第8話:美味しいパンとお掃除
これで用事らしい用事は終わったが、やらなければいけない事は沢山ある。
ライラと道中軽く話したが、俺に渡した金が全財産らしい。
それで良いのかと聞いたところ、命の価値に比べれば少なすぎると答えた。
なんとも達観した少女だが、そのためライラも俺達と一緒に、生活する事になる。
つまりだ、生活必需品を買わなければならない。
三人分ともなれば、それなりの値段になるだろうし、掃除用具も買わないとだろう。
更に当面の活動拠点はあの教会にする気なので、他のスラムの住人が入って来ないように対策をする必要もある。
特にシラキリには服を買ってやらなければならない。
順番にこなしていくにしても、ライラから貰った金だけでは全く足りない。
まあライラの金がなければ、ひな鳥の巣と役所で詰んでいたがな。
「これで正式に布教活動が出来るわけですが、先ずはライラやシラキリの服を買いに行きましょう。それと、掃除用具を買ったら一旦帰りましょう」
「分かりました」
「うむ」
俺とライラはこの都市の事を全く知らないので、これまでと同じくシラキリの案内で雑貨などが売っている通りに向かう。
ちょいちょい布教活動をしている同業者を見かけるが、一体どれだけの宗教があるのだろうか?
他にはバイトらしき募集の紙や、パーティーの募集をしている冒険者も居た。
見回りをしている衛兵らしき人も結構いるので、治安は良さそうだ。
ただ、やはり視線の類が気になってしまう。
こればかりは仕方ないと割り切り、なるべく堂々とするように心がける事にした。
何かちょっかいを掛けられるようなら、ライラを盾にすればいい。
どれ位強いかは知らないが、用心棒を買ってでる辺り、腕に覚えはあるのだろう。
ライラはシラキリと違い、死にそうになっていた理由は、外傷ではなく毒によるものだった。複数の毒が相互に作用するため、一般的に治すのはほぼ不可能だった。
――俺は何故こんな事を知っているのだろうか?
頭が少し痛むので、深くは考えないほうが良さそうだ。
買い物自体は問題なく終わり、三人で手分けして運んだ。
雑貨屋の扉を引こうとしたらミシっと音がして手の跡が付いてしまったが、多分誰も気付いていないのでノーカンである。
あちこちを回ったせいで、廃教会に帰ってくる頃には昼を過ぎてしまっていたが、シラキリ一押しのパンを買ってきたので問題ない。
廃教会までは思っていた以上に入り組んでおり、一人で外出したら帰ってくるのは難しそうだ。
直線距離はそこまででないので、スラムの土地の値段次第では全て買い取って、直通にするのも良いかもしれない。
ただの皮算用だが、未来に希望を持つことは良い事だ。
しかしスラムとはいえ、立地自体は悪くないように感じる。
何故放置されているか分からないが、この都市特有の何かがあるのだろう。
「此処か……随分と古めかしいが、悪くはなさそうだな」
「土地の所有権とかはないので、勝手に居座っているだけですけどね」
「シスターサレンの身の上は知らんが、この程度では何も言わんさ」
俺の身の上よりもライラの身の上の方が凄く気になるが、出会いを考えれば下手に深く関わると大変な事になりそうだ。
だが気になるのも事実なので、落ち着いたら聞いてみるのも良いかもしれない。
「荷物を置いたらパンを頂き、それから掃除をしましょう」
「はい! このパンはとっても美味しいので、期待してください!」
ぴょこぴょこ耳を跳ねさせ、シラキリは機嫌が良さそうだ。
「それではレイネシアナ様に感謝を捧げ、いただきます」
「いただきます!」
「いただきます」
荷物を置いた後三人でパンを食べるが、普通に美味しい。
日本で売られている物ほどではないが、普通に柔らかい。
食べ物もそうだが、技術的な面なども結構レベルが高い。
雑貨屋でも石鹸や紙なども売られていたので、技術的な知識で金を稼ぐのは難しそうだ。
何か専門の知識や技術があれば話は変わるが、ただの営業だからな……。
色々と広く浅く知ってはいるが、どれだけ役に立つのやら……。
あっ、掃除の前に聞いておかなければならないことがあったな。
「ライラは魔法をどの程度使えますか?」
「我か? 光と水以外ならばそれなりに使える。魔物もB級程度ならばとりあえず倒す事が出来る」
……聞いたのは良いが、魔法の属性や魔物についてまではシラキリから聞いてなかったな。
知ったかぶるのも良いが、ここは素直に聞いておこう。
「すみません。どうも記憶が抜けているみたいでして、属性や魔物について教えていだけませんか?」
「構わぬが、国ごとに多少違いがあると認識をした上で聞いてくれ」
コホンと一度咳をしてから始まったライラ先生の魔法と魔物のなぜなに講座。
魔法はよくある属性魔法と、神や精霊の力を借りる奇跡や祈りと呼ばれる魔法。更に念力などの無属性に分類されるものがある。
他にも国によって違いはあるが、大まかにこんな感じだ。
属性は細分化されているが、火水風土光闇が基本らしい。
何の属性が使えるかと聞かれた場合、この基本属性で答えるのが冒険者の常識らしい。
また、基本属性を使えない人は結構居るらしいが、魔力がない人は有り得ないらしい。
この点はシラキリが言っていた事と少し異なるが、ライラの方が信憑性があるので、ライラを信じるとしよう。
国や人によって、知識が異なるのはよくある事だからな。
総評として、魔法を使えるかは人それぞれであり、属性も適性が必要である。
適性外の属性を使える人もいれば、全く使えない人もいる。
国によっては魔法が使える使えないで差別もあるが、この都市は問題ないとシラキリが補足した。
威力や範囲によって等級もあるが、これ以上専門的な知識は本を読んだ方が早いと締めくくられた。
続いて魔物についてだが、これまた国によって分け方が違う……って事はなかった。
まあ分け方は一緒だが、呼び方は違うのだがな。
魔物は最低をFランクとして、最大は今のところXランクなっている。
弱い魔物は新種が増えても全てFランクだが、魔物は現存のランクより強いのが現れたら新しくランクを作っているそうだ。
また、ギルドのランクも魔物と似たような制度となっているらしい。
ついでに魔王とかも別の大陸にいるらしいが、一生関わることはないだろう。
勇者じゃなくてシスターだもん。
「常識的な範囲としてはこの程度だろう」
「ありがとうございます。ライラはギルドには登録していないのですか?」
「訳あってこれまでしてこなかったが、腰を据えたらする予定だ。力と金はいくらあっても足りないからな」
俺も同意だが、あからさまに過剰であるこの怪力はどうにかしたい。
物凄く意識すればどうにかなるが、そんな集中を常にするのは面倒だ。
ひな鳥の巣で、箸を折らないようにするだけで大変だった。
今ならストレートパンチで風を切れそうだが、力より魔法が欲しい。
そんな話をしながらゆっくりとパンを食べ終え、掃除の時間となる。
ボロボロで使えない椅子や台座などを外へと運び出す。
ほとんど木製なので、朝の時に外へ出した奴と合わせ、ライラが空けてくれた穴へと放り込んでいく。
多少金具の類があるがちゃんと分別して、用意しておいた箱に放り込んでおく。
人が一人増えただけだが、朝に比べるとかなり早く掃除が進む。
一通り出し終わったらライラが風の魔法で埃を外に出し、寝床として使っている部屋と、隣接されている家を綺麗にしていく。
ちゃんと住もうとした場合、建て替えをしないとだろうが、仮住まいと考えれば上出来だ。
ベッドは俺が起きた場所の一台しかなかったので、シラキリとライラは床で寝ることとなる。
俺としてはベッドではなくて床でも良いのだが、二人に反発されたので諦めた。
日本に居た頃は畳に布団を敷いて寝ていたので、苦ではないのだがな……。
最低限中を掃除したら、壁の隙間などを買ってきたパテで塞いで終わりだ。
穴に捨てた木材は燃やしてしまっても良いが、焚火の素材となるので一旦このまま置いておく。
「今日はこの辺にしましょう。お疲れ様でした」
「疲れましたー……」
「魔力操作のいい訓練になった」
シラキリは疲れ果てているが、ライラはまだまだ余裕そうだ。
まあ魔法が苦手と言っていたシラキリに、大量の魔法を使わせたのが疲れている原因だろう。
掃除する上で水は欠かせないからな。
「夜はまたひな鳥の巣で宜しいですか?」
「ああ、勧誘のついでだな。我は構わぬ」
「食べられれば何でも大丈夫です!」
言っておいてなんだが、ひな鳥の巣が夜も営業しているかは知らないんだよな。
駄目だったら酒場かなんかで、情報収集しながら飯を食べるとしよう。
「……待て。外から気配を感じる」
シラキリが出してくれた水で手や顔を拭き、教会から出ようとすると、ライラが前に出て手で制した。
まあ、これだけ大きな音を立てて掃除をしていれば、誰かしら気づいてもおかしくないか。
ライラがゆっくりと扉を開けると、そこには三人の男が居た。
さて、一体誰だ?
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