第7話:感謝を込めていただきます

 言ったもん勝ちって訳ではないが、やはり聞いてみるもんだな。


 まさか許可を貰えるとは思わなかった。

 

 二人に断りを入れてから席を立ち、料理人と一緒に厨房へ向かう。

 妙に畏まっているが、女性が苦手なのだろうか?


「此方がワナイになります」

「ありがとうございます」

 

 エプロンを貸してもらい、包丁とワナイ。それと黒油と諸々を用意してもらった。

 諸々と言っても、塩と布位だがな。

 ついでに塩は塩で通じた。何故醤油は黒油なんだろうか?

 

 包丁の柄は鉄なので、握りつぶすなんて事はないだろう。

 ワナイはどう見てもイワナだが、果たして中身はどうだろうか?


 ウロコを落としてから腹を裂き、内臓を取り出して塩を振る。

 本当はしばらく置いておくのだが、時間の関係でサッと洗ってから黒油を塗りたくり、軽く拭いてから焼いて出来上がりである。


 色々と工程を省略しているが、食べられない事はないだろう。


「あんな塩っ辛い物をそのまま使って、大丈夫なんでしょうか?」

 

 後ろでジッと見ていた店主が出来上がると同時に心配そうに声を掛けてきた。


「良ければ一口どうぞ」


 店主は恐る恐るといった感じでワナイの身を口に運ぶと、カッと目を見開いた。


「ワナイの淡白な身が黒油によって甘みが増し、噛めば噛むほど味が染み出てくる。こりゃあ米によく合いそうだ!」


 どうやら味に問題はないみたいだな。

 ご飯は冷めてしまっているだろうが、さっさと戻って食べるとしよう。


 その前に……。

 

「黒油は確かに塩辛いですが、素材に染み込ませてから軽く拭き取ったりすると、香りを残しながら素材の味を引き出してくれますので、良ければ色々とお試しください」

「あっ、ああ。黒油をそのまま使うなんて思いもしなかったぜ。こりゃあもっと調べないとだな」


 軽く頭を下げてから店内に戻る。

 そう言えば十分位何も作っていなかったが、大丈夫なのだろうか?


 店内に戻ると、何故か皆が俺を見てくる。


 居たたまれない気持ちになり、そそくさと席に戻り、もう一度適当に考えた祈りを捧げてから食べる。


 うむ。我ながら美味しい。

 ついつい顔が綻んでしまう。

 少し黒油の染み込むが薄いが、こればかりは仕方ない。


「神官さんが食べてるのを一人前頼む」

「俺も!」

「こっちは二人前頼む!」

「えっ? はい! 承りました!」


 再び店内が賑わいだし、来た時と同じ様になり始めた。


 一人で静かに食べるのも良いが、周りの喧騒を聞きながら食べるのもまた乙である。


「ふむ。その様な表情も出来るのだな……」

「綺麗ですぅ……」


 既に食べ終わっている二人が何やら呟いているが、実質おかずが二人前あるので、いそいそと食事を進める。


「ごちそうさまです」


 手を合わせて軽く頭を下げる。


「それが食後の祈りか。ごちそうさまです」

「ごちそうさまです……」


 食後については一言で良いだろう。

 言葉を直ぐに思いつかなかっただけだが。


「お会計お願いします」

「はーい」


 看板娘よりも少し背が高く、スレンダーな子がやってきた。

 

「お会計は千ダリアになります」


 財布から丁度千ダリアを取り出して渡す。

 

「毎度ー。神官様はどこの宗教なんですか?」

「レイネシアナ様を崇める、イノセンス教です」

「イノセンス教ね。聞いたこと無いけど、まだホロウスティアで布教とかしてないの?」

「はい。これから登録などの業務をしてから本格的に始める予定です」

「教えてくれてどうもね。布教するならまた此処によってね。教え次第だけど、もしかしたらお父さんやレイラは入ってくれるかもよ?」

「そうですか。それではまた、お食事のついでに寄らせていただきます」

 

 看板娘の名前はレイラか……。

 一応覚えておこう。


 ついでに信徒候補を見つけられたのは大きい。

 上手くいけば、食事に困らなくなる。

 教え次第とは言っていたが、基本的に行動や食事を縛る様な内容にする気はないので、何とかなるだろう。

 

 ひな鳥の巣を出て、シラキリの案内で役所に向かう。


 役所までは少し遠いので町馬車で移動するのだが、ただでさえ憂鬱しい視線が馬車に乗ってから更に酷くなった。


 今は貧乏なので仕方ないが、移動方法も追々考えるとしよう。


 馬車で揺られる事、体感で三十分程で目的の場所に着いた。


「此処です。入った事はないので中の事は知りませんが、此処で登録する必要があると聞きました」

「ありがとうございます」


 役所の外見は昭和辺りの雰囲気があるが、かなり広そうに見える。


 役所の中に入ると複数の受付があり、そこから他の場所に向かって行ってる。


 朝なのにけっこう混んでいるな。


「ホロウスティア第五区画東支部へようこそ」

「宗教の登録をしたいのですが」

「登録ですね。仮登録と本登録はどちらになりますか?」


 異世界のはずなのに、日本で市役所に行った時のような既視感を覚える。


 それと、仮登録と本登録はシラキリが言っていた信徒の数の事だろう。


「仮になります」

「承知しました。二階の宗教課にある一番受付へどうぞ」


 受付の人は最後に役所内の地図を渡してくれたので、地図を見ながら言われた場所へ向かう。


「この様な仕事は本来領主の仕事だと思うのだが、この国……いや、この都市は変わっているな」


 ライラが頷きながら感心しているが、こんな役所が異世界のデフォじゃなくて良かった。


 気持ち的にはこんな役所の方が楽だが、異世界への価値観が壊れてしまう。

 

 今のところ異世界らしさなんて、人種位しか感じていない。

 一応魔法もあるが、今のところ使えないので知らん。


「宗教課……宗教課……ありました!」


 シラキリが宗教課と書かれている扉を開けると、三つの受付と、神官と思われる人が数人居た。


 中には杖やメイスといった武器を持っている。


 一番受付には並んでいる人がいないので、直ぐに話を進められそうだ。

 

「ようこそ。仮登録で宜しいでしょうか?」

「はい」


 三人揃って椅子に座り、受付と対峙する。


 ここからが正念場だ。


 躓けば、右も左も分からない異世界で金を稼ぐ方法をまた考え直さなければならない。


 シスターでもなければ、存在すらしない神を騙り、不労所得を手に入れる。


「えー、先ずはお名前と宗教名と崇める神様の名前。それから大まかな教えを話してください」

「名前はサレンディアナ・フローレンシアです。宗教はイノセンス教。神様の名前はレイネシアナ様です」 


 出だした問題ない。ただの自己紹介の様なものだ。


「教えは日々の糧に感謝を捧げ、隣人を愛する心を育むことです」

「ありがとうございます。続いて禁忌とされている行為と、信徒の条件についてお願いします」


 禁忌……禁忌?

 まあ、適当で言いか。


「禁忌は暴飲暴食になります。感謝の心を持たずして糧を得る行為ですね。信徒の条件は糧への感謝の心を持っている事です」

「中々珍しいですね。後は此方の冊子に目を通しておいて下さい。その間に許可証を作って来ます」


 何とかなったが、あまりにも簡単すぎる気するな……。

 仮と付いているし、詳しくは本登録の時にでも聞くのだろうか?


 受付から貰った冊子には、宗教を始めるにあたっての注意事項と書かれていた。

 因みに三冊あるので、一人一冊で読める。


 書いてある事はかなり簡単な事だ。

 

 人道に反する生贄を捧げる行為は禁止とか、往来の妨げを伴う行為の禁止。


 領主や帝国を蔑ろにする布教や祈りの禁止。


 他の協会に対する過度の干渉や攻撃の禁止。

書かれて

 信徒や住民に対する寄付や寄進の強要の禁止。


 纏めるとこんな事が、分かりやすく書かれていた。


 読み終わると、丁度よく受付が戻ってきた。


「こちらが仮登録の許可証と、本登録までの流れが書かれた冊子になります。信徒が二十人を超えた場合は、此方の冊子に名前を書き込んでお持ち下さい。また、教会や神殿等を構える際はまた役所にお立ち寄りください。本日はありがとうございました」

「こちらこそありがとうございました」


 仮の許可証は光沢のある金属っぽい感じのカードだった。

 大きさはクレジットやポイントカード程で、そこに俺の名前と数字が書かれている。

 冊子はバインダー的なものに紙が留められている。


 途中、そこまで熱くないのに汗を流していた事を除けば、とても良い人だった。


 仮とはいえ、これで正式にイノセンス教を発足する事が出来た。

 

「あ、忘れるところでした。登録料は五千ダリアになります」

「分かりました」


 折角ライラかから貰った金がどんどん減っていく……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る