶がどこまでかも探っておいてくれ。何なら信徒になっても構わんぞ」


 態々ミリーの逆鱗に触れるかもしれない言葉を吐いた。


 ミリーはムッとするものの言い返す事はせず、手を振って応えた。


(やれやれ……、だが、先ずは十日ばかり様子見だな。あの教会に住んで生きていられるのならば、彼女には何かあるのだろう)


 アランは背伸びをしてから立ち上がり、冷蔵庫から酒の入ったビンを取り出してからコップに注ぎ、少しだけ飲んだ。


 この都市で生活していれば、騒動は日常茶飯事だ。


 一々気を揉んでいれば、疲れてしまう。


 酒を飲んで切り替えるのが大事なのだ。


 因みにビンの方はミリーが強奪し、飲み干されるのだった。

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