第12話:新人訓練
マチルダさんが去るのを、ミリーさんはため息を吐きながら見送った。
「全く……。えーと、大体のことは話したと思うけど、さっきチェックをしていた新人訓練について先に話させて貰うわね」
「新人ダンジョンのクリア以外に、知っておくことがあるのか?」
ライラが漏らした疑問に対し、ミリーさんが一瞬固まる。
「……コホン。知っているなら話が早いわね。ホロウスティアから少し離れた所に、人工的に作った訓練用ダンジョン。別名初心者ダンジョンをクリアするのが訓練内容よ。主に戦い方のレクチャーと、ギルド員としての心得なんかを教えるわ。後は街道や森の歩き方。ポーションや食料の良し悪しなんかの雑学も人によっては教えてくれるわ」
冒険者として活動するのに、最低限必要な事を教えてくれると。
知らなくても問題自体はないが、何事も初めや基礎が大事だからな。
「ついでに料金は割引有りで一人500ダリアね。付き添いのギルド員は冒険者ランクC以上の暇している人。つまり、今回だと私だ!」
全く知らない人よりは良いだろうが、なんだがなー。
ライラも微妙な顔をしている。
「まあ今日以外なら私以外になるけど、どうせ今日受ける気でしょう? これでもギルドでは評判が良いんだから、大船に乗ったつもりでいなさい」
「因にだが、お主は何が出来るのだ?」
ミリーさんはその質問を待ってましたと言わんばかりに目を輝かせ、急に立ち上がった。
「ふっふっふっ。なんと私は、タンク以外なら全てこなせるオールラウンダーなのさ! 魔法もそこそこ使え、前衛としても戦える!」
「……器用貧乏と言うやつか?」
「そうとも言う!」
あきれ気味のライラが的確なツッコミ入れるも、ミリーさんは特に気にしなかった。
おそらく、ミリーさんはソロの冒険者なのだろう。
そうでなければ、こんな簡単に俺達の引率を決められないだろうからな。
ソロが好きだからソロなのか、パーティーを組んでくれる人がいないからソロなのかは、聞かないであげよう。
「お待たせしました。それと、ギルド内で騒がないようにお願いしますね」
ミリーさんは周りを見て少し気まずそうに椅子に座り、再び話そうとしたところでマチルダさんが帰ってきた。
「此方がギルドカードになります。冒険者ランクが一定以上になりますとカードの種類が変わりますので、頑張ってください」
渡されたギルドカードはミリーさんに見せてもらったよりも安っぽい。
名前と冒険者ランクの所にはGと書かれ、残りの二つには一本線が引かれている。
「ありがとうございます!」
シラキリの元気な声にマチルダさんが微笑んで返す。
「いえ。お仕事ですから。新人訓練についてですが、今ならダンジョンの空きがあるので直ぐに向かえますが、どうなさいますか?」
やっぱりそこら辺はしっかりとしているんだな。
やらなければならない事はあるが、直ぐの直ぐどうにかなる話でもないし、このまま受けてしまっても良いだろう。
「お願いします」
「承りました。引率はミリーさんとなりますので、ダンジョン前に居るギルド出張所の受付にこちらのカード渡して下さい。また、一日で終わらない場合は別途料金が必要となりますが、後日また受ける事が出来ます。それでは行ってらっしゃいませ」
マチルダさんに見送られ四人でギルドの外に出ると、ミリーさんがくるりと此方へ振り返った。
「さて、今から向かう訳だけど、シラキリちゃんとサレンちゃんは武器どうする? 一応借りる事も出来るけど、個人的には買う事をオススメするよ」
武器か……。
ライラは自前の物があるが、俺とシラキリは何も持っていない。
何なら防具すらない。
シラキリはともかく、俺は当分外に出る気は無いので必要ないが、シラキリがこれからどうするか次第で、買い与えるのも手だろう。
今は金がないのでどうしようもないが……。
「今回は借りようと思います。シラキリも先ずは戦えるかどうかを見る必要があるでしょうからね」
「任せて下さい! 必ず役に立ってみせます!」
シラキリがやる気に満ちた目でズイッと近寄ってきたので、軽く頭を撫でながら遠ざける。
「了解。因みに新人研修中の武器レンタルは無料だよ。ただ、故意に壊したりなんかすると賠償する必要があるから注意してねー」
「ふむ。無料ならば我も他の武器を使ってみるとしよう」
日本人としてはやはり日本刀に憧れを持っているが、この怪力では難しいだろう。
無難にハンマーやメイス辺りを使うか、いっそのこと無手……籠手やガントレットもありかもしれない。
魔法が使えれば別の選択もあるが、今のままでは前衛しか出来ない。
前衛系シスターなんて流行らない。
「そんじゃあ、先ずは初級ダンジョンに向けてしゅっぱーつ!」
初級ダンジョンにはバス停ならぬ馬車停で東門に行き、そこから一度乗り換えて向かう。
東門までが約三十分。そこから初級ダンジョンまでが一時間程だ。
ついでに、時間の概念は全く一緒だった。
楽だから良いが、やはりもやもやしてしまう。
馬車の中ではミリーさんが色々とレクチャーしてくれたのだが、これと言って目新しいものはなかった。
魔石が売れば金になるとか、魔物によっては素材が高く売れるとか、手堅く稼ぐならダンジョンだが、一発狙うなら未開拓地もありだとかそんな感じだ。
「そう言えば三人は珍しい組み合わせだけど、どうやって出会ったの?」
「私は……」
「我は足を挫いていた所を、無償で助けてもらったのだ。シスターサレンは記憶が無いという事なので、恩を返すために護衛をしている」
シラキリが話そうとしたところをライラが遮り、ライラはシラキリに目配りをする。
なるほど、俺がやった祈りについては伏せておこうと思っているのか。
ライラがミリーさんを警戒しているのは何となく分かっているが、そこまで隠す程の事なのか?
ひな鳥の巣の時は特に何も言ってなかったが、常識に疎い状態では判断も出来ないか。
「わ、私も似たような感じです!」
「なるほどねー。確かシスターさんだっけ? 異端審問官とかじゃなくて?」
何故そんな物騒な職が出てくるのか知らんが、これでも自称普通のシスターだ。
「いえ。記憶に間違いがなければ、一介のシスターです。多分戦いなどもしたことないはずです」
「ふーん。魔法は使えるの? それと加護とかは?」
「それについては何とも。一応人を癒す事ができるので、加護自体はあると思いますが、どれ位かまでは分かりません」
この世界の魔法や加護。常識といった知識はまだまだ不足している。
場合によっては答え方一つ間違えた結果ミリーさんと敵対、或いは利用される可能性だってある。
手探りながらの会話。
それを言えばライラとシラキリもだが、こればかりは祈るしかない。
今の俺では、一人では何もできないのだから。
1
「とうちゃーく! そんじゃギルドによって武器を借りたら出発しよう。後はダンジョンに入ってから話すから、早く行くわよ」
馬車を降りて直ぐに、ミリーさんは今にも歌いだしそうな程のハイテンションで歩き出した。
新人向けと言われるだけあり、ダンジョンの外にあるのはギルドと数件の店だけだ。
ダンジョン自体は、岩壁に大きな門がくっ付いている感じだ。
人為的に作ったダンジョンらしく、新人向け兼実験用に運用している。
そんな感じのダンジョンを遠目に見ながらギルドの出張所に入ると、数組の若いパーティーと引率と思われる人が同じく数人居た。
ついにダンジョンに入るのだと思うと、少し緊張してしまうな。
「おっ、ミリーじゃないか。今日は引率か?」
「そっ! 早くランクを上げたいからね」
「そうだよな。俺も早くC級に上げてしまいたいもんだ。そっちの新人は……ひっ!」
ミリーさんと話していたチャラ男風の男は俺を見るなり悲鳴を上げた。
「あっ、サレンちゃーん。お顔が怖いことになってるわよー?」
「これはすみません」
どうやら緊張で顔が強張っているみたいだな……リラックス……リラックス。
「すみません。緊張していたみたいです」
「そ、そうかい。それじゃあ俺はもうそろそろ行くとするよ。じゃあなミリー」
チャラ男はぎこちなく笑った後、四人組の男女を引き連れて扉を出て行った。
全く……この身体は色々と不便だ。
「いやー助かったよ。あいつ、私に気があるみたいで結構言い寄ってくるのよねー。私が可愛いからって限度があると思わない?」
「あやつの目は欲の目に染まっておったな。見た目通りの男なのだろう」
ミリーさんとライラが「これだから男ってやつは……」と愚痴っているが、俺も中身は一応男なんだよな。
シラキリもその話を興味津々で聞いている。
ミリーさんは快活で可愛いので、男に人気があるのは仕方ないだろう。
「まあ愚痴はこの辺にして、さっさと行くとしましょうか。あっ、これ許可証ね。それと、武器借りていくからよろしくー」
マチルダさんから貰った許可証をギルド職員に見せた後、ギルドから出て裏手に回ると、武器庫と書かれている倉庫があった。
ミリーさんが無造作に開けると、様々な武器が倉庫の中に置かれていた。
弓や石っぽいのが付いた杖。更に珍しいのだと戦斧やモーニングスターなどだ。
「此処で選んだらまた戻って受付で登録し、それからダンジョンに行く感じだよ。さあ、好きな武器を選びなさい!」
選ぶとしたら予定していた通りメイスやハンマー辺りかな。
今回は最低限の自衛が出来ればそれで良い。
「ふむ。我はこれを使ってみるとしよう」
ライラが選んだのは盾とランスだった。
どちらも大きく、あんな状態で戦えるのか少し不安である。
まあそんな不安も、軽くランスを振り回しているのを見て無くなったが。
「うーん」
シラキリはキョロキョロと見渡し、決めあぐねている様子だ。
ただの孤児に、何の知識もなく武器を選べと言っても困るわな。
「悩んでいるシラキリちゃんにプレゼントだよ。これなんてどう?」
ミリーさんがシラキリに渡したの、鞘に収まっている二振りの剣だった。つまり、お揃いと言うやつだな。
ミリーさんが持っている剣より小ぶりだが、双剣とはカッコいいな。
「とりあえず使ってみます!」
「よしよし。別に両方を使わなくて片方は予備としても有りだから、駄目そうならそうしましょう。それで、サレンちゃんは決まった?」
「一応決まりました」
俺が結局選んだのは、一番重くて堅そうなハンマーだ。
一応他の武器を持っても見たのだが、軽すぎたり柄が妙な音を立てそうだったので止めておいた。
殺す事だけならできそうだが、手加減についてはやはり考えなければな。
「……いや、本当にそれで良いの?」
ミリーさんが真顔で俺の持っているハンマーを見つめるが、そんな大きな物を本当に使えるのか半信半疑なのだろう。
「これ位ではないと直ぐ壊れてしまいそうなんですよね……」
一度倉庫の外に出て、軽くスイングする。
すると風が吹き荒れ、ミリーさんやライラの髪がなびく。
「……いや、これは流石の私も予想外かなー」
ミリーの声は震え、若干表情がひきつっているが俺が逆の立場なら普通にドン引きするだろう。
「すっ! 凄いです! 流石サレンさんです!」
「ありがとうございます。一応シスターなので、基本は治すことが専門となりますが、自衛位は覚えないとですからね」
ハンマーの重さは持った感じだと木刀くらいだ。
比重を鉄で計算するとしたら、大体五十キロだと思う。
ただしハンマーなので、柄の端を持てばその分重く感じるだろう。
これくらいなら疲れること無く振り回すことが出来るが、日常的に持ち運ぶのは不便だ。
「――そのハンマー貸して貰って良い?」
「はい」
ミリーさんが俺の持っていたハンマーを持ち上げようと手にするが、顔をプルプルと震わすだけで持ち上がることはなかった。
だが、ミリーさんから妙な違和感を感じた後、ミリーさんは軽々とハンマーを持ち上げた。
「うーん。強化すれば持てるけど、素では無理だよねー。いや、サレンちゃんどんだけ筋肉あるのよ」
「さあ、何分記憶が無いものでして」
「なら仕方ないね! さてと、武器も決まったことだし、今度こそダンジョンに行くよー」
各自それぞれ武器を持ち、再びギルドへと戻る。
ワクワクよりも恐怖の方が強いが、どうなることやら……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます