第6話:日本人は食に煩い
シラキリの案内のもと、レストランや露店がある区画を目指して歩く。
このホロウスティアは実験都市と呼ばれるだけあり、中々面白い構造をしているらしいが、詳しくは後程自分の目で見て回るとしよう。
都市としてはかなり大きく、五つの区画に分けられており、その区画一つ一つが都市の様な物らしい。
スラムも俺が居た一角以外にも複数あるらしいが、詳しくはシラキリも分からないそうだ。
移動は区画間を移動する馬車を都市が運営しているので、馬車で移動するのが普通らしい。
それと魔石を原動力にした乗り物もあるらしいが、今の所見かけて居ない。
歩いている間、妙に視線を感じるが、自意識過剰なだけだろうか?
「この辺りが屋台や、食事の出来るお店が多くある場所です」
良い匂いがしてきた辺りでシラキリが立ち止まり、指を指す。
活気があり人も多いが、ゴミなどはあまり無さそうだ。
なんだか俺の中にある異世界像が壊れ始めているが、綺麗な分には良いだろう。
「ほう。これだけ雑多としているのにゴミをあまり見掛けないな」
「所々にゴミを捨てる箱が置いてあるのと、ゴミ拾いの依頼のおかげだと思います」
ギルドの鉄板であるゴミ拾いの依頼か。
更にゴミ箱もちゃんと設置してある辺り、行政もしっかりとしていそうだ。
「オススメの場所はありますか?」
「その……あまり此処には来たこと無くて……何が美味しいかはあまり……」
……スラムに居るような孤児だもんな。
痩せ細っている程ではないが、決して健康体とは言えない。
服も祈りのおかげで綺麗にはなったが、かなりよれよれである。
「そうでしたか。なら今日は美味しい物を頂きましょう」
「はい!」
まあ貰ったとはいえ、ライラの金でだがな。
「しかし、こうも色々とあると目移りをしてしまうな」
「そうですね……」
屋台を横目にしながら暫く歩いていると、嗅ぎ慣れた匂いがしてきた。
折角なら異世界特有の物も食べてみたいが、冒険をするのはまだ早かろう。
「あちらのお店に入ってみましょう」
「この匂いは……ふむ。期待が持てそうだな」
店の名前はひな鳥の巣か。変な名前だが、お味の方はどうだろうか?
「いらっしゃいませー!」
看板娘と思われる少女の元気な声が響き、良い雰囲気が流れる店内に入る。
席に案内してもらって座ると、メニューが書かれた紙を渡された。
文字は読めるが、異世界なだけあって名前から料理を連想する事が全くできない。
こんな時はあの魔法の言葉を唱えればいい。
チェーン店では使えないが、個人店なら問題ない。
「そうですね……私はオススメをお願いします」
「あっ、よく分からないので私もススメで!」
「我はデイラッシュの香草和えを頼む」
「承知しました!」
まだ朝の時間帯だが、結構歩いたせいで精神的に疲れたな。
これから更に疲れることになるので、ここでしっかりとご飯を食べて休んでおきたい。
まあ、その前に注意しなければならない事があるんだがな。
「おまたせしました! オススメのワナイの黒油焼き定食とデイラッシュの香草和えになります」
ワナイの黒油焼き……多分イワナの醤油焼きだろう。ついでにご飯は白米ではなく、雑穀米みたいな感じだ。
デイラッシュがどんな生き物か分からないが、匂い的に牛のバジル炒めだと思う。
デイラッシュの香草和えの方はナイフとフォークだが、ワナイの方は箸が置かれている。
シラキリの方を見ると特に反応していないので、箸の文化は普通なのだろうか?
そう言えばだが、食事の前とか祈りを捧げた方が良いのだろうか?
…………日本人らしく、いただきますで良いか。
「それではレイネシアナ様に感謝を捧げ、いただきます」
「それがイノセンス教の祈りか……いただきます」
「いただきます」
両手を合わせ、軽く目を閉じるだけの簡単な祈り。
それを二人も真似して行う。
さて、味の方は…………。
「む、どうかなされましたか、シスターサレン。目つきが凄い事になっておるぞ」
「いえ……別に」
あまり味に煩い方ではないが、普通の醬油焼きかと思ったら、ポン酢焼きを食わされたら流石に口を噤みたくもなる。
コーヒーかと思ったら、コーラを飲まされたとも言い換えられる。
そんなもんだろうと言われれば仕方ないのかもしれないが、黒油の味を確認してから決めるとしよう。
異世界なのだし、醬油の匂いがするポン酢が有ってもおかしくない。
「あの……」
「は、はい! 何かありましたでしょうか!?」
ぐるりと店内を見渡して看板娘を呼ぶと、凄い速さで近づいてきた。
それと、どうも店内の雰囲気が変だ。
「初めて黒油を味わったのですが、黒油だけを味見する事は可能でしょうか?」
「勿論でございます!」
看板娘はサッと厨房に行き、サッと小皿を持って帰ってきた。
素早い動きだが、埃が巻き上がらないようにしていた辺り、プロ意識を感じた。
「こちらになります!」
差し出された小皿には、黒い液体が少量注がれている。
箸に少し付けて口に運ぶが…………あっ、醤油だこれ。
つまり店側の味付けでポン酢となっているわけだが、気になっているのは俺だけらしく、他の人は普通に食べている。何故か今は手を止めて俺を見ているが、この際おいておこう。
「あのー……」
おっと、思わず固まってしまっていた。
このままお礼を言って引き下がるのも手だが、折角なら普通の醬油焼きが食べたい。
ワナイの身自体はふっくらとしているので、ちゃんと作ればさぞかし美味しいはずだ。
だが、あまり荒波を立てるのは……。
「お願いがあるのですが、黒油に何も添加せず、ワナイを焼いていただく事はできるでしょうか?」
「出来ます! 直ぐにお作りしますのでお待ちください!」
そんなに急がなくても大丈夫なのだが……。
1
ホロウスティアの一角にある飲食店。
ひな鳥の巣は今日も朝から繁盛していた。
ひな鳥の巣がある一帯は肉料理が主流なのだが、ひな鳥屋は朝に限り魚料理を提供しており、少しさっぱりした物を食べたい客に人気だった。
更に珍しい黒油を使っているのもあり、少々値段が高くなるがリピーターも多く取得している。
そんなお店で働いているのは四人の家族だ。
父親と母親が料理をし、姉妹で配膳やお会計をしている。
基本的に妹が配膳で姉が会計や片づけだが、上手く回している。
「いらっしゃいませー!」
店の扉が開く音に反応するように妹の元気な声が響き、三人組が来店した。
(うわ! 綺麗なのに凄く怖そう……どこかの神官さんかな?)
最初に入ってきたのは神官と思われる服を着た女性だった。
美しいながらも吊り上がった目は刺々しさを感じる。
髪も燃えるように赤く、漂う雰囲気は冷たいものだ。
神官と言うよりも、どこかの王女や女王と言われた方がしっくりとくる。
その次に瘦せ細った兎獣人が入ってきた。
可愛らしく元気な様子は見ていて微笑ましい。
この都市は人種や宗教が雑多としているため、差別的な思想がかなり薄い。
身なりさえ整えて金さえ払うならば、孤児だろうが店側は歓迎する。
最後に入ってきたのはこの都市でも見たことない、髪がグラデーションになっている少女だ。
腰には剣が携えてあるが、背が低い事もあって子供がごっこ遊びしているように見えなくもない。
何ともちぐはぐな三人組だが、問題を起こさないなら店側としては問題ない。
他のお客さんが神官の服を着ている、サレンディアナの胸に見とれているとしても、些細な事だ。
妹も平然を装い、いつもの様に席へ案内してメニューを渡した。
「そうですね……私はオススメをお願いします」
三人中二人がおススメを選び、もう一人はデイラッシュの香草和えを頼んだ。
ひな鳥の巣のオススメと言えば魚料理であり、黒油を使った焼き物が美味しいとリピーターに評判だ。
だが、この店は少し勘違いして黒油を使っていた。
単体では塩っ辛くて調味料としては使いにくいという事で、他の調味料などと混ぜ合わせて使われていた。
そのまま黒油を使って焼いていれば評価も違ったのかもしれないが、黒油単体を味見した時に何を勘違いしたか、父親の方は色々と混ぜ合わせて使うようにしたのだ。
またポン酢と言っているのはサレンディアナの個人的な感想であり、どちらかと言えば甘酢に似た味となっている。
「お父さーん! オススメ二人前とデイラッシュの香草和え一人前ね!」
「あいよ!」
元気に応えた父親はいつも通りに料理を作り、皿に盛り付けた。
「出来たぞー!」
「はーい」
料理を受け取った妹は料理を三人組の所に運び、後はお会計をして終わり…………そうなる筈だった。
突如、店内の雰囲気が変わった。
お客同士の会話で賑わっていた店内は静まり返り、春の陽気の様に穏やかな状態から、突然吹雪の中に放り込まれたような寒気が襲った。
その発生源は例の神官だった。
視線で人を殺せる程の表情となり、店内をぐるりと見て、妹の所で視線を止めた。
「あの……」
「はい!」
サレンディアナが口を開くと同時に妹は駆け寄り、何か粗相をしたのかと震えながら、何を言われるか待つ。
「初めて黒油を味わったのですが、黒油だけを味見する事は可能でしょうか?」
「勿論でございます!」
いつもより丁重に返事をした妹は、一直線に厨房へと向かった。
そんなに急いでいても、埃を立てないように気を付けているのは、プロ意識がなせる技だろう。
「お父さん! 黒油を小皿に入れて頂戴!」
「うん? 構わないが、どうしたんだ?」
「いいから早く!」
いつもは立派なお父さんだが、娘に怒鳴られてはこれ以上追及出来ず、こんな塩辛いのを誰が頼んでいるんだと訝しみながら、小皿に黒油を垂らして渡した。
「あいよ」
「ありがとう!」
小皿を持った妹は直ぐに神官の所へ戻る。
「こちらになります!」
神官は差し出された小皿に箸を付けると、そっと口に運んだ。
妙に艶めかしい仕草に見とれそうになるも、暫しの間神官が固まった。
「あのー……」
表情は相も変わらず怖いままだが、どうすればいいか分からない妹は声をかけた。
「お願いがあるのですが、黒油に何も添加せず、ワナイを焼いていただく事はできるでしょうか?」
「出来ます! 直ぐにお作りしますのでお待ちください!」
聞いてみますや、確認してみるといった言葉を言わず、妹は独断で決めて厨房へと再び向かった。
「お父さーん」
「さっきから様子が変だが、変な客でも来たのか?」
それなりに繁盛しているひな鳥の巣には、たまにクレーマーの様な人が来るため、父親は妹の様子からその様に当たりをつけた。
「そうじゃないんだけど……」
「全く……。何かあれば俺を呼べと言ってるだろう。俺が話を付けてやる」
「あっ」
父親は厨房から出ると、ズカズカと店内に行き、足を止めた。
店内の異様な雰囲気に呑まれたのだ。
(なっ、なんだ。一体誰が来てるんだ?)
サッと店内を見回すと、異様な雰囲気の三人組が目についた。
テーブルの上には先ほどの小皿が置かれているので、この三人組が問題の者達だと判断できた。
「お父さん?」
「だ、大丈夫だ。お父さんに任せなさい」
父親は内心怯えながらも近づいて行くと、赤い髪のサレンディアナが振り返った。
「ど、どうかなさいましたか?」
最初はガツンと言う気だったが、サレンディアナの表情を見て怯んでしまった。
そんな情けない様子の父親を見て、妹は少し父親の評価を下げた。
「黒油をそのまま使ってワナイを焼いていただく事は可能ですか? もしも可能なら、私が作っても宜しいでしょうか?」
サレンディアナは不思議に思いながらも、先程話した事に少し足して話した。
黒油の使い方が分からずに作ったから、こんな味になったのだろうと考えるのは当たり前の事であり、その状態で黒油だけで味付けをして作ってくれと言っても、困惑するだけだ。
ならばいっその事自分で作った方が良い。
非常識なのは重々理解しているが、雑穀米の方の出来が良いせいで、余計に黒油だけで焼いたワナイが食べたいのだ。
もしも断わられたらば渋々諦めるが、当分の間落ち込むことだろう。
また本人に自覚はないが、今にも人を殺せそうな視線になっている。
料理人の矜持としては、サレンディアナの提案を断るのが普通だろう。
知り合いならともかく、ただの客を厨房に入れるなんて事は出来ない。
だから、父親が取るべき行動は決まっていた。
「どうぞどうぞ! ささ、此方です」
今年38歳になる父親の名前はコルト・ケイリッヒ。
妻の尻に敷かれている、少し情けない夫である。
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