第9話:お客様はマフィア
ホロウスティアのスラムは、他の都市と違い荒れていない。
薬や裏の仕事が跋扈……しているほどではないが、薄く浸透している程度だ。
自然とそうなったのならば、そこはもうスラムと呼ぶような場所ではないのかもしれないが、今の状態は作られたものだ。
これは実験都市の名に恥じない実験であり、一定の水準にスラムの治安を保てるかどうかを見ているのだ。
都市が大きくなれば、どうしてもスラムが生まれてしまう。
だが、そのスラムの規模や大きさを管理出来れば、治安を保ちやすくなる。
「失礼します」
サレンディアナたちが居る教会から離れた場所にある、二階建ての家。
外見は古ぼけているが、中はしっかりとした作りになっており、家具なども高そうなものが揃えられていた。
そんな家の二階にある、少し大きめに作られた部屋へゴロツキ風の男が入って行った。
見た目だけはごろつきだが、部屋に入る時の作法はしっかりとしており、見た目以外はまるで騎士そのものだ。
「シモンか。この時間は見回りだった筈だが、どうかしたか?」
ゴロツキ……シモンが入った部屋には、少しくたびれている高級なスーツに身を包んだ男が居た。
「第三区画にある教会跡から結構な音と、人が出入りしてるかもと通報がありまして、いかがなさいますか?」
「あそこか……」
この男たちは、表向きスラムで薬売りや賭場を開いたりしているが、実際はホロウスティアの騎士団の一員である。
他のマフィアや違法組織が蔓延らない様に監視、管理している。
またできる限りスラムに住んでいる住人を監視し、場合によっては騎士団の小間使いとして仕事を与えたりしている。
過度な干渉は控えるようにしているが、他の国のスパイや犯罪者が入り込まないように、異常があれば直ぐに報告するよう通達している。
そしてこのくたびれたスーツを着ているのは、ホロウスティア黒翼騎士団第三隊長のアラン・ウェインドだ。
「どんな人物か確認してあるか?」
「いえ。三人組で、一人は剣を携えていたと報告が有ったので、確認はしていません」
「ただの浮浪者……な訳はないか。仕方ないが、仕事の時間だ。下には誰か居るか?」
「カインが待機していたのを見ました」
「なら出撃の準備だ。装備はいつもの裏用の奴だ」
「ハッ!」
裏用の装備とは騎士団で正式に配備されている物ではなく、スラムで目立たない装備の事だ。
鎧などは装備しないが、服の裏などに色々と仕込みをしている。
剣も通常使われているロングソードではなく、鎮圧用魔導銃と小剣だけだ。
アランはシモンが部屋を出てから、書いていた報告書を切り上げて立ち上がり、軽く柔軟運動をする。
アランが書いていたのは、今朝方あった殺人事件についてだった。
どこかの暗部と思われる死体が廃屋に散乱しており、とある王国で使われている毒が検出された。
その毒は極めて強力であり、摂取すればまず助からない。
下手人については大まかな当たりが付いているが、この事件をどう扱うか悩んでいた時に、シモンが来たのだ。
(次から次へと……他の団にも協力を求めるか?)
黒翼騎士団騎士団は特殊な環境下で任務に当たっているため、他の騎士団に比べて裁量権の自由がある。
スラムは表向き土地の所有者は居ない事になっているが、実際は黒翼騎士団が所有者となっている。
殺人は勿論拷問の類も許可されており、後日報告書の提出を義務付けられているが、何をしても大抵許される。
それに伴い、黒翼騎士団の団員には自制が求められる。
国のため、都市のため。
そして、平和な生活を守るため。
スパイや犯罪者には厳しいが、基本的に静観するよう心がけている。
(人数を考えれば組織的な犯行ではないだろうが――見てから考えるとしよう)
アランは装備を整えて一階に降りると、団員であるシモンとカインを引き連れて廃教会に向かう。
見た目は誰がどう見てもマフィアとその子分といった風貌であり、騎士団には到底見えない。
「最近は静かだったのに、どうして問題が起こるっすかね?」
「通常ならもっと問題が起きていてもおかしくないんだから、文句を言うな。分かっていてこの騎士団に入ったのだろう?」
文句を言うカインをアランは窘める。
「いや、どっちかと言えばあのチビに無理矢理入れられただけっす。俺は何もせずだらけているのが好きなんっすよ」
「お前ときたら……」
アラン達は周りに聞かれないように注意しながら、軽く雑談をしながら歩く。
住民に立派な姿を見せなくていい黒翼騎士団は、良い意味で緩いのだ。
「さて、ここからはいつも通りだ。大丈夫だと思うが、気を抜くなよ」
「「ハッ!」」
廃教会の前まで来たアラン達は、周りを見回して変化を確認する。
廃教会前に開けられた穴には家具だったと思われる木が捨てられており、遠めだが所々パテで木の隙間が埋められているのを確認できた。
僅かだが廃教会から食べ物の匂いが漂い、人が生活しているのを感じる。
アランは危険度を引き上げて、廃教会に入ろうと近づくと中から扉が開いた。
(おいおいおい。なんだこりゃ……)
現れたのは何ともちぐはぐな三人だった。
髪がグラデーションになっている少女。
冷たく鋭い目をし、赤い髪が特徴的な神官服を身に纏った女性。
痩せこけた兎獣人の少女。
この中でアランが一番驚いたのは、髪がグラデーションになっている少女だ。
その少女は、今朝起きた事件に使われていた毒を作っている国に近しい存在なのだ。
特徴的なグラデーションの髪はその国では禁忌の存在であり、時期を考えれば何かしらの繋がりがあるはずだ。
装備も駆け出しの冒険者かしていそうな物だが、偽装しているのは一目瞭然であった。
貴族。それも上位貴族に連なる者だろうと推測が出来た。
だが、それに伴いわからない事もある。
貴族であるはずの少女が神官を守る様にして前に出ているのだ。
グラデーションの髪の少女が国でどの様な目に遭ってきたかまでは分からないが、決して楽な生活ではなかっただろう。
それでも貴族は貴族なのだ。
赤い髪の神官がどのような立場に居るかは分からないが、不思議に思ってしまうのは仕方ない事だろう。
赤い髪の神官は目を奪われる程の美人であり、もしかしたらどこかの国の王族かもしれない。
それならば現状について分からなくないが、そこに付随している兎獣人はなんなんだという話になる。
そもそも他国の貴族が何の通達もなく居るのがおかしいのだが、先ずは様子見をすると、アランは部下の二人にハンドサインを送った。
「どうもお嬢さん方。こんな所で何をやっているんだね?」
インテリ風を装ったアランは、胡散臭そうに笑う。
様子見する上で、挨拶にどう反応するかは良い指針となる。
「此方の教会で生活をしようと思っているのですが、もしかして誰かの所有物でしょうか?」
反応をしたのは、赤い髪の神官だった。見た目と同じく凛とした声だが、言葉は柔らかく好感が持てる。
「おいおい。ここら一帯の島がアランさんの縄張りだと知らないのかぁ?」
シモンはいつもの様に、チンピラみたいに三人を煽る。
あくまでも、今のアラン達はマフィアなのだ。
それ相応の言動や行動が求められる。
「いえ。実は先日この教会で目が覚めまして、記憶も抜け落ち、どこの誰とも分からない状態なのです。出来れば此処で生活させていただきたいのですが、駄目でしょうか?」
赤い髪の神官の話を聞き、アランは顎を擦る。
この廃教会がある一帯に人が住んでいないのには、実は理由があった。
何度かこの廃教会を壊してスラムらしい家を建てる計画があったのだが、不審死が相次ぎ中止となったのだ。
更に浮浪者が住み着くと、数日中に不慮の事故で帰らぬ人となる事もあった。
呪いの可能性も視野に入れて秘密裏に神官へ除霊の依頼などもしたが、結局効果が無かった。
この三人が此処に住む事を許可しても、その内勝手に消えるのは目に見えている。
だが、貴族が他国で死ぬと事後処理が少し面倒でもある。
またこの神官の言い分も、嘘か本当か気になる所だ。
「ほう。生活ねえ。スラムで誰がどう生活しようが問題自体はない。だからと言って全ての無法を許す事が出来ないのは分かるな?」
「そうですね……」
「分かってもらえたようで嬉しい限りだよ。私はここら一帯を支配しているアランと言うものだ。お嬢さん方は?」
ここでグラデーションの髪の少女が本名を名乗るならば、説得ないし拉致をして国に戻す必要がある。
しかし本名を名乗らないならば、このまま放置することも出来る。
スラムの事なぞ知らぬ存ぜぬと通す事は可能なのだから。
「私はサレンディアナ・フローレンシア。イノセンス教のシスターです」
「ライラだ。シスターサレンの護衛をしている」
「シ、シラキリです……」
(イノセンス教?)
アランはシモンとカインに目配りをして知ってるか問うが、知らないと返された。
サレンディアが適当に作り、今日仮登録したばかりなので知っているはずがないのだ。
そしてグラデーションの髪の少女はやはり偽名を名乗った。
「イノセンス教ねぇ。此処を拠点にして活動する気かね?」
「出来る事ならそうしたいと思っています」
もしもサレンディアなの提案を断り、追い出そうとすれば戦闘になりそうな雰囲気をライラから感じる。
相手が法の下に追い出そうとするならば諦めるしかないが、スラムの一勢力ならば盾突く気だ。
問題は、互いが互いの戦力を見誤っている事だろう。
アランたちは敵となるのはライラだけと思っており、ライラはごろつきの三人程度ならばと考えている。
「スラムである以上、誰がどうしようと問題はないが、我々にもここら一帯を管理している矜持があり、ルールがあるからこそ今のスラムがあるのだ」
「つまり、どうすれば良いのでしょうか?」
潔白なシスターらしい反応だとアランは内心笑うが、勿論サレンディアナも分かっている。
その上でとぼけて見せているのだ。
「下郎だな」
ライラはアラン達を蔑み、剣の柄に手を掛ける。
たかが小娘が剣を抜いた程度では、アラン達に敵う筈がない。
だがアランはライラが持っている剣を見て、内心大いに慌てた。
「やるのは構わないが、私に敵対すればスラムは勿論、この都市でまともな生活が出来なくなるぞ?」
それでも焦りを出すことなく、不敵に笑う。
敵対程度なら問題ないが、アラン達に人死にが出た場合、誇張無しにこの都市では暮らせなくなる。
なにせ、この都市を守る騎士達なのだから。
サレンディアナはライラの肩に手を置き、首を振るう。
「賢明な判断だ。私達も無益な争いは好まない。話を戻すが、此処で生活をしたいならばすれば良い、みかじめ料は月二で一万ダリア。一括なら一万八千ダリアにまけてやろう。もしこの教会を買うならば、百万ダリアで良い」
「分かりました」
「――即答か。支払いの仕方については後で使いの者を寄越す。それと、風紀を乱す行為をする場合は此方に話を通せよ」
ホロウスティアには借家やアパートがあるが、安くて月千ダリアから三千ダリアだ。
それに比べれば高いだろうが、決して法外と言う程でもない。
理由はアラン達が騎士団であるため、著しく法に違反する行為を自重しているからだ。
そして風紀を乱す行為。賭場や風俗などをする場合は監視して、グレーゾーンに留めて置く必要がある。
「分かりました。それと、布教については好きにしても構わないでしょうか?」
「構わんよ……と言いたいが、許可証は持っているかね?」
「はい」
「それならば問題ない。此処は法から外れた場所だが、だからこそ守らなければならない物がある。その事を忘れないようにな。帰るぞ」
「「へい!」」
アラン達はサレンディアナ達に背を向けて、帰って行く。
「隊長。あれで良かったんですか? あそこって曰く付きでしょう?」
人目が無くなり、シモンは口調だけは真面目にしてアランに聞いた。
「知らないと思うが、あのライラって少女はおそらく公爵令嬢だ。下手に関わらない方が俺やこの都市の利益となる。それに……」
サレンディアナと名乗った女性。美しくあり、シスターよりも王女や女王と言われた方がしっくりとくるのだが、アランは妙な違和感を感じていた。
目付きと違い温和な話し方だったが、まるで自分を偽っている様な……。
僅かに漏れ出ていた魔力も知り合いの神官達とは違い、温かいものではなくて酷く冷たく感じた。
宗教については都市が許可を出しているので、理念などには問題ないのだろう。
「どうかしたっすか?」
「……いや。勝手に死んでくれるならば構わないが、監視を付けておくか。もしかしたら毒の件も探れる可能性があるからな。ミリーを見かけたら俺の所に来るように言っておいてくれ」
「了解です」
「了解っす」
アランがしたこの選択が凶と出るか吉と出るか。そればかりは、誰にもわからない。
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