第16話:あぶく銭と酒

 異世界に来てから早三日。


 更に言えば女性になってから早三日。


 この身体になって良かった点は、寝起きがスッキリしている事だろう。

 どちらかと言えば朝に弱いのだが、この身体だと気持ちよく起きられる。


 寝る時に胸が邪魔に感じるが、直ぐに寝られるので、今はそこまで気にならない。


 自分の身体を見たり、トイレなどで違和感を感じるが、これもその内慣れてしまうのだろうな……。


 他人の身体の筈なのに拒絶反応が無く、知らないはずの事を知っていたりする。

 その事に対しての恐怖は少しあるが、どうにもならないので割り切るしかないだろう。

 この身体の記憶でもあれば良いのだが、そんな事よりも今を生きる事の方が大事だ。


 このまま生きるにせよ、元の身体に戻るにせよ、死んでしまったらどうしようもない。


 ベッドから起き上がり、木枠の窓を開けると朝日が差し込んでくる。


 今日も一日頑張るとしよう。

 

 日差しを浴びながら背伸びをしていると、扉を叩く音がした。

 

「起きていますよ」

「おはようございます!」


 子供は朝から元気だな。


 今日は朝一で冒険者ギルドに行き、慰謝料? 賠償金? を貰った後にシラキリの武器を買いに行く予定だ。


 ミリーさん曰くそれなりの金額を貰えるとの事なので、期待している。


 ついでにライラも何か武器を買うと言っていたが、腰の剣は使わないのだろうかと疑問に思う。


 使わないのなら売って金にして欲しいと思ってしまったが、シスターどころか人として最悪なので言わないでおいた。


「おはようございます。ライラはどうしてますか?」

「外で鍛練をした後、今は瞑想しています」

「そうですが」


 鍛練とか瞑想など、普通に生活していれば聞かない言葉だ。


 流石異世界。


 シラキリに水を出してもらい、顔を洗ってから部屋を出る。


 ボロボロだった木の椅子を全て捨てた礼拝堂は閑散としており、欠けた女神像だけが鎮座している。


 女神像を新しくするか、補修するかはおいといて、床の張り替えを最初にしないとだな。

 壁の穴は塞いだが、床はただ塞ぐだけでは見た目も悪いし耐久面も不安だ。


 業者に頼むんでやってもらうのが良いのだろうが、金がな……。

  

「起きたか。直ぐに出発するのか?」


 外に出ると、ライラが瞑想をしていた。

 

「はい。時間は有限ですから、用事は早めに済ませ、有意義に時間を使いましょう」 

「それはレイネシアナ様の教えか?」

「はい。限り有るものを有意義に使う。とっ、いった内容となります」


 ライラは「そうか」と呟き、立ち上がった。


 ただ立ち上がっただけなのに、妙に様になっているんだよな……。

 

「それでは行きましょうか」

「うむ」

「はい」  

 

 朝食は屋台でサンドイッチを買い、馬車の中で食べる。


 出来れば節約のために自炊したいのだが、この世界の調味料や料理を味わい、味を理解してからではないと作るに作れない。


 決して面倒だからではない。

 

『次の停車は東冒険者ギルド前。忘れ物にご注意下さい』


 昨日と同じく運転手の放送が馬車内に響き、もう直ぐ冒険者ギルドに着く事を知らせる。


「おや、奇遇だね」

「昨日ぶりです。ミリーさんも受取りに来たのですか?」

   

 馬車から降りて歩いていると、ミリーさんが近寄ってきた。

 昨日のやる気に満ち溢れた雰囲気とは違い、気怠そうにしている。


「そーだよー。貰えるものはちゃんと貰わないと損だからね。折角だし、一緒に行かない?」


 個人的にはありがたい、二人にも確認を取ってみてだな。

 隣に居るシラキリとライラを見ると、察してくれたのか、頷いてくれた。

 

「構いませんが、体調は大丈夫ですか?」

「大丈夫大丈夫。夜遅くまで飲んでいただけだから」


 羨ましい……じゃなくて、ただの二日酔いか。

 

 そう言えば、怪我に祈りは効いたが、状態異常系に祈りは利くのだろうか?


 ――試す価値はあるか。

 駄目だったら駄目だったで、二日酔い程度なら大丈夫だろうし。


「良ければ治療しましょうか? 治せるかはわかりませんが」

「あーうーん。でもなー…………仕方ないか。お願いできる?」


 少しだけ声が聞き取れなかったが、まあ良いだろう。


 さて、祈りの言葉はどうするかな……。


「天におりまする我が神よ。彼女を苦しみから解放し、正常なる精神を与えたまえ」


 手を組んで軽く目を閉じて祈る。


 これまでより弱い光を感じて目を開けると、ミリーさんがきょとんとした表情をしていた。


「おー。頭の痛みも怠さも綺麗に無くなってる。やっぱりサレンちゃんのは他とは違うみたいだねー」


 他……ああ、他の神官とかって事か。


 回復魔法的な物は教会に所属して、加護を受けた人しか使えないらしいからな。


 この都市は様々な宗教が入り乱れているので、暴利を貪るなんて事は無いが、自分を選ばれた人間だと勘違いしているのが結構居るみたいだ。


 全てシラキリからの受け売りなので、実際に確かめてみないことには何とも言えんがな。


 つか、二日酔いって魔法? で治せるんだな。


「治ったなら喜ばしい限りです。私自身何が出来て何が出来ないのか、まだ把握しきれていないので助かりました」

「このお礼は今度するよ、それじゃあ行こうか」


 元気になったミリーさんの後に続き、冒険者ギルドの中に入る。


「おはようございます。お話は別室でしますので、付いてきて下さい」

「はいはーい」

 

 昨日と同じくマチルダさんの所に向かうと、軽く挨拶をしてから別室に移動する事となった。


 通された部屋は、第三副支部長室と書かれた部屋だった。


 扉の前に着くと、マチルダさんが扉を叩く。


「どうぞ」


 部屋のは中から、渋い声が聞こえた。


「失礼します」

「邪魔するよー」


 真面目なマチルダさんとは違い、ミリーさんは雑な感じで入室する。


 中に居たのは白髪が少し目立つ、中年の男性だった。


 ミリーさんを見てため息をついているが、見なかったことにしよう。

 

「初めまして。第三副支部長をしているネグロだ。今回はこちらの不手際で迷惑を掛けた。まずは座ってくれ」

 

 革張りのソファーに四人で並んで座ると、マチルダさんがお茶とお菓子を置いてくれた。


 そして対面にネグロさんが座る。


「今回の事件についてだが、おそらくダンジョンコアの暴走ではないかと推測されている。低級の魔物しか生み出せないはずだったのだが、長年使っていたため、魔力を溜め込んでいたみたいだ。その魔力が解放され、ハイタウロスが現れた……との見解だ」

「なるほどねー。私とアドニスじゃなければ、全員殺されるだけじゃなく、出張所の方にも被害が出ていただろうねー」

「申し開きもない」


 アドニス……もしかしてあのチャラ男の名前か?

 割りとカッコイイ名前じゃないか。


 それは置いといて、ネグロさんは俺達に向かって頭を下げた。


「正式な調査結果が出ればまた報告するが、落ち度は全てギルド側にあった形となるだろう。先ずは賠償として各自に五万ダリアとギルドが管理しているダンジョンへの優先権を与える。また、ミリーは今回の功績を称え、貢献度ランクをC級に昇格となる」

 

 一人五万か……俺の分はそのまま返済に充て、二人にはこの金で予定通り武器を買ってもらおう。


 賠償金としては高く無いだろうが、怪我も無く巻き込まれただけで金が手に入ると思えば儲けものだろう。


 俺には関係ないが、ダンジョンの優先権はライラとシラキリにとっては良いもののはずだ。


「ふむふむ。でっ、他は?」

「……それはあなたにでしょうか? それとも他の三人がでしょうか?」


 ミリーさんはそれだけなの? と言わんばかりに更に要求する。

 やはり知識がないと、何が適正か判断できないのは不便だな。


 ミリーさんがいない時は、ライラに交渉ごとは頑張ってもらおう。


「いやねー。ギルドの賠償は確かに聞いたけど、今回の件って要は帝国の、ホロウスティアの落ち度でしょ? 公爵様からは謝罪はないわけ?」


 ……どう言うことだ?


 困惑しながらネグロさんを見ると、少し顔色を悪くして目を逸らしたた。


 一般には知られていない裏事情……って奴かな?


「それが意味する事を、お前は分かっているのか?」

「勿論だよ。別に知らぬ存ぜぬでも構わないけど、良くない噂が広がるかもよ?」


 ネグロさんは大きなため息をつくと、立ち上がって机の引き出しから用紙を取り出した。


「出来ればこの手は使いたくなかったのだが……先ずはこれを読んでくれ」


 ネグロさんは俺達全員に用紙を渡してきたので、内容を確認したところ、どうやらや契約書の様だ。


 ざっくりと纏めると、今回の件を口外する事を禁止するが、その代わりにこの都市での公共関係の料金と、都市直営店での買い物の際に割引出来るカードを発行する。

 同意後に情報の漏洩が確認できた場合、契約違反と見なし、相応の刑罰を与えるものとする。

 

 大体こんな感じである。


「妥当な落し所ね。私達の様な平民に対する補償とすれば悪くないわ。サレンちゃん達もこれで良い?」

「大丈夫です」


 分からないが、ミリーさんが納得しているのなら問題ないだろう。

 

「問題ないならサインしてくれ。だが、同意後は十分に注意してくれよ。酒の席で口が滑ったとしても、此方まで噂が来れば漏洩と捉えるからな」

「はいはい。でも、私が何も言わなかった場合でも、話を漏らせば捕らえる気だったんでしょ?」

「そちらの三人には後で話すつもりだったさ。私の仕事には新人の教育も含まれているからね」

「情報の大切さ……か。騙す気が無いのなら良いが、我らを舐めると言うならば、いつか報いを受けさせるぞ?」

 

 侮られた事でライラが凄んで見せるが、ネグロさんは軽く笑った。


「そんなつもりはない。新人からベテランになり、他の場所で活動するのならば、契約を結ぶ機会やギルドを通さない仕事などもする事になるだろう。そんな時、失敗をしないように学んで欲しいだけさ。まあ、この馬鹿者と付き合いがあるなら問題ないだろうがな」

「馬鹿者とはなんだよ-。また酒を盗むぞー」


 個人ならまだしも、相手が貴族や国とかになれば、契約一つで大変な事態になるかもしれないか……。

 これで何も言わなかったら流石に怒っても良いだろうが、ちゃんと話してくれたのならば、俺から言う事は無いだろう。

 

 あと、盗んだ後の酒は俺も欲しい。


「取っておいた二十年物を盗んだのは貴様だったか……。ゴホン。ともかくだ、今回の事件が表に出ない限り、我々は君達に協力的な態度を取らせてもらう。何かあれば頼ってくれ。マチルダ」

「はい。此方が五万ダリアと割引用のカードになります。これから頑張ってね」

「最後に一つ。サレンディアナは聖職者だろう? 他人へ迷惑にならない範囲でなら、冒険者ギルドでの布教を許可しよう」


 それはありがたいが、ライラが言っていた通りなら下手に布教しても悪影響にしかならないんだよな……。

 回復だけってのは、この異世界では微妙みたいだし、下手に噂を広げられて敬遠されても困る。


 大々的にやるのは、本登録出来てからとしよう。


「ありがとうございます」

「構わん。それでは下がってくれて大丈夫だ」


 ミリーさん以外が軽く礼をしてから部屋を出る。


 因みにシラキリはずっとお菓子を食べていた。 

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