第14話:予想外の魔物

「これは問題が発生って奴だね。ダンジョンでの救援は任意だけど、基本はオススメしないよ。擦り付けや追剥に遭う可能性があるからね。ただ、相手が分かっているなら助けるのもありだけど――――付いてくる?」


 ミリーさんがダンジョンの奥の方を見ながら聞いてきた。


 個人的にはしっぽ巻いて逃げたいのが本音だが、神官として人を見捨てて逃げるのは駄目だろう。


 いや、出来ればこの世界から逃げ出したい。


 ライラとシラキリがどうするのかと、俺を見る。


 ――はぁ……。

 

「行きます。怪我人が居るのでしたらお役に立てるかも知れませんので」

「うんうん。良い心掛けだね。でも、死んでも責任は取れないから、死なないようにね。――行くよ」


 ミリーさんは一度ニッコリと笑った後に真面目な顔になり、走り出した。


 後を続いて少し走ると、怒声と金属が激しくぶつかる音が聞こえてきた。


「シスターサレン」

「何でしょうか?」


 俺の横で走っているライラが小声で話し掛けてくる。


「嫌な気配がする。いざとなれば我が盾になる故、逃げてくれ」

「……」

「なに。居座られたら本気を出せないだけで、負ける事はないから案ずるな」


 言葉に出来ない何かが、胸の奥から少し滲み出てくる。

 ライラはそれだけ言い残し、前を走るミリーさんの近くまで出た。


 確かに怖いが自分より年下の少女に、俺の為殿になれなんて言う程腐っているつもりはない。


 男として……大人として、やるべき事をやるだけだ。 

 

「糞が! こんな所にハイタウロスなんて有り得ないだろうが! そっちの小僧は大丈夫か!?」

「駄目! 血が……血が止まらないの!」

「チッ……もう直ぐ助けが来る筈だから、何とかして持たせろ! あいつは見捨てて逃げたりなんてしないだろうからな!」


 ギルドでミリーさんに話し掛けていたチャラ男と、一緒にいた新人達か……。


 あんな見た目なのにちゃんと頑張っているみたいだな。


「あちゃー。ハイタウロスか。A級で魔法耐性が有るくせに堅いんだよねー」


 ミリーさんが俺たちに、態々聞こえるように愚痴を溢す。

 逃げるなら今がチャンス……とでも言いたいのだろう。


 A級の魔物がどれ程かは分からないが、ミリーさんがC級なので、ミリーさんよりは強いのだろう。


「怪我人が居るみたいなので、最低でも回復だけでもします」

「逃げるだけならそれなりに得意です!」


 そんな事を言うと、通路の終わりに差し掛かる。


「そんじゃあ、お互い頑張ろっか」

「我も戦う故、倒せたならば報酬を頼むぞ」

「倒せればね……ね!」


 ライラとミリーさんは通路の終わりで一気に加速し、魔物へと突っ込んで行った。


 戦闘は三人に任せるとして、此方は治療してしまうとしよう。

 

 壁端に寄っている四人組に近寄ると、一人の少年が腹から血を流していた。

 シラキリに初めて会った時と同じくらい流れているので、あまり長くはないだろう。


 助けられるかどうかも問題だが、ただで助ける事は出来ない。

 

 焦るな……落ち着いて話せば、大丈夫なはずだ。

 

「失礼します。その方を助ける事が出来ますが、どうしますか?」 

「お願いします! アルバートを助けて下さい!」

「俺からもお願いします! 此奴が居ないと俺達は……」


 必死だが、無償の善意は人を腐らせる。

 シラキリとライラの場合は……まあ、ケースバイケースだ。


「分かりました。ですが、あなた方は治療のための対価を払う事が出来ますか?」

「必ず払うから頼む! 早くしないと……」 

 

 よし、言質は取ったぞ。


「その言葉を信用しましょう。邪魔になるのでどいて下さい。シラキリ。水で傷の周りを軽く流して下さい」

「分かりました!」


 えーっと、祈りの言葉は……シラキリの時と同じで良いか。

 うろ覚えだが、これまでの流れならば大丈夫なはずだ。

 少女ではなく、少年なので、そこだけは間違えないようにしなければな。


「天におりまする我が神よ。どうか少年から痛みを取り除き、罪をお許しください」 


 手を組み、地面に膝をついて祈りの言葉を呟く。


 少々煩い中、光が瞼を貫通してくるので、収まってから目を開く。


 粉々になった骨も、潰れた内臓も元通りだな。


 ……何故怪我の症状が分かったのだろうか?


 俺には一般的な医学の知識しかないので、見ただけで判断なんて出来ない。

 やはり、俺には……この身体には秘密があるのだろう。


「治りました。あなた方は逃げて下さい。治ったとはいえ、早く安静にした方が良いですからね」 

「でも……」


 チラリと戦っている三人を見るが、戦いはまだ長引きそうだ。


 俺も一緒に逃げたいが、逃げるにしても戦いの行く末を見守ってからだ。


 これでも自称シスターだからな。

 

「あなた達が居ても邪魔になるだけです。シラキリも三人と協力してこの方を運んで下さい」

「……分かりました」


 シラキリは少し迷ったが頷き、残りの三人は少し顔を引き攣らたが頷いてくれた。


「それでは行きなさ……」

「シスターサレン!」


 ライラの声に釣られて振り返ると、巨大な岩が此方に飛んできていた。


 俺とシラキリは多分避けるのが間に合うだろうが、この四人は潰されてしまうだろう。

 

 折角助けたのだから、金を払って貰うまでは生きてもらわなければ困る。

 

 ……全く……なんで新人訓練だというのに、こんな目に遭うのだろうか?


 背中に背負っていたハンマーを握り、タイミングを見計らう。


 大丈夫。俺ならば出来る筈だ。


「どっせい!」


 岩に目掛けてハンマーをフルスイングする。 

 女性にあるまじき掛け声だが、多分聞かれていないはずだ。 

 手応えはあまりなかったが、岩は砕け散ったので問題ない。


「さあ、早く逃げなさい!」

「は、はい!」


 シラキリを含め全員が通路へと走っていく。


 後は戦いを見守るだけだな。


「クッソ硬いわねー。ライラちゃんカバーお願い」

「承知。だが、こんな安物の装備では長くは持たんぞ」

「あっぶね! これでもくらいやがれ! 岩砕斬!」


 三対一になった事で戦いは安定しているが、決定打に欠けている感じがするな。


「フレイムカノン! ……やはり魔法耐性が厄介だな。だが……」

「新人達もいなくなったし、これは一度撤退かな? こいつは私達じゃあちょい厳しいねぇー」

「いや、こんだけ怒り狂ってるなら逃げられないだろう?」  


 一撃食らえばアウトだが、ハイタウロスの攻撃は大振りなので、三人とも上手く避けている。


 ライラは盾で防いだりしているが、上手く流しているように感じる。

   

 実際に戦いを見ると異世界って感じがするが、思っていたよりも恐怖を感じないな。


 ミリーさんは風の魔法と剣を主体に戦い、ライラは火の魔法と借りてきたランスと盾を使っている。


 腰には元々持っている剣がぶら下っているが、今の所抜こうとはしていない。


 チャラ男は普通に剣と多分土の魔法で戦っている。


「サレンちゃんもさー、一緒に戦わない?」


 ぴょんぴょん避けながら戦っているミリーさんが誘ってくるが、俺はただのシスターだ。

 シスターは基本戦わない。

 

 それに、こんな大怪獣バトルを繰り広げている中に入るなんて無理である。

 

「私はただのシスターなので、怪我を治すこと以外は……」

「普通のシスターはハンマーを振り回さないし、巨岩を破壊なんて出来ないと思うんだけど……な!」


 チャラ男が何か言っているが無視である。


 しかし、A級の魔物でこれ程か……見た目はミノタウロスだと思うのだが、ハイとは一体何を意味しているのだろうか?


 某モンスターゲームの進化や、三段階まで強くなる魔法の様に規則性でもあるのか?


 少しずつハイタウロスが血を流し始めるが、再生能力もあるのか直ぐに治ってしまう。


 三人にも疲れが見え始めるが、ミリーさんとライラには焦りが見えない。


 広場の隅で戦いを見ているが、俺が居た所で意味など無さそうなので通路に退避しようとしたその時だった。


 ハイタウロスが俺を見て、突進してきた。


 直ぐにチャラ男とライラがハイタウロスの動きを止めようとするも、ハイタウロスは止まらずに突進してくる。


 もしかして、俺の髪のせいだろうか?


 牛は赤くて動くものを見ると興奮すると聞いたことがあるので、可能性としては大いにある。


「逃げて!」


 ミリーさんの声よりも早く走り出して通路に向かうが、このままでは追いつかれてしまう。


 こんな時に魔法とかが使えれば良いのだが、俺にあるのはよく分からない祈りと、怪力だけである。


 ――俺の怪力はハイタウロスに通用するのか?


 もしも押し負ければ、そのまま地面の染みになってしまう。


 だがやらなければ、どの道殺されてしまう。


「……本当に、どうしてこうなったのやら」


 小さな声で呟いてから、ハンマーを両手で握り締めて振り返ると、直ぐ近くに大きな斧を担いでいるハイタウロスが目に映る。



 俺の持っているハンマーは一メートルと少し位あるが、機動性の無い俺では避けてから攻撃なんて無理だ。


 カウンターで武器の軌道をずらす事が出来れば、ライラとミリーさんの助けが間に合うはずだ。


 強く握り締めたせいか、ハンマーの柄から軋む様な音が聞こえる。


 ハイタウロスの斧が振り下ろされ、俺の脳天をかち割ろうと迫る。


 狙うのは斧の横っ面だ。


 スローになった世界の中、ハンマーをフルスイングする。

 

「どっせい!」


 斧に当たったハンマーは砕け散り、残った柄が折れ曲がる。


 ハイタウロスは斧に引っ張られるように壁へと激突し、崩れてきた壁により姿が見えなくなった。


「嘘だろ……」


 俺達の間に妙な空気が流れる。


 斧を弾ければ良い程度の考えだったのだが、まさか吹き飛ぶとはな……。


「あー、とりあえず一旦外に出よっか。まだ死んでないだろうけど、私達じゃ手に負えないしね」

「……うむ。我としては倒したかったが、やはりA級ともると、我の力だけでは無理のようだな」


 そんな魔物を一撃で吹き飛ばした俺は一体何なんでしょうね?


 あからさまに距離を取られながら外に出ると、シラキリとギルド職員が待っていた。

 

「サレンさん!」

「皆様大丈夫ですか!」


 俺以外の三人がさっと目を逸らすので、ギルド職員は首を傾げた。


「倒せてはいないけど、一旦動けないようにはしたから、早めに高ランクの人を送っといてね」

「はい。この度は本当にありがとうございます。後程謝礼と結果を報告させていただきます」

「あ、うん。謝礼ね。私は無しでいいわ」

「俺も無しでいい。なんならこのシスターさんに渡してくれ」


 貰えるならば金はいくらでも欲しいが、シスター……神(仮)に仕える者として、謙虚でなければ駄目だろう。


 とても欲しいけどね!


「神に仕える者として、その申し出をお受けすることは出来ません。私はただ見ていただけですから」

「……そうか」

「一応今回戦いに携わったパーティーにはギルド側から慰謝料が出ますので、そちらは受け取るようにお願いします。このダンジョンで危機的状態に陥るのは例えテロリストのせいだとしても、こちらの不手際です」


 困り顔だったギルド職員は真面目な表情となり、頭を下げた。


 人工のダンジョンであり、新人向けと銘打っているのにあんな化け物が出てくれば、ギルドの名前に傷が付く。

 その為に被害者にはしっかりと補償をし、謝罪はしたと公表したいのだろう。


 この申し出を断ればギルドを信用していないと思われてしまうので、受けておくのが妥当だろう。


「分かりました」

「同じく」

「了解」

「ありがとうございます。それと、先に戻っていた新人パーティーですが、命に別状は無いそうですが、此方で一泊してから帰るとの事です」


 祈った時、完全に治ったのを確認していたので心配はない。

 それよりも、職員に言っておかなければならないことがある。


「分かりました。それと、借りた武器を壊してしまったのですが、どうしましょうか?」


 今の今まで手に持っていた曲がった棒をギルド職員に見せると、ギルド職員が一瞬固まる。


「……あの……ハンマーが……ですか?」

「はい。破片はハイタウロスが居た広場に散らばり、残りはこれだけに……」


 修理費を払えと言われれば、後払いとなるが払う気である。


「……そう……ですか。今回についてはギルドから武器の費用の請求はしませんのでご安心下さい。それでは失礼します」


 若干挙動不審な動きでギルド職員は戻っていき、これで一先ず一件落着……で良いのかな?


「ちょいと事故があったけど、ダンジョンなんてこんなものだから、もし挑むなら注意するようにね。それじゃあ帰ろー」

「そうだな……俺はあいつ等を見てから帰るから、ギルドに伝言を頼む。今回は助かった。またな」


 チャラ男も去り、最初の時のメンバーが残された。


 そういえば名前を聞かなかったが…………まあ、いいか。


 しかし、自分としてはハンマーを結構強く振り回した筈だったが、衝撃や反動をあまり感じなかった。


 人間離れ……頭に折れた角の跡もあるし、性別どころが種族もやはり変わっているのだろう。


 体力的には疲れていないが、精神的にはとても疲れた。


 因みに慰謝料? 迷惑料は明日取りに来てくれとの事なので、今日はひな鳥の巣で夕飯を食べて帰りました。

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