第5話:ホロウスティアの街並み
道端で倒れていたライラという名前の少女。
青い髪が毛先にかけてグラデーションになっているのが、異世界を感じさせる。
そして念願の金を手に入れる事が出来た……のだが。
「えーっと、先ずは両替商の所ですかね? 見た所ホロウスティアの通貨ではないようなので」
「分かりました。道案内をお願いしますね」
「はい!」
元気な返事をしたシラキリが再び歩き出し、後を付いて行く。
この口調も少し慣れてきた感じがしなくもないので、良い流れだな。
「シスターサレン。どうして貴女のような方がこんな所に?」
「いつの間にか此処から少し戻った場所にある、廃教会の中に居たのです。記憶が少々抜けているみたいでして、覚えていないことが多いんですよね」
「なる程。我としては幸いであったが、苦労しているようであるな」
うむうむと言った感じにライラは頷くが、今時自分の事を我と呼ぶのは珍しいな。
もしかしたら異世界では、自分の事を我と呼ぶ人が多いのだろうか?
「命を天へ返しそうになっていたライラやシラキリに比べれば、それ程でもありませんよ」
「なに? そこの者も我と同じであったのか?」
「えっ? はい。私はナイフを刺されて死にそうになっていた所を助けていただきました」
今の所、異世界に来て会った住人全員が死の淵に立っていたんだよな……。
俺にとっては不運だが、彼女達にとっては一応幸運という事になるのだろう。
しかし、シラキリはともかくライラを治す事が出来て良かった。
もしも治す事が出来なかったら、死体漁りをしなければならない所だったな。
それにして、自分もそうだがライラも美人……まだ可愛さも残っているが、眼福だな。
抜き身の刃の様な雰囲気もあるが、本人が言っていた通りに用心棒として責務を果たしてくれる事を願おう。
そして腰にある剣が自分に向けられない事を願う。
「なんとも数奇な出会いだが、お互い死なずに済んで良かったな」
「はい! サレンさんには感謝してもしたりません」
「私の力ではありませんよ。これも全てレイネシアナ様の御力です」
適当に祈ったら、勝手に治ったのでどうも自分の力だという認識が持てない。
これで疲れたりでもすれば多少実感が持てるのだろうが、そういったものもない。
後で少し検証しようとは思うが、先ずは飯を食ってからだ。
「レイネシアナ……シスターサレンが崇める神ですか?」
「そうです。色々と覚えていないこともありますが、信仰については覚えています」
「ふむ……宜しければ道すがら教えて頂けないだろうか?」
「構いませんよ」
宗教名と神様の名前以外何も考えていないのだが、まあ適当に考えながら話すとしよう。
基本の構想は日本精神溢れる、みんな仲良くだろう。
後は個人的に、助け合いの精神を大事にしたい。
誰も助けてくれない絶望感など、味わうのは二度とごめんだ。
そして自分の都合の良い教義にしながら、周りとの摩擦を生まないものが良いだろう。
問題としては、俺がこの世界の宗教を全く知らないことだ。
「レイネシアナ様はイノセンス教が崇める神であり、人々や神の和を大事にして、日々助け合う精神を育むのが教えです」
「イノセンス教か……聞いたことがないのだが、信徒はどれ程居るのだろうか?」
「おそらくですが、今の所私一人ですね」
ライラは足を止めて不思議そうに俺を見る。
言いたい事は何となくわかるが、俺が勝手に作ったので信徒どころか教祖も居ない。
一応俺が教祖となるのかもしれないが、教祖については追々考えよう。
個人的に上に立つよりも、中間管理職程度の方が楽だ。
「あっ、私。信徒になっても良いですか?」
「構いませんよ。無知で申し訳ないのですが、信徒が増えた時にしなければならない事はあるのでしょうか?」
「信徒を示す証明みたいな物を、渡す必要があると聞いたことがあります。その前に、役所の宗教課で登録をしてからですけどね」
ああ、役所とかちゃんとあるんだな。
言葉は何故か通じるが、文字についてはまだ分からないから、少し不安でもある。
見た感じライラは教養がありそうなので、駄目そうならお願いしよう。
「……もしかしてだが、イノセンス教とは新興宗教なのだろうか?」
「新興よりもまだ手前ですね。国ごとにどうなっているのか知りませんが、登録などはしていないので」
「ほう!…………なら我の手で……」
ライラは驚きの表情を浮かべた後に何か呟いたが、上手く聞き取ることが出来なかった。
「これまで信仰などしてはいなかったが、これを機に我もお願いしたい」
「イノセンス教は来る者拒まずです。ですが、登録をするまでは仮となってしまいますけどね」
そんな話をしながら歩いていると、少しずつ人通りが増え始めた。
こちらを見る視線を感じるが、何か行動を起こしたりはしてこない。
視線だけで周りを見ると、様々な人種が居る。
獣人と思われる人だけでも、犬。猫。狐。馬。など種類豊富だ。
エルフも一人だけ見かけ、他にもよく分からないのが数種類居る。
ライラの様に武器を持っている人は、今の所わずかしか見かけない。
ついでに怪我人らしい怪我人も居ない。
スラムと言えば腕の一本や二本無い人が屯していると思ったのだが、皆さんちゃんと四肢がある。
「そこの通路を越えたら、スラムの終わりです。両替商の所までは、もう少し掛かります」
「そうですか」
「やはり、我の住んで居た所とは随分と違うな……」
スラムと呼ばれているらしい地域を出ると、これぞ異世界と呼ぶに相応しい風景が広がっていた。
背中に大きな剣を背負った人が居れば、杖を持っている魔法使いらしき人も居る。
俺が着ているのとは違う神官服を着ているのも数人見かけた。
人についてはかなり珍しいのだが、建物については少し言葉を濁してしまう。
透明なガラス扉の店もあれば、田舎の商店街にありそうな露店があったり、レンガで作られた家があったりしている。
色々とごちゃ混ぜだが、そこそこ綺麗な街並みだ…………多分。
それと文字についてだが、見たこともない文字の筈なのに何故か読むことが出来る。
不思議であると共に恐怖を感じる。
この身体のおかげなのか、何かしらの特典のおかげなのかは、せめてハッキリと知りたい。
「こちらのお店です。確か両替の手数料は無いので、いくら替えても大丈夫なはずです」
シラキリに案内されたのは、レンガ造りの立派な店だった。
歩いている時にシラキリが話してくれたが、両替商は全て国営となっており、他国の通貨をホロウスティアで使える通貨へ両替する場合に限り、手数料が発生しない。
逆のパターンでは、金額に応じた手数料が発生するらしい。
それじゃあ店に入ろうか……の前に確認しておかなければならない事がある。
「つかぬ事をお聞きしますが、ライラの喜捨はどれ位の金額なのでしょうか?」
「金額か? 我の住んで居た所ならば、おそらく一月位は生活に困らない程度だろう」
……聞いたのはいいが、物価が分からないから判断に困るな。
日本で普通に生活するなら、賃貸かどうかで変わるが三十万もあれば生活に困らないだろう。
計算は一人暮らしの場合なので、人数が増えればその分必要な金額は増えるが、この程度と仮定しておこう。
「ありがとうございます。それと、申し訳ないのですが、両替してきていただいても良いでしょうか?」
「はい! 私が行ってきます」
「我も付いて行こう。直ぐに終わると思うが、何かあれば直ぐ駆けつけるので、呼んで欲しい」
「心配していただきありがとうございます」
店へ入って行く二人を見送り、店の近くで周りを眺める。
店へ入らなかった事にこれと言った理由はないのだが、少しだけ一人になりたかったのだ。
それと、店の扉を壊す可能性があったからだ。
これで一旦衣食住が揃う。
次は定期的に金を稼ぐ方法と、生活の向上。
そして、俺が異世界に呼ばれた原因を探る。
昨日の今日で割り切る事は出来ていないが、当分の間この身体で生きなければならないのだ。
何より、もしかしたら死ぬまでこのままかもしれない。
剣や槍などの武器を持った人たちが跋扈している世界……平和な日本で生きてきた俺にとっては不安でしかない。
そんな俺の不安とは裏腹に、空は晴天である。
レイネシアナにイノセンス教……適当に考えたはずなのに、名前と同じく妙にしっくりくる。
ライラに話したことを忘れないようにし、後で紙に教義やら何やらを書いておこう。
それと、シンボルも考えておかないとか。
先の事を考えている間は、この不安も少しはマシになるだろう。
なんなら折角の異世界だ。女性の身体になったとはいえ、楽しまなければ損だ。
酒に飯、冒険は怖いが、少し位ならしてみたい。
魔法も今の所よく分からないが、使ってみたいと思っている。
……沈んでいた気分も大分持ち直してきたな。
「お待たせしました」
「噂では聞いていたが、実験都市と言われるだけあって、此処は面白い場所だな」
二人が店から出て来たが、店へ入る時に持っていた袋が長財布に変わっている。
ライラから聞いた感じ結構な金額になると思っていたが、もしかして紙幣の通貨を導入しているのか?
渡された財布の中を見ると、硬貨と紙幣が入っている。
紙幣と言っても日本のとは全く違うのでそう呼んで良いのかは分からないが、個人で思う分には問題ないだろう。
「ありがとうございました。それでは先ず朝食を頂き、それから役所に行きましょう。それと、イノセンス教では食べるものに制限はありませんが、過度の暴食だけはお止めください」
「はい!」
「うむ」
異世界で初めての飯か……露店で食べるか、店で食べるか迷い所だな。
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